■ 祇園界隈

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「京都外国語専門学校」。
昭和45年の夏、私はここの中国語夏期講座を受講した。
先生は金老師、生粋の老北京で満州旗人、私にとっての「中国語デビュー」だった。19の夏・・・
東京の大学生活を一時切上げ約5ヶ月、下鴨松ノ木町辺りのアパートに住んでいた郷里の友人宅に居候し、通った。
当時、京都には市電が走っていたが、私は金もないのでずっと歩きだった。
出町柳、荒神口、丸太町と鴨川河畔を歩き、東山二条西入るにある学校で授業を受けた。
そのあと四条南座近くにあった氷屋でアルバイトをしていた。祇園の料亭から注文を受けてすぐに氷を運ぶ仕事だった。その後かれこれ四半世紀が過ぎた頃、初めて祇園の宴席を体験した。
舞妓・芸妓の艶やかさに触れたのは後にも先にもこの一度だけだが・・・

京都生活の翌年、東京の大学に帰り中国語を専攻、良き師、良き先輩、良き同学に恵まれて充実した学生生活を送ることが出来た。
卒業後、在北京日本大使館に赴任、激動の中国を実体験することになる。
帰国後、大学院入学。
不運ながら病を得て帰郷、入院手術、再上京を断念。
目指した道から大きく逸れてしまったが、なんとか「中国」にしがみついて今日に至っている。

京都はそんな私の原点なのだろう、無性に恋しくなるまちだ。

もうすぐ祇園祭の季節がやってくる。
青春時代の思い出をたどり、祇園界隈をぶら歩き。
頭の中で祇園囃子が聞こえる。

明日から中国モードに回路を切りかえないと・・・


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by officemei | 2011-06-19 00:39 | ■日本