■台湾茶

茶葉について;
私の従兄は姫路で老舗の茶店を経営している。子供の頃、茶葉を保管している倉庫が我々の遊び場だった。充満する茶葉の匂いの中でかくれんぼをして遊んだ情景を今もって鮮明に記憶している。

さて、林華泰茶行。
重慶北路二段193號にある「林華泰茶行」も、既に100年以上経つ老舗の茶店だ。
そもそも林家の祖は福建・安渓の地で茶葉の生産を手広くおこなっていたが、清朝末期の荒廃する世情を嫌い、新天地を台湾に求め渡台し根を下ろした。
当時、台北一の繁華街であった大稻埕に店を構え、奥には茶葉の焙煎場を有した。
以後アジア諸地域、遠く英米まで中国茶を輸出し、「林華泰茶行」の名声はゆるぎないものとなっていく。
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「林華泰茶行」の店内に入ると茶葉の匂いが充満している。薄暗くひんやりとした広い空間には老舗の持つ風格が漂よい、土間には大きな茶缶がずらっと並んでいて、蓋には茶種、等級別に一斤(600g)の値が記されている。
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試飲はできないが茶缶をあけて色艶、手触り、匂いを確認し、量り売りで購入する。
台北では旅行ガイドブックなどに掲載されている有名な茶店が多いが、真空パックがほとんどで、試飲した茶葉と購入した茶葉が果たして本当に同じものかどうか疑わしい場合もあるが、ここは昔ながらの売り方で目の前で茶葉を確認できるから安心だ。

私も些か功夫茶、茶芸を嗜むが、茶葉の購入についてはいつも少量にし、一旦開封すれば日を置かず飲みきることにしている。そうしないと本来の茶葉の味が失せるからだ。だから茶種それぞれを四両(一斤の1/4、約150g)ずつ購入する。

茶葉の等級は新鮮度、味、外見、品種と気候、土壌、焙煎時間などによって決められる。
凍頂烏龍茶は600~4000元/斤、小種烏龍茶なら60~400元/斤、白毫烏龍茶(東方美人茶)で400~2400元/斤。
包種茶(清茶)は80~2400元/斤、鐵觀音で60~2400元/斤、碧蘿春なら400~800元/斤、龍井(緑茶)は400~800元/斤、茉莉香片も60~800元/斤くらい。このように品質・等級により値段もぴんからきりまである。

いいお茶に出会ったときはほんとうに爽やかな気分に浸れる。
口中、鼻腔、喉に心地良い快感が奔るものだ。
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和昌茶荘という店もおすすめだ。店主がとにかくいい。
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茶器について;
「新純香」という茶店の娘、王さんに茶器を見立ててもらった。娘といっても40前後。母娘で経営している茶店で、置いてある茶器に店の感性を感じる。
すぐ近くに「天仁銘茶」の分店もあるが、そこは私の感性に響いてこない。
彼女は嘗て千葉大学に留学したのだそうだ。相当達者な日本語を話す。
私がその昔、古亭国小で中国語を学習した話をすると、なんと奇遇なことで、彼女もそこの卒業生だった。
彼女がその小学校に入った頃、私はそこの高学年の国語授業を聴講していたので、校内ですれ違ったかもしれない。
ともかくもいい買い物をした。茶葉も茶器もお勧めだ。
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茶芸講習会;
台北・「茶九会館」に出向く。館主・黄浩然氏から中国語でマンツーマンの「台湾茶芸講義」を受けた。
氏は有名な茶芸館「竹里館」の店主でもある。
「如何にすればより美味しく飲めるか」、その一点が知りたかった。
今回の受講における最大の収穫は、美味しく飲めるには間合いがあること、それが氏の「点前」を何度も観察していて感じた。
茶葉の品質の良否や湯温(適温)、茶具等あらゆる前提が整っている条件でも、湯を注いだあとの間合いがポイントになりそうだ。
私がこれまで見よう見真似の我流で行なっていた所作の中に、この間合いはまったくなかった。
それを感じただけでも大いにプラスだ。
台湾茶芸、実に奥深い・・・
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茶葉料理;
上述「茶九会館」館主・黄浩然氏が経営する「竹里館」の茶葉料理。
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猫空の茶芸館;
台北南郊にある猫空では鉄観音と包種茶が栽培されている。山間の鄙びた風景ではあるが、谷あいから台北市街を望むことができ、いつの頃からか、ここに数十軒の茶芸館が営業を始めた。
台北市内から近いこともあって、夏の夜は涼を求めて大勢の台北市民が押し寄せる。
市内にある瀟洒な茶芸館とは異なり、山間の緑に囲まれて飲むお茶もまた一興。峠の茶屋といったほうがいいかもしれない。
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茶芸館について;
年甲斐もなく、ぼくは渡辺満里奈のファン。
おにゃんこの頃からの。テレビのいろんな番組に彼女の丸顔が出てくると、なぜか気持ちが安らいだ。その彼女が本を出している。それも、台湾の茶芸について。
彼女の台湾茶芸に対するひたむきさが行間から溢れているので、ぜひ満里奈ファンの方、それに台湾のお茶に興味ある方はご一読下さい。「満里奈の旅ぶくれ・たわわ台湾」です。
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台湾の人はよくお茶を飲む。
泡沫茶を出すようなカジュアルなところから、茶芸館、レストラン、公園の憩いの場まで、いつでもどこでもお茶を飲んでいる印象がある。

