■ MELANGE CAFÉ

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米朗琪咖啡(メランジュ・カフェ)

是什麼樣的魔力,能讓一家咖啡店的排隊人潮,一排就是16年?
どんな魔力が一軒のコーヒーショップに16年も行列を作るのか。

e0094583_16333188.gif位於台北南京西路商圈附近的米朗琪咖啡,穿著白衣的服務生快速穿梭帶位,縈繞的咖啡香中,是一張張帶著愉悅面容的用餐者。
台北市南京西路商圏に近いメランジュ・カフェ。白い服のスタッフがすり抜けるように席へと案内する。

每天不同時段、輪番上演的排隊長龍,已讓這家小店成為台灣咖啡店的傳奇。
コーヒーが香り立つ中、楽しそうな客の顔が見える。いつ行ってもある長い列は、小さな店を台湾コーヒーショップの伝説にした。

中山捷運站的巷弄,是台灣年輕創業者實現夢想的最佳舞台,髮廊、服飾、設計公司,更多的是香氣四溢的咖啡店。
MRT中山駅の裏通りは、台湾の若い起業家が夢を実現する最高のステージである。ヘアサロン、ファッション、デザインオフィス、そしてコーヒーショップはもっと多い。

然而,巷口緊鄰知名的速食店、百貨公司美食街,激烈競爭之下,年年都有店家高掛招牌不久後,又因作不出口碑,黯淡退出。唯有米朗琪咖啡創業16年,迄今屹立不搖。
だが、路地口の著名ファーストフード、デパートのフードコートに隣接する競争の中、消えていく店は後を絶たない。メランジュだけが創業16年を経て揺らがない。

在一整排住商混合的小商圈裡,米朗琪咖啡黑白現代風格的招牌,格外醒目,清晨7點半就有人在店外等待以一杯濃郁咖啡和早餐開始一天的生活。
住商混合の小さな商圏で、メランジュ・カフェのモノトーンの現代風看板が目を引く。朝7時半には店先で待つ人がいる。

人潮中不時傳來日語、韓語的交談聲,排隊隊伍中有打扮時髦的年輕女性、雍容的貴婦,這裡,正是米朗琪咖啡創辦人陳瑞榮創造排隊神話的起始地。
人波から日本語や韓国語が聞こえ、列にはオシャレな若い女性や、エレガントなマダムもいる。ここがメランジュ・カフェの創業者・陳瑞栄が行列神話を創り上げた地である。

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老家在雲林的陳瑞榮,年輕時即北上,曾經當過月領5,000元的餐廳學徒。退伍後,他進入一家咖啡貿易公司跑業務,開啟了與咖啡接觸的第一扇門。
雲林出身の陳瑞栄は若い頃に台北に出て、月給5000元のレストラン見習いもした。兵役を終えるとコーヒー貿易会社の営業職に就き、コーヒーとの付き合いが始まる。

不像大公司體制健全,分工完善,在小公司任職的他,常常是一人當三人用,從推銷咖啡豆、咖啡機,到調製咖啡的任務,全都落在他頭上。久而久之,陳瑞榮從一位門外漢,累積起咖啡知識,因為時常必須向客戶推薦豆種,回覆客人意見,他慢慢學會了烘豆、沖泡的技術。
大企業ではないから、豆や設備のセールスから、豆のブレンド業務までこなした。素人がコーヒーの知識を蓄え、豆の種類を顧客にアドバイスし、疑問に答えるうちに、焙煎や抽出の技術も身につけていく。

不過,就像老一輩口裡形容茶行批發的工作,「雖然餓不死,但也賺不飽,」陳瑞榮的咖啡批發事業亦復如是。
だが茶卸しの仕事が「飢え死にはしないが儲けも薄い」と言われたように、陳瑞栄のコーヒー卸しも似たようなものだった。

當時年僅27歲的陳瑞榮決定從隱身後端的角色,親自跳上第一線創業,希望將沖泡出來的咖啡端上桌給客人享用,地點就選在中山捷運站旁的小巷內,並援引法文「牛奶、咖啡混合」之意的「米朗琪」作為店名。
27歳だった陳瑞栄は起業を決意する。MRT中山駅横の裏通りを選び、フランス語の「ミルクとコーヒーの混ぜ合せ」という意味で、店を「メランジュ」と名づけた。


陳瑞榮想到過去曾和太太走訪歐洲、日本的經驗,也回憶起旅行時因為腳程疲累,躲進一家咖啡廳獲得咖啡香撫慰的美好記憶。
陳瑞栄は妻と旅したヨーロッパや日本を思い出した。疲れてコーヒーショップに入り、香りに癒された思い出もよみがえる。

