■ 急須

司馬遼太郎の街道をゆくシリーズ「中国・江南のみち」に急須の話が出てくる。
因みに急須は中国語で「茶壺(chahu)」と言う。
では古い時代の中国語では茶壺のことを急須と言ったのだろうか、答えはどうやらNOだそうだ。
司馬先生はこう仰っている。
「急ぎ須(用)いる、という言葉から考えて、長崎に入港する浙江船や福建船の船乗りが、不自由な船上生活のなかで、簡単に茶を煎れる道具として、この名称のものを用いていたのではないか。それを長崎のひとたちが見ていて家庭で用いるようになり、やがて全国にひろまった」

一方、日本語の急須について。
司馬先生が幼少の頃には京・大阪では「きびしょ」、広島あたりでは「きびしょう」と呼んでいたらしい。
念のため「きびしょ」で検索すると、関東・中越・四国・九州などの一部地域でも急須のことをこのように呼ぶらしい。

「上方語源辞典」のきびしょの項に、急須は「急焼」という漢字を当てるのが正しいとあり、福建音キビシャオの訛りとあるそうだ。
急須という字は中国の標準語ではjixuと発音するが福建音ではkip-suと発音する。
ということは、江戸時代に長崎にやってきた唐船(清国船)の船員(福建籍)たちが急須をkip-su・・・キュース、急焼をキビシャオと言っていたのが日本にそのまま伝わったと考えられる。

又、諸橋「大漢和辞典」の急焼の項には、晩唐、李商隠の詩に、酒を燗する道具として示されており、更に江戸中期の伊藤竜洲という儒者の書に、「呉人、酒を温める器を呼んで、急須と為す。急須とは、その急に応じて用ふるや」ともあるそうだ。

となれば、船員が酒を燗する道具を日本人が茶に応用したのか、或いは本来酒を燗する道具で船員が茶を淹れたのか、いづれにしても急須(きゅうす)といい急焼(きびしょ)といい、日本人の生活に根付く言葉のルーツがそもそも福建音であったことは、新鮮な驚きだった。


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by officemei | 2011-07-08 00:27 | ■中国語