映画の中でも、日常のさり気ない小道具としてよく登場しているが、何気ないようでいても、台湾の人たちがどれほどお茶を身近に、そして、大切に感じているかが見て取れるような登場の仕方をよくしている。
侯孝賢監督の代表作「悲情城市」の中で、長男の文雄が早朝、愛人宅で目を覚まし台所へ行き、すでに起きている女性が静かに朝の台所仕事をしているところ、誰が聞くでもない今見た夢の話をしながらお茶を淹れる、何も起こらない朝の風景といったシーンがあるが、私はこのシーンが大好きだ。

電球ひとつの部屋の灯かりを点け、昔の学校のストーブに置いてありそうな大きなやかんを女性が黙って手渡し、使いこみ色の変わった素焼きの茶壷を手ぬぐいでまず磨く。奥の暗がりには働く女性がずっと映っている。この一連の動作に、本当の日常を切り取って見たような感覚を覚え、観るたびに素敵なシーンだなあ、と思ってしまう。茶壷を手ぬぐいでごしごし拭くというところが好きで、私も真似して家でせっせと拭いている。そうすると、茶や茶壷への慈しみが湧いてくるもので、買ったときよりも「きれいに育っておくれ」という気持ちが増してくる。形から入るというのも、案外悪くない。
話がそれてしまった。そう、それくらい日常的なのだ。

今年の1月に行ったときに、台北にも、雨後のたけのこのごとく、スターバックスやそれに似たカジュアルなコーヒーショップができていて、その多さには驚いたが、それでも台湾の茶芸館は健在である。
一度店に入り、席についたら、そこはもう自分だけの世界。まるで家にでもいるかのように、各々の時間を楽しんでいる。どんなに長居をしても、店の人から迷惑そうな顔や、嫌な顔なんてされることはない。
「茶芸館」と呼ばれるところには、だいたい個室や半個室のような、かすかに光が洩れるくらいの布などで仕切られた空間がある。昔の建物を改造していたり、昔風な造りをしているところは、特にそのようだ。
それぞれにおしやべりを楽しんでいるが、店内には心地よい静寂が漂う。しかし、なにやら狭く、どこか排他的な閉鎖感を感じることも確かである。そこは、誰でも誘うわけではなく、特別な、同じ価値観を分かち合うもの同士が集う場所のような気がするのだ。