縈繞的咖啡香氣、溫暖人心的食物,人們輕聲交談的暫歇,填滿了陳瑞榮的咖啡店圖像。一家揉合歐式裝潢風格、日本職人精神的咖啡店,終於在1997年誕生,當時的小店只離麥當勞30步之遙。
立ち込めるコーヒーの香り、心温まる食事、穏やかな歓談のひと時が、コーヒーショップのイメージを満たしていった。ヨーロッパ風インテリアと日本の職人精神を取り込んだコーヒーショップが、1997年に誕生した。マクドナルドから30歩しか離れていなかった。

一邊烘豆子、一邊與熟客打招呼的陳瑞榮打趣說,賣咖啡只是為了「謀生」,但他念茲在茲的就是專注煮出一杯好咖啡,「因為10年前我只會賣咖啡,現在我也只會賣咖啡。」
豆を焙煎しながら馴染み客に声をかける陳瑞栄は話す。コーヒーを売るのは「生活のため」だが、専念するのはいいコーヒーを淹れることだけである。「10年前コーヒーを売るだけだった私は、今でもコーヒーを売るだけなんです」とおどける。

開店之前,陳瑞榮的咖啡是一杯一杯煮,開店後一天至少得煮出上百杯,最大的挑戰就是得沖泡出口味穩定的咖啡。「以前經營咖啡批發是看業績、看數字,但咖啡店看的就是技術。」陳瑞榮只好和太太兩個人天天試喝、試泡。
店を開く前は一杯ずつ淹れていたコーヒーだが、店を開設したら一日百杯は淹れる。最大の難関は味を安定させることである。「コーヒー卸は業績、数字ですが、コーヒーショップはテクニックです」陳瑞栄は妻と2人で毎日試飲、試作を繰り返した。

當時名氣還不大的米朗琪,口味是博得客人認同的唯一方式。靠著口碑相傳,漸漸的,面向南京西路綠蔭,座位不到30個的小店,開始出現排隊人潮。
無名のメランジュにとって、味は客に認めてもらう唯一の方法だった。口コミが広がり、南京西路の木陰に面して30席にも満たない店に、行列ができ始める。

開店第4年後,隨著淡水線捷運開通,百貨公司櫛比鱗次地開起來,米朗琪的能量一下子爆發出來,人潮越排越長,知名度大開。
4年目からMRT淡水線開通に伴いデパートが続々オープンすると、飛躍的に知名度が上がった。

2002年,小店鑽進小巷內的現址,店內精緻的原木裝潢、穿戴整齊制服的服務人員、香濃咖啡配上鮮紅草莓的可口鬆餅,讓米朗琪成為日、韓觀光客體會台北巷弄美學的必訪小店。
2002年、今の場所に移り、原木のインテリア、揃いの制服を着たスタッフ、美味しいコーヒーとストロベリーワッフルで、メランジュは日韓観光客の台北ストリート美学体験の必須スポットになった。

2010年,陳瑞榮又租下同一條巷子裡、數步之遙的店面,開了第二家分店。現在,米朗琪的店面更大、座位更多了。
2010年、同じ通りの数歩離れた場所に2つ目の店を出す。広くなり座席数も増えた。

不過,當多數老闆看到店外人潮帶來錢潮,帶來口袋滿滿而笑容滿面時,陳瑞榮可能是第一個因為客人太多而苦惱的經營者。人潮讓他開始擔心咖啡品質是否跟不上,也讓他煩惱客人是否等太久;川流不息的客人,讓陳瑞榮深感不安,他害怕生意太好的米朗琪會變得跟理想中的樣子不一樣。
陳瑞栄は客が増えすぎて困る珍しい経営者である。コーヒーの質が追いつかないのではと不安になり、客を待たせることにも悩んだ。繁盛しすぎるメランジュが理想から遠のいていくのが怖かった。

為了維持品質不變的米朗琪,他不敢鬆懈。如今擁有3家分店,陳瑞榮更忙得難以分身,工時更長,他依舊天天進到咖啡廳,穿著黑襯衫,戴起褐色圍裙,站在店內地下室一隅,烘焙店內所需的少量、高價的精品豆種,服務熟客。
品質を変えないためには、油断はできない。店舗が3つになり、陳瑞栄の勤務時間はますます延びていく。黒いシャツに褐色のエプロンをして、地下室で少量・高価な豆を焙煎して常連客を迎える。

