■ 屋台街 (夜市)



e0094583_19131530.gif日が傾き、灯りがともり始める頃、台湾の都会から田舎町まで、300を超える夜市がにぎわい始める。通りの両端に「車両通行禁止」の柵が置かれると、そこは「屋台街」となる。数百メートルにわたる空間に、万に上る住民や観光客が押し寄せ、真っ直ぐ歩くこともままならないほどだ。
(每天太陽落山後,街頭巷尾燈火通明,全台從北到南、從東到西,廣布大城小鎮的三百多個夜市就準備熱鬧「開市」。當街道入口兩端放下「禁止行車」的柵欄後,白天車水馬龍的馬路立刻變為一處「露天商圈」,數百公尺長的空間吸引數萬名遊客湧進,萬頭鑽動,甚至寸步難行。)

着飾っていく必要はない。裸足にサンダル、Tシャツに短パンで出かければいい。車の音、人の声、屋台の呼び声が入り混じり、昼間の緊張から一気に解放される。わずかな金額で舌も腹も満たせ、海鮮から軽食や飲み物まで何でもそろう。売っている衣服も安く、ひやかして値切る楽しみもある。
台湾の夜市にはどんな魅力があるのだろう。夜市の屋台料理(小吃)にはどんな秘密が隠されているのか。
(在這裡吃喝玩樂不必西裝革履,穿戴整齊,一雙藍白拖或夾腳拖,短褲、T恤就能自在閒晃,車聲、人聲、小販吆喝聲喧鬧吵雜,彷彿能將白天壓抑的情緒瞬間釋放。更令人興奮的是,你無需花太多錢,就能滿足口腹之慾,生猛海鮮、小吃飲料應有盡有;衣服飾品沒有昂貴包裝,物超所值,還有殺價的樂趣。
逛夜市有何魅力?夜市小吃又要如何吃出門道?)

台湾の夜市の歴史は200年を超える。清の時代、福建や広東から渡ってきた移住者は、山林の開墾に忙しく、天秤棒を担いだ食べ物の呼び売りが盛んだった。田畑や開墾地へ料理を担いで行って売ったのである。
(台灣夜市至少有兩百年歷史,因攤販聚集而逐漸成市。自清代起,漢人移民從福建、廣東渡海來台開墾山林,非常耗費體力,小吃業者便肩挑扁擔沿街叫賣,將各種冷、熱吃食送到田邊、山邊供開墾者食用。)

開墾の時代、無病息災を願う人々は廟を建てて神を迎えた。そこに人が集まるようになれば、食事を出す露店も集まってくる。こうして形成されたのが、台北の華西街や基隆廟口の夜市だ。最も早くから開発された台南には夜市が多く、台南市・県を合わせると100以上ある。民族路の赤崁楼の横、広安宮の前には「石精臼市場」、大天后宮や武廟の横にも屋台が出ている。台南の人々は、古い廟の近くで料理を食べることによって、神々とともにある安心感をも味わうのである。
(初民墾荒時期,為祈求平安,都會興建廟宇舉辦迎神賽會,人群聚集處,小吃亦隨之而至,例如台北華西街因鄰近龍山寺而成市、基隆廟口夜市也因奠濟宮而發跡;而台灣最早開發的古都台南更是夜市重鎮,全縣市約有一百多個夜市,例如民族路赤崁樓旁廣安宮前的「石精臼市場」,大天后宮、武廟旁也有不少小吃攤,對台南人來說,在古剎旁吃小吃,好像特別有一股與神佛共享的濃醇安心滋味。)

歴史家・連横による『台湾通史』には、台南の屋台の描写がある。
「いわゆる『担麺』なるもの、台湾中の人がこれを好む。麺は平常と同じ、食する時は野菜と肉と蝦汁を載せて熱いスープをかけ、黒酢と胡椒をかける。熱気が立ち上り、香りが鼻をくすぐる。夕暮れ時から、それぞれ決まった場所に天秤棒でやってきて、そのまま夜通し動かない。客の信用を失わないためである」
(台灣史家連橫在《台灣通史》裡,如此描述台南小吃攤:
「市面上有所謂『擔麵』者,全台人士靡之知之。麵與平常同,食時以熱湯芼之,下置鮮蔬,和以肉俎、蝦汁,糝以烏醋、胡椒,熱氣上騰,香聞鼻觀。初更後,始挑擔出賣;宿於街頭,各有定處,呼之不去,恐失信於顧客也。」)

1990年代に大型スーパーやデパートが増え、それらが夜市を真似て、屋台料理を売る美食街(フードコート)を地下に設けるようになった。広々とした明るい空間に快適なテーブルと椅子があり、冷房も効いているが、従来の夜市の商売は全くその影響を受けなかった。
夜市文化の特徴はどこにあり、快適なフードコートにも負けないのはなぜだろう。
(1990年代後大型超市與百貨公司興起,群起仿效夜市特色,將夜市小吃搬到地下美食街,內部裝潢現代、空間亮麗,又有舒適座椅和冷氣空調,但有趣的是,百貨公司美食街並沒有對夜市生意造成任何影響,知名夜市依然人潮洶湧。
究竟,夜市消費文化的獨特性在哪?為何難以被美食街取代?)