陽の光が入る席には、静かに湯気を出しつづけているやかんが火にかけられ、好きなときに茶を淹れ、湯がなくなれば足してもらい、日がな一日、飽くことなく過ごす。一日中、将棋に興じるおじさんたち、一人勉強する学生、おしやべりするカップルや学生に、会議をするビジネスマンたち、もちろん家族連れまでが茶芸館に集う。
そういえば、台湾の男の子は、女の子を口説くのに、茶芸館に誘ったりもするらしい。喫茶店や、ましてやお酒を飲む場所ではなく、茶芸館というのがなんともほほえましい、風情のある光景を想像させる。
しかし、なんて優雅で贅沢な時間の過ごしかただろう。せかせかと忙しい毎日を送っていると、喫茶店に行くのも、打ち合わせのため、仕事の合間の時間つぶし、といった感じになってしまう。
それでも、どうせ行くのならおいしい一杯を、と探すけれど、お茶を味わいに行く、そこで一日なり半日過ごすなどということはなかった。

私が子供の頃、近所の喫茶店は父の憩いの場で、何をするわけもないのだけれど、ただマンガが読める、厚切りのトーストが食べられる、なんて他愛もない理由で、そこに連れて行ってもらえるのがとても楽しみだった。
父はというと、土曜や日曜の午後に、そこでコーヒーを飲みながら、それぞれ好きな時間に集まってくる友達や、店の人と話をしたり、本を読んだりして半日を過ごしていた。私も退屈することなく、その空気に馴染んでいたことを憶えている。
昔の文人の過ごしている姿や、こうして文化が育っていったのだろう、なんていうことを茶芸館から想像してしまう。悠久の時が偲ばれるような優雅な風情などは微塵もなかったが、今思うと、喫茶店のあり方としては、今よりも人と人とがもっと近く触れ合っていたり、好きに過ごさせてくれる空気があったように思う。
時々、人の気配を感じたいときや、息を抜きたい、環境を変えたいというようなときには、喫茶店に行きたいと思う。行けば安くおいしいお茶が飲めて、人の気配が感じられ、一日ゆっくり過ごせる遅くまで開いている店があればな、と今つくづく思っている。

いろいろなことを教えてもらいながらお茶を飲み、親しんでいると、茶には喉を潤し、味わうこと以外にも楽しみ方があることを知る。
まず、一人で楽しむ。
一日の仕事が無事終わり、帰る道すがら「今日は何を飲もうか」と思案する。家にたどり着き、顔を洗うよりも前にやかんにたっぷりの湯を沸かす。大急ぎで化粧を落とし(あるいはそのまま)、その日の気分でお茶を選び、ちんちんに沸いたお湯で茶を淹れる。このときは大抵、香りのよい鉄観音や凍頂烏龍茶を飲むことが多い。最近はおいしいプーアルを購入したので、プーアル茶をということも多くなった。
飲んでふうっと一息つくと、その、アロマテラピーにも匹敵する香りの効果と清涼感で、一日の疲れがほぐされ、身体が癒される。喉の奥、舌の付け根あたりには甘い味が残り、その余韻も楽しむ。お茶の通ったあとは、ケミカルなものではない自然のエキスを吸収したように、身体が歓び、渇いてクシュクシュになっていた細胞も潤ってくる感じがする。疲れを忘れ、気持ちをすぐに切り替えられる。地味だと言われようが、暗いと言われようが、最近はこの時間に、一日のうちで一番のささやかな幸せを感じてしまっている。
ふたり、あるいは数人で飲むときは、リラックスして、想像力を働かせ、お茶の旨さを表現する言葉を探しながら楽しむのもいいかもしれない。

中国茶には、様々な印象や想像を喚起させる魅力がある。おいしいお茶を飲んだとき、それを的確に伝える言葉が見つからなくて、自分の持つ語彙の少なさに苛立つことがままあるが、それを表すのは、その人の記憶にある匂いや風景や言葉だったりするから、最初は思ったままを表現してみたい。
よく、ソムリエが「秋の雨上がりの森の中、落ち葉の下に眠る湿った土の香り」とか「乳飲み子の肌の香り」とか、わかるような、わからないような、しかしニュアンスは伝わってくる表現をする。その表現も自分の記憶を辿ったところのどこかにある情景や言葉だったりするらしいので、お茶を表現するときも、感覚を研ぎ澄まし、五感を使って、眠っている記憶を思い起こしていくと、思いがけず出てくる言葉や情景が見つかるかもしれない。