熟練地操作由德國進口的近70萬元烘豆機,站在透明玻璃後的他,一勺一勺舀起褐色豆子,查看成色、香氣,眼睛卻沒忘了觀察店內一切。店員準備餐點忘了招呼客人時,他一定帶頭高聲喊著「謝謝光臨」。
ドイツから輸入した70万元近い焙煎機を操作し、褐色の豆をすくって色と香りをチェックしつつ、店内の全てを見逃さない。店員が調理に集中していて挨拶を忘れると、彼は必ず先頭に立って大きな声を出す「ご来店ありがとうございます」。

從只有零星員工,到現在員工多達數十人,為了讓員工能煮出好咖啡,陳瑞榮不惜成本,提供無上限咖啡豆,鼓勵員工多煮、多喝、多嘗試;米朗琪的員工,必須經過2個月的培訓,才能站上吧檯沖泡咖啡。
従業員は数名から数十人に増えた。おいしいコーヒーを淹れさせるために、陳瑞栄は出費を惜しまない。コーヒー豆を無制限に提供し、何度も淹れさせ、試させる。メランジュのスタッフは2ヶ月にわたるトレーニングを経て、初めてカウンターに立つ。

每天都得喝上4杯咖啡的他,更是米朗琪咖啡最嚴格的把關者,因為他最在乎的是咖啡店的精神:「泡出一杯好咖啡」。
毎日4杯はコーヒーを飲む彼は、厳しい品質管理者でもある。一番大切にしているのが「おいしいコーヒーを淹れる」ことだからである。

他說,許多代代相傳的老店最後會失去客人,原因不在於口味變調、食材用錯,而是對待食物的精神點滴流失。坊間不少新開的店急速竄紅、商業化、量產商品後,都慢慢失去經營一家商店最重要的「人味」。
代々続く老舗が客を失うのは、味が変わったり、食材を誤ったりしたからではなく、食べ物に対する精神が失われていくからだという。巷の新しい店が急速に人気を上げ、商業化し、量産化した後、店の経営に最も大切な「人間味」を失っていく。

不過,米朗琪也不是沒有妥協過。開店時,台灣咖啡文化尚未成熟,只單純的賣咖啡難以支撐,不少客人看到店內沒有提供餐點就掉頭離去,因此早期米朗琪的菜單上,也曾出現簡餐品項。此舉雖然讓業績扶搖直上,但當看到越來越多上門用餐的客人時,陳瑞榮卻決心打住,並將品項恢復到只賣輕食、鬆餅,希望保有米朗琪作為一家咖啡館的定位。
だが、メランジュも妥協したことがある。開店当時、コーヒーだけではやっていけず、メニューに重い食事が出現したことがある。業績は持ち直したが、食事のために来る客が増えていくのを見て打ち切りを決心し、軽食とワッフルだけに戻した。コーヒーショップとしてのメランジュを保ちたかった。

寧可不要,也不願意妥協品質的原則,在陳瑞榮的創業歷程中,處處可見。
品質に妥協をしない、したくないという原則は、陳瑞栄の経営のここかしこに窺える。

在中山店引爆人潮後,知名百貨SOGO、新光三越即曾上門邀請進駐。不過,衡量米朗琪的員工人數、管理能力都不足以支應分店開張,他寧可放緩腳步,保持現狀,也不願大張旗鼓迅速拓點。
中山店がブームになると、有名デパートSOGO、新光三越が出店を要請した。しかしスタッフ数も管理能力も不十分と見極め、足取りを緩めても原状を保つことを選び、急速な拡張を拒んだ。

帶著靦腆笑容的陳瑞榮說,若只是為了譁眾取寵,變了調的產品,很快就會被消費者檢驗出來。直到慎重評估後,去年11月陳瑞榮才點頭願意進駐信義區的新光三越,歷經9個月的籌備,今年8月正式開張。
迎合するためだけに変わってしまった商品は、いずれ消費者に見抜かれる。慎重な評価の後、昨年11月についに信義区の新光三越への出店に同意した。9が月の準備を経て、今年8月に正式オープンした。

陳瑞榮不想妥協的,還有因為「過度服務」而失去的品質。
對於台灣消費觀念中,處處講究服務至上的觀念,陳瑞榮有些不以為然,例如偶有排隊客人因不耐久等而責怪服務人員時,就讓他很為員工抱屈,因為座位不夠並不是員工的錯。
他認為,服務是餐飲業基本而必要的條件,但不應本末倒置一味討好消費者,不能「把服務人員當奴才看待」,而忘了提供優質的產品。

