■ 台北市青田街7巷6號

一昨日のニュースを読んでいて、私はすぐに「青田七六」の名前が浮かんできました。
そのニュースはこのようなものでした。
(2013年9月22日 台北・中央社)台北市内に残る歴史的建造物を有効活用しようとする動きが高まっている。台北市政府では使い手がいなくなった日本統治時代の建物などを民間に提供し、修繕と保存を前提に展示スペースやレストランなどに再利用してもらう取り組みを進めており、早ければ来年にも一部施設がオープンすることになりそうだ。
台北市内には旧三井物産倉庫や、鉄道局長宿舎として使われていた日本家屋などの歴史的建築物が数多く残されているが、その多くが現在は利用されておらず、修繕費の捻出も困難なことから荒廃が進んでいる。このため台北市政府文化局では昨年から老房子文化運動を展開、民間の企業や団体にこれらの建物の利用を促し、また修繕費用を負担してもらうことで、賃貸料を割引き、歴史的建造物を新たな用途でよみがえらせようとしている。
聨合報の報道では、すでに10ヵ所の建物で新たな利用者が決定し改修作業が進んでいるといい、和平東路二段にある日本家屋では楽器博物館の開館が予定されているほか、新生北路一段では日本統治時代に宿舎として使用されていた建物をレストランとして活用する見込みだという。どちらも修繕工事が行われており、いずれも来年にはオープンできるだろうとしている。
台北市文化局では300余りの歴史的建造物が文化的資産としてリスト登録されており、今後も引き続き建物の再利用を促していく計画だという。


台湾には今も多くの日本建築が残っています。
例えば総統府も国立台湾博物館もそうですね。大学の校舎や公共機関の建物にも当時のものが使われています。神社まで構造物として存在するところもあります。
最近では、当時の日本家屋がカフェやレストランにリニューアルされ話題を呼んでいます。

「青田七六」と漢字で書くと日本人の名前のように思われますが、これは台北市大安区青田街7巷6號という住居表示を縮めたもので、MRT古亭駅から歩いて15分ほどのところにあります。台北の中心地にしては緑が多く、閑静な住宅街として知られています。
台湾がまだ日本だった頃、この青田街周辺は「昭和町」と呼ばれていました。台北帝国大学(現国立台湾大学)と台北高校(現国立台湾師範大学)に隣接し、内地から招聘された教職員がこの一帯に数多く住みました。「青田七六」に居住したのは微生物学の権威、足立仁教授(奥様は鈴木貫太郎首相の娘)。終戦後、日本人は内地に送還され、台北帝大の教員官舎だった「青田七六」は、中華民国の国立台湾大学教員官舎となります。新たな住人は地質学者の馬廷英教授。彼は東北帝大卒で奥様は日本人でした。彼の他界後も奥様がここで暮らしていたそうですが、その彼女も亡くなってからは無主の家となっていました。その後の2011年6月に、この家屋をリニューアルしてできたのがカフェ・レストラン「青田七六」です。
二間続きの和室に広縁、洋風の応接間と書斎、食堂、台湾檜の廊下、子供部屋や女中部屋など、当時の面影を色濃く残しています。

【青田七六】
住所:台北市大安區青田街7巷6號
電話:(02)2391-6676
営業時間:ランチ11:30-14:00/午後茶14:30-17:00/ディナー17:30-21:00
定休日:無
交通:MRT古亭站から徒歩約15分
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by officemei | 2013-09-24 01:20 | ■台灣