■ 忘恩負義

感謝台湾

3月16日読売新聞編集手帳より; 
台湾には「一口のご飯をいただいたら、米一斗をお返しする」ということわざがある。受けた恩は何倍にもして返す、の意味。東日本大震災に、台湾は世界最大規模の200億円の義援金を寄せた。

台湾の人にとって、直近の「一口のご飯」は1999年9月、2400人が死亡した台湾中部地震で日本が差し伸べた支援の手である。政府は大型の緊急援助隊を派遣し、阪神大震災で使用した仮設住宅も無償提供した。

感謝と恩返しの精神は日本の文化でもある。東日本大震災のひと月後、川崎市の女性が台湾紙に支援感謝の広告を出そうとネットで呼びかけた。広告費は240万円だったが、短期に2000万円が集まり、余った分は被災地に寄付された。

「大震災1年」の11日には、対台湾交流窓口機関の交流協会が台湾紙やテレビに感謝の広告とCMを出した。CMには、仙台で被災した母子が「元気です。ありがとう台湾」のメッセージとともに笑顔で登場している。

政府主催追悼式での台湾代表の扱いについて、野田首相は国会で陳謝した。外交関係は途絶えていても、紡いできた交流の糸は大切にしたい。

e0094583_5585299.gif政府が主催した東日本大震災の一周年追悼式典で、台湾の代表が指名献花から外されるという扱いを受けた。

震災で93の国・地域、国際機関から寄せられた義援金や救援物資は集計分で計175億円だが、これに含まれない台湾は単独で200億円超もの義援金を寄せた。日本政府の対応は、人から受けた恩を忘れない日本的精神からも恥ずべきものである。
台湾の代表は「民間機関代表」と位置づけられ、各国代表らに用意された会場1階の来賓席ではなく、2階の一般席に案内された。この問題が取り上げられた参院予算委員会で、野田佳彦首相は「(台湾の人々の)お気持ちを傷つけるようなことがあったら本当に申し訳ない」と陳謝した。
しかし翌日の記者会見で、藤村修官房長官は「外交団という仕切りの中で整理され、外務省と内閣府で調整済みだった」と述べた。首相の謝罪を否定するかのような礼を欠いた説明だ。

昭和47年の日中共同声明によって日本は中国と国交を樹立し、台湾との外交関係は消滅した。藤村長官は参院予算委での答弁で、日中共同声明が「わが国の基本的立場」と述べたが、問題は台湾に対する日本政府の態度が過度に中国に配慮していることである。
共同声明は「日本国政府は、この(台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であるとする)中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重する」などとある。
これは文字通り、中国の立場を尊重することを意味しているが、一方で日本の独自の判断まで否定しているものではない。しかし、実態は中国の主張をそのまま受け入れる形になっており、もっと柔軟性を示してよい。

台湾では日本統治時代(明治28年~昭和20年)に教育を受けたいわゆる「日本語世代」を含め、日本に親近感を抱く人が少なくない。馬英九総統は東日本大震災発生の翌日に緊急援助金を発表したが、集まった義援金の大半は心がこもった個人の寄金である。
人口2300万人の台湾から日本への観光客は一昨年は138万人、震災の昨年でさえ114万人にものぼった。日本に支援を差し伸べてくれた隣人への非礼に対する謝罪の意を、政府はきちんとした行動で示すべきだ。それが、復興に向けたけじめである。(産経新聞より)

e0094583_5552395.gif日本去年311大地震引發的複合式災難剛滿周年,日本交流協會日前拍攝感謝影片,預計在日本播映一周,感謝台灣在311對日本的援助,並告訴台灣人:「現在我很元氣,台灣,謝謝你。」

影片中有五個小故事,有地震當天在醫療設備停擺下出生的「小虎」、地震時用手寫方式發行報紙的石卷市「日日新聞」、用地震殘骸做椅子,發送給大家的木工師傅、海嘯來襲時,將自己綁在船上,要與船共生死的漁夫,以及一支太鼓校隊,用校車輪胎製作太鼓。他們紛紛訴說自己重振希望的故事,謝謝台灣的強力應援,讓他們沒有被打倒。

這顆感恩的心傳到台灣,讓台灣民眾很感動,有人看廣告哽咽,有人流淚。還有網友分享自己去年在日本京都的龜岡火車站看到「感謝中華民國(台灣)」的大看板,身為一個自助旅遊的背包客,讓他當場流淚。

然而就在台灣人感動的接受這分感恩時,卻傳出311一周年追悼會時,台灣代表被列為「民間機構代表」,並未受邀請上台獻花,事後日本內閣官房長官藤村修,表示這樣安排是合宜的外交應對。


日本政治並不代表日本人民,而愛心與政治也不該混為一談,「為善不求回報才是真功德」。況且從先前種種故事看來,日本人民是真心感謝台灣的援助。
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by officemei | 2012-03-16 17:47 | ■日本