■上海和平飯店

2005年大晦日、松任谷由実はここ上海の和平飯店から中継で紅白歌合戦初出場を果たした。
和平飯店・・・私が始めてこのホテルに宿泊したのは北京在勤中の1976年だった。
当時は文革末期の世相で、有名なジャズバンドもまだ復活しておらず、記憶に残っているのはコーヒーがうまかったということだけだ。いや、コーヒーそのものが美味というよりも和平飯店の醸し出す過ぎし良き時代の雰囲気、その空間に身を置いて飲むひとときがそう感じさせたのだと思う。
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近代中国において、上海の発展に大きく関わったのはユダヤ人社会だった。
サッスーン家、カドゥーリ一家、ハドゥーン家などは特に当時の上海経済を牛耳っていた。

とりわけ有名なのが、阿片貿易で一躍資産家になったサッスーン一族。彼らが上海に根を下ろしたのは19世紀中葉のことだった。
その巨万の富を背景に、一族の中から不動産開発を手がけたサッスーン商会が現れる。1930年前後に建設された“SassoonHouse”(和平飯店南楼)“CathayHotel”(和平飯店北楼)“BroadwayMansions”(上海大厦)“CathayMansion”(錦江飯店北楼)“GrosvenorMansion”(錦江飯店貴賓楼)“GrovesnorGarden”(錦江飯店錦楠楼)等々枚挙にいとまもない。それに現在の花園飯店オークラ・ガーデン・ホテル、これらすべてがサッスーン商会の物件だった。
特に、バンド(外灘)に位置する“Sassoon House”(和平飯店南楼)と“Cathay Hotel”(和平飯店北楼)はサッスーン商会の拠点でもあった。

さて、そんな往時の盛況を想像しつつ和平飯店に一歩足を踏み入れると、その重厚さに圧倒されるような感覚を持つ。

現在の和平飯店;
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1930年代のCathay Hotel;
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by officemei | 2009-09-18 03:29 | ■上海