お茶が好きで好きでたまらないという、ある日本の茶商を営む男性は、お茶への気持ちが頂点に達したとき、飲んだお茶がどんな土で、どの樹から、どのように作られたかがわかったという、表現とはまた違ったところの域に達した究極の人もいる。まあ、これは特別な例だけれど。
花のような香り、桃みたいな香り、栗のような味や蜂蜜のようなこく、清らか、可憐、雅やかなどなど。そこから、思いを巡らせていくのは案外楽しいもの。とは言っても、こうなると、おのずと自分との対話にもなってくるから、誰彼かまわずご一緒にというわけにはいかない。それはちょっと恥ずかしい。酒の席を共にするのとはまったく異なる、茶を通してのコミュニケーションは、同じ価値観を分かち合える人、心を開ける人、開いて話をしたいと思う人と共に楽しみたい、密なコミュニケーションの手段でもある。
お茶は、なくても生きていけるけれど、知ってしまったら最後、贅沢な嗜好品となり、あると断然気持ちが豊かになれる、ちょっと大人の楽しみでもある気がしている。

紫藤廬。お茶や台湾に詳しい人に、台湾のおすすめの茶芸館を聞いたら、必ずこの店の名前はあがるだろう。
「紫藤廬」は台湾で一番古い茶芸館だと聞いたことがある。
日本統治時代に建てられた自宅を今は茶館として開放しているため、どこかハイカラな日本建築風で、テーブル席と共に畳の部屋もある。ここがとても落ち着く。
また、入り口を入って右側奥に、ゆったりとした感覚で座卓が置いてある天井の高い板の間があり、柔らかい陽の光を感じながら静かにお茶が楽しめる。
カフェや茶館の理想的な役割であると思われる文化交流の場、サロンとしてもその功績は広く知られているようだ。店には店内で催されるコンサートのポスターやチラシが、さりげなく置いてある。
以前、私たちがお茶を飲んでいた板の間の向かいの席で、企画展のためか自作の書を広げている人がいて、私たちに、どれが好きかと尋ねてくる女性がいたりした。
そもそもここの店主がこの茶館を始めた理由と言うのが、台湾大学の教授だった店主の父親のもとに集まった芸術家たちのように、誰もがお茶を飲み談笑できる場所を提供したいとの考えからで、その志は、茶にも菓子にも庭にも息づき、しかも押し付けがましさは一切ない。
静かな空間で心落ちつかせることができる。店のカードにも書いてあるように、沈思(深く考える)、思維(思考)するもよし、対話(対話)、品茗(茶を味わう)するもよし、時々は時間を忘れて過ごしたい。
庭の藤棚の花が咲きほこる頃に、次は行きたい。

台湾は“お茶の学校”です;
映画「闘茶」。
日本から香川照之・戸田恵梨香。台湾からF4のヴィック・チョウ(仔仔こと周渝民)、超売れっ子女優のチャン・チュンニン(張鈞甯)。香港からは名優エリック・ツアン(曽志偉)が出演している。音楽はショーン・レオン。

この映画の特徴は、背景の台湾。台北の慈聖宮・屋台街・西門町・猫空・淡水・華山創意文化園区や、中部南投縣竹山鎮などの台湾各地でロケをおこなった。
幸せになれるお茶を求めて、京都から台湾へ。
この映画、内容はいまひとつだったが、台湾でお茶を喫したい気分にはなる。



茶葉蛋;
台湾のコンビニ、必ず置いてある茶葉蛋。口中に茶葉の匂いがほんのりと残る。
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by officemei | 2013-12-02 12:33 | ■台灣