「人々が夜市に出かけるのは、決して小吃や買い物のためだけではありません。がやがやとにぎやかで、押し合いへしあいしながら買い物をするのが楽しいのです」と話すのは夜市文化を研究する中央研究院民族学研究所副研究員の余舜徳だ。私たちの文化において「にぎやかさ」は人々を鼓舞する一種の「エネルギー」であり、夜市を歩くとそうしたエネルギーを感じられるのだという。
(「民眾逛夜市絕不只是為了小吃和購物,而是為了那一種身處於吵雜、熱鬧、混亂、擁擠中消費所感受到的特有樂趣,」研究夜市文化的中研院民族所副研究員余舜德說,「熱鬧」在我們的文化裡顯然有一種鼓舞力量,能讓民眾感受到一種「能量」,在人潮和周遭環境中流竄、興起,逛夜市就是為了享受這種氣氛。)

例えば、大勢の人でにぎわう台北の士林夜市では、わずか200メートルの大東路を歩くのに30分もかかる。有名な大餅包小餅(揚げ餅を薄皮で包んだもの)や豪大鶏排(鶏のから揚げ)などを食べるには、蒸し暑い中を行列に並ばなければならない。それでも多くの人は嫌がるどころか、自分の番が回ってきた瞬間、人々から羨ましそうな視線を浴び、それで大いに満足するのである。
(例如在人擠人的台北士林夜市,有時須花半小時才能走過短短200公尺的大東路;甚至為了吃到有名的「大餅包小餅」或豪大雞排,還得在悶熱環境裡苦苦排隊,民眾不但不以為苦,當美食到手那一刻,感受到眾人艷羨的眼光,還會湧起極大的成就感。)

夜市の最大の魅力は食であろう。多くの夜市が有名なのは、そこでしか味わえない「小吃」があるからだ。
「『小吃』、私はこの字面が好きだ。『小』という字には、量は少なめ、形はシンプル、動作はスピーディ、価格は安く、雰囲気は親しみやすくて気軽……という意味が込められている。台湾の小吃の美、その独特の魅力がこの二文字に言いつくされている」と美食作家・葉怡蘭はブログ上に書いている。
(「吃」是逛夜市最重要的儀式,許多夜市之所以有名,就是因為它們特有的小吃。
「『小吃』,我始終很喜歡這個字眼:『小』這個字,包含了份量上的小、少,形式上的簡約、單純,動作上的快速、輕捷,價格上的平易、廉美,氣氛上的親切、隨性……台灣小吃之美、之獨特動人處,單單這兩字裡,盡已囊括。 」美食作家葉怡蘭在部落格文章〈台灣的滋味,是原味〉中指出。)

中国で最も早く夜市に関する記載があるのは宋代の『東京夢華録』と『夢梁録』で、すでに「小吃」が登場している。点心では薄荷糕、豆児糕、炒栗子、杏仁糕、糖茘枝など、羹(スープ)では羊血湯、清汁田螺湯、香辣素粉羹など、おかずでは海蜇、煎肝臓、野鴨肉、鶏砕などが挙げられている。文字から想像がつくものもあれば、考証の難しいもの(酥油虫包螺など)もあるが、現在の台湾夜市の飲食形態と1000年前の宋代の小吃を比べると、相通じるものがある。
(中國最早有夜市文獻紀錄的宋代文人遊記《東京夢華錄》和《夢梁錄》中出現的小吃,如點心類的薄荷糕、豆兒糕、炒栗子、杏仁糕、糖荔枝等;羹湯類的羊血湯、清汁田螺湯、香辣素粉羹;小菜類的海蜇、煎肝臟、野鴨肉、雞碎等,有些小吃看名稱就一目了然,有些食物則已難考證(如「酥油蚫螺」),但若拿今天台灣夜市的飲食型態和一千年前的宋代小吃對照,兩者仍具有很高的延續性。)

『ごはん』と『おかず』の間に位置するものは、すべて広義の小吃と言える。
肉まんや餃子、麺類、スープ、粥、焼き菓子や蒸し菓子などは小吃と呼べる。小吃は主役として「ごはん」のように腹を満たすこともできれば、「おかず」にもなり、おやつや夜食にもなる。
(「只要落在『飯』與『菜』之間的食物,都可廣義地歸類為小吃。」例如包子、餃子、麵食、羹、粥、糕點等,都可稱為小吃。小吃可以是主角,像「飯」一樣吃飽;也能是配角,像「菜」,視為副食或點心、宵夜;或者「主副合一」,以麵食搭配滷味、湯類。)