陳瑞栄が妥協したくないものに「過剰サービス」で失われる品質もある。台湾ではあらゆる点でサービス至上を求めるが、陳瑞栄は否定的である。並んで待ちくたびれてスタッフを責める客がいると、スタッフに申し訳なく思う。席が足りないのはスタッフのせいではない。サービスは飲食業の基本かつ必要条件だが、消費者におもねるばかりでは本末転倒であり「スタッフを奴隷扱い」して上質な商品の提供を忘れてはならない。

「請問,你是要吃一客美味的食物,還是空有服務包裝而難以下嚥的食物呢?消費者會告訴你答案。」
「おいしいものを食べたいのか、サービスだけでまずくていいのか、消費者が教えてくれます」。

鴻海集團總裁郭台銘曾批評,台灣年輕人沒有大夢想,只想開咖啡店。一路走過咖啡創業路的陳瑞榮說,太多人開咖啡店是為了享受喝咖啡的氛圍、展現姿態,一旦「撩下去」後,才會修正不切實際的浪漫情懷。
鴻海グループCEO・郭台銘は、台湾の若者は大志を抱かずコーヒーショップを開くことしか夢見ないと批判した。コーヒー起業の道を歩んできた陳瑞栄は、雰囲気を楽しみたい、自分を主張したいとコーヒーショップを開く人が多すぎるが、覚悟を決めると、浮ついた甘い考えを修正するという。

陳瑞榮自承,自己也曾不切實際。16年前,開一家店的平均成本約是80萬元,但為了端上最好的咖啡,陳瑞榮多花了3倍成本,購買最好的設備、打造雅致的享受空間。
陳瑞栄も甘かったという。16年前、店を出す費用は80万元が平均だったが、最高のコーヒーのために陳瑞栄は3倍かけて最高の設備を買い、優雅なスペースを作った。

2002年中山店開張時,他更投資千萬元裝潢設計,陳瑞榮拍拍擺在店內地下室要價70萬元的烘豆機,又比了比整排並列在吧檯、一台要價1萬元以上的進口鬆餅機、冰沙機,這些設備總值就不只500萬元了。「經營餐廳,成本不能不精算,但又不能太計較,一計較就走不下去了,」他說。
2002年の中山店オープンの際は内装に1000万元を投じた。陳瑞栄は地下室の70万元の焙煎機をトントンと叩き、ずらりと並んだバーカウンター、一台1万元以上する輸入ものワッフルメーカー、ソルベメーカーを指さした。「飲食店の経営にはコストをしっかり計算すべきですが、こだわりすぎると前に進めなくなります」。

務實中帶著浪漫的「陳式風格」,也展現在米朗琪的定價策略上。當人潮等待在外時,有的餐廳選擇提高單價消化人潮,陳瑞榮卻寧可天天發出500張號碼牌,要求客人用餐2小時提高周轉率,也不願漲價。
現実的な中に夢を追う「陳スタイル」は、価格戦略にも現れている。単価を上げて行列を消化するレストランもあるが、陳瑞栄は番号札を毎日500枚配り、店内2時間に制限して回転率を上げても値上げしない。

甚至近來物價節節高升,昂貴的水果占去米朗琪近一半的毛利率時,陳瑞榮依舊堅持,在客流量足以支應減少的利潤時,仍維持現有價格。直到現在,米朗琪有8成菜單依舊與當年創業一樣,而深受客人喜愛的草莓奶油鬆餅,從當時130元賣到現在,也僅僅漲了20元。
昨今の物価高で果物原価が利益の半分を占めても、減益分を客数で補えれば価格を維持する。メランジュのメニューは8割が創業時と同じである。人気のストロベリーワッフルは、当時の130元から今まで20元しか値上げしていない。

看著青年世代前仆後繼創業,陳瑞榮提醒後輩,經營一家咖啡店不能全憑浪漫夢想,但一路走來不曾忘記創業初衷的他說,要能堅持下去也唯有靠夢想才得以支撐。
次々と起業する若い世代に、陳瑞栄は語りかける。コーヒーショップは夢だけでは経営できないが、創業の初心を忘れずに歩んできた彼は、続けようと思ったら夢なしには無理だったという。

45歲的陳瑞榮,憑著金牛座的務實態度穩紮穩打,讓隱身小巷中的米朗琪咖啡,時時充滿客人,等待一饗美食。這就是16年來,排隊人潮一波接一波的米朗琪經營哲學。(摘自Taiwan Panorama)
45歳、現実的な牡牛座は着実に歩み、裏通りのカフェを客でいっぱいにしてきた。16年間、行列が途切れないメランジュの経営哲学である。
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by officemei | 2013-04-29 16:29 | ■台灣