■ 私の京都

長州尊皇攘夷派が集結し謀議をしていた旅籠・池田屋に新撰組が襲撃をかけた。
近藤勇、沖田総司、永倉新八、藤堂平助の4名が先ず斬りこんだ。
元治元年6月5日(旧暦)は、1864年7月8日にあたる。
京都三条木屋町界隈にも、当夜、祇園囃子が聞こえていたのだろうか。

7月、とある会議に出席のため、久しぶりに京都へ。
京都には深い思い入れがある。

私は昭和45年の夏から秋にかけて、高校同期の仲間の下宿に居候をしていた。
糾の森の北、閑静な住宅街。
そこから出町柳まで出て、鴨川畔を四条まで歩き、南座近くにあった製氷店でバイトをした。
大きな氷塊をお茶屋、料亭に持って行く。これはきつい仕事だった。
真夏の京都、汗だくの日々。
7月の祇園祭、8月の大文字送り火。丸太町の電器屋に下宿していた同女の彼女。鴨川畔荒神口辺りの光景は今も心の奥底に生きている。青春の蹉跌・・・
京都のまちはあの頃と大きく変わったが、コンコンチキチンの祇園囃子は今も健在だ。



40代になって、先斗町で初めてお茶屋遊びを体験した。最初で最後の経験だった。
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最近では、外国人が安く泊まれる旅館も多くなっている。
京懐石や京舞のさわりだけでも体験できれば、京文化を味わえる。
これは素晴らしい・・・(中国語の説明に「歌舞伎」とあるのは間違い、正しくは「京舞」)


冬の京都は底冷えがする。残念ながら今年の大晦日も八坂神社へおけら参りに行くことは叶わない・・・
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by officemei | 2013-12-13 21:34 | ■日本