台湾小吃の中には海鮮の羹湯が非常に多い。サワラやカジキ、ハモ、サメ、シラスなどのスープの他、イカやエビ、カニなどを入れて、とろみをつけたスープも多い。
これは台湾が海産物に恵まれており、初期の漢民族移住者の多くが福建や広東の沿海地域から渡ってきたこと、そしてスペインや日本など、海産物をよく食べる海洋国家に統治されてきたこととも関係する。
(台灣小吃有很多海鮮類的羹湯,例如魚羹就有用土魠魚、旗魚、鰻魚、鯊魚、魩仔魚等做成,其他還有魷魚羹、花枝羹、蝦仁羹、螃蟹羹等。
這與台灣海產豐富有關,也與早年漢族移民多來自閩粵沿海,又經西班牙、日本等海洋國家統治,因此有很多海味小吃。)

カラスミは昔から台湾料理の珍品であり、高雄の六合夜市では小吃としても売っている。
基隆、台南、高雄は漁港が近いため、魚のすり身を使った小吃も多い。
(烏魚一向是台灣料理的名菜,但南台灣高雄六合夜市也當成小吃在賣。
由於基隆、台南、高雄近海港,漁獲種類繁多,魚漿製品遂成為小吃要角。)

魚のすり身を油で揚げるのは日本風の食べ方「天婦羅」(薩摩揚げ)で、台湾では「甜不辣(テンプラ)」と言う。ポルトガル語が語源の日本の外来語で、16世紀にポルトガル人が日本に油で揚げる料理を伝え、これが台湾に伝わったものだと言われている。
(油炸魚漿則是日本吃法,稱為「天婦羅」,台灣叫「甜不辣」。不管是天婦羅或甜不辣,都是日本源自葡萄牙文tempura的外來語,葡萄牙人在16世紀就把這種油炸料理傳到日本,日本又傳入台灣。)

2007年、経済部商業司が主催した「外国人が選ぶ台湾の美食」人気投票の結果、1位に輝いた台湾小吃は「蚵仔煎」(牡蠣入りの卵焼き)だった。
蚵仔煎は、まず大鍋で牡蠣を焼き、卵と青菜を加えて混ぜ、サツマイモの粉の生地でまとめて甘辛いソースをかける。北は基隆から南は墾丁まで蚵仔煎があり、どこが元祖なのか誰にも分からない。
(2007年,經濟部商業司曾主辦「外國人台灣美食排行No.1票選活動」,結果異國朋友口中第一名的台灣小吃是—— 蚵仔煎。
蚵仔煎的作法是把蚵仔放到大鍋上油煎,放入雞蛋、小白菜(冬天放茼蒿)攪拌後,再淋上蕃薯粉做的芡水,起鍋後淋上醬料就可上桌。今天北從基隆、南到墾丁,都有蚵仔煎,大家也搞不清楚哪裡是原創地了。)

異国文化を取り入れてきた台湾では、新しい味も次々と生み出される。名前も奇妙な「棺材板」は、厚切り食パンを油で揚げてくりぬき、そこに鶏レバーやジャガイモ、蝦などを入れたホワイトソースをかけた料理だ。50年余り前、台南の屋台の許六一という人が、これが棺桶に似ているというので命名して有名になった。
(異國文化大融合的台灣,更有不少創新小吃,如名稱怪異的「棺材板」,做法是將厚片吐司放進油鍋炸酥,然後挖掉表皮和部分麵包心,變成中空盒子狀,再注入以雞肝、豌豆、馬鈴薯、蝦仁、花枝等用高湯燴煮而成的餡料,再把麵包蓋蓋上,很像現在的法式麵包濃湯。
五十多年前台南小吃攤老闆許六一推出這道別出心裁的點心時,由於形似「棺材」取名「棺材板」,果然聲名遠播。)

2009年、イギリスの旅行サイトで「猪血糕」が「世界の奇妙な料理トップ10」に選ばれた。
明朝の『本草綱目』によると豚の血の性質は「鹹、平、無毒」で、血を増やし、中風や腹部膨満、湿熱などに効く。
美食家の焦桐は『台湾味道』の中で、猪血湯(固めた豚の血の入ったスープ)の起源を考察している。それによると、西洋医学を学んだ孫文は猪血糕を絶賛している。「鉄分を多く含み、この上なく栄養価が高い。病後や産後、貧血などにはかつて鉄剤を用いたが、今は猪血湯で治療する。中国人がこれを食するのは野蛮なことではなく、科学と衛生にかなっている」
(明朝《本草綱目》中記載,豬血的氣味「鹹,平,無毒」,主治「生血,療賁豚暴氣(即中風、腹脹),及海外瘴氣。」
美食作家焦桐在《台灣味道》一書中,曾考據豬血湯的來源。有趣的是,他發現,有西醫背景的國父孫中山先生曾大讚豬血:「含鐵質獨多,為補身之無上品。凡病後、產後及一切血薄症之人,往時多以化煉之鐵劑治之者,今皆用豬血以治之矣。而中國人食之,不特不為粗惡野蠻,且極合於科學衛生也。)
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by officemei | 2012-01-05 19:18 | ■台灣