■遠くから台北を見る

e0094583_23452268.gif台北というのは単なる地名ではない。台湾の首府として、台北市は権力の象徴であり、世界経済とつながる窓口であり、新しい観念の入口でもあるため、常に人々から注目されている。
しかし、台湾の他の地域に暮らす人々の目には、台北はどのように映っているのだろうか。雨の降る台北市で、アタッシュケースを持ち、スーツを着た人々が地下鉄の改札口を行き交っている時、龍山寺の辺りでは浮浪者がぼんやりと雨が上がるのを待っている。

「台北は雑然としていて、面白くて、刺激的です」と台南赤崁楼文化史ワークショップの責任者である鄭蹈聡さんは言い、「特に屋台文化からは、台北の底辺に一種の略奪性が残っているのが見て取れます」と言葉を続ける。チャンスと夢に満ちた台北は、多くの地方出身者が孤軍奮闘している場所でもあるが、彼らはさまざまな感じ方をしている。

台北で数年間働いたことがあり、今は台南県崑山科学技術大学に勤務している張金玉さんは、このように語る。「台北にいた時は自分には力がなく、単なる歯車の一つに過ぎないと感じてましたが、南部ではそうではありません。南部の人々は気持ちを直接返してくれますし、力を発揮できる空間が広いので、自分が発電機のような感じがします」

常に興奮ぎみのリズムで動いている台北について、宜蘭コミュニティ・カレッジの張捷隆学長は「台北はスピードが速すぎます。台北へ行くたびに、随時台北の記憶を書き替えなければなりません。台北は音が多く、味も多く、人が多く、いらいらして落ち着きません」と言う。では、台北は人に無力感をあたえるのだろうか。

「台北の生活は気楽です」と語る成功大学中文学科の林朝成教授は、安心感というのは親密な人間関係からも得られるが、干渉されない気楽さからも得られるものだと言う。台北には、伝統社会のような束縛はないが、それでも温もりを求めることもでき、それが台北の魅力的な部分だと言う。また台中で働いている王玉則さんは「台北の勢いが好きです。毎日、hurry upと言われているような気がします」と言う。

では、時代を数十年前に戻してみるとどうだろう。台北で育ち、今は中部の東海大学で教えている陳覚恵さんは、かつてバス路線が東西南北と1号の5路線しかなかった頃の故郷台北を思い出し、「以前は環河道路で風に吹かれて月を見ることもできました。気持ち良かったですよ」と言う。しかし、高雄市人本教育基金会で働く謝禎芳さんの台北での経験は、それほど楽しいものではなかった。彼女は高雄で育ったが、台北の高校に通い、今は再び高雄で働いている。「台北の学校に通っていた時は、台北の方が文明的で、自分の郷里は文化の砂漠だと感じていました。だから台北に居続けたいと思ったのです。しかし、今思い出すと、それは理解不足による浅い憧れに過ぎませんでした。物事がわかるようになると、現象の背後にあるさまざまな問題が見えるようになり、公平な立場から自分の故郷を見つめられるようになりました」と言う。

では、それから数十年がたった今、構造的な問題は改善されたのだろうか。答えはノーである。台湾南部の学者によって組織され、本部を高雄に置く「台湾南ソサエティ」の代表、曽貴海医師は、大部分のマスメディアが台北に集中しているため、台湾のあらゆる物事が台北の立場から解釈され、他の地域からの声がかき消されていると指摘する。台湾の権力の核心の大部分が台北に集中しており、またマスメディアも台北にある「身近な」対象を報道するため、確かに台北の物事や現象ばかりが全台湾に向けて報じられている。中国時報紙の中部編集長である王美玉さんは、これにより権力の傲慢が生じ「台北の基準がすべての基準とされる」可能性があると指摘する。このように権力のバランスがくずれているため、地域毎の露出度の差も大きくなり、台北市の首長の発言はマスコミによって大きく報じられる。「台北市のバス料金の改定まで全国版の紙面で報道されるという状況は、検討する余地があるのではないでしょうか」と王美玉さんは言う。

社会の公器であるマスメディアは、能動的に各種の領域や各地の情報を提供し、人々に自らの権利を理解させるべきであり、また大衆に発言の機会を与えなければならない。しかし、長年にわたって台北を拠点としているマスメディアの多くは、台湾各地の住民にこのような機会を与えてはいないようだ。台湾の多くの人は、地域の抗争であれ、何かの説明会であれ、自分で交通費を出して台北で記者会見を開かなければマスメディアの取材を受けられないと考えている。「これこそ台北のマスメディアの態度、つまり傲慢さです」と台湾南ソサエティの事務局長、鄭正煜さんは言う。記者会見を台北で開かなければならないだけでない。台北の世論が、そのまま台湾全体の世論と見なされる現状もある。

新聞社の編集過程からも、こうした現状がうかがえる。台南中華日報の記者、黄微芬さんによると、多くの新聞社では、長年台北に勤務している管理職が重要だと判断しなければ、地方のニュースが全国版に載ることはないという。そして選ばれた地方ニュースも、台北本社の記者が執筆して初めて記事になる。「しかし同じニュースでも、台北の記者と地方の記者とでは、見方や意見が違うものなのです」と黄さんは言う。また、学者や有識者の大部分も台北に住んでいるため、台北の世論は数倍の重みで扱われる。南北のバランスを追求することの象徴として本社を高雄に設置しているFTVフォルモサ・テレビでも、やはり台北に重点を置かざるをえない。FTV南部センター主任の陳申青さんは「メイン・スタジオは、やはり台北に置かなければなりません。さもなければ、出演以来をしても人が来てくれないのです」と言う。鄭正さんは、長年にわたって南北の発展のバランスがとれていなかったため、中南部には大学がもともと少なく、中でも文科系の学校は数えるほどしかないのが現状で、公聴会を開いて中南部の世論を示すことさえできない、とため息をつく。

確かに台湾の大学の3分の1近くは台北に集中しており、台北は人口構造の上でも全台湾で最も教育レベルが高い。そして、世界的には成熟して理性的な市民社会であることが、進歩した都市であるかどうかの指標となるのである。「台北こそ市民社会と言え、この都市は市民一人一人に属するものです。市民は公共の問題に対して何かを要求する権利を持ち、介入することができます」と語るのは台中に住む陳覚恵さんだ。その話によると、台中はまだ都市ではあっても農村の思考が残っており、地方の有力者が力を持ち、古い思考を抜け出して新たな関係を築くことができずにいると言う。

しかし市民社会を形成するには条件が整わなければならない。西洋では、早くから都市の中のパブリックスペースで住民同士が関わり合い、ともに公共の問題を討論することができた。現代社会においては、このような公共のスペースは存在しなくなったが、それに代って専門の団体と市民が参与して形成された批判的世論が、「公共の領域」を切り開いている。これは政府とは別の自主的な社会である。「台湾の各地には、このような条件はまだありません」と語る台中県社会局の許伝盛局長は、台湾の大部分の県や市では、まだまだこのようなメカニズムが形成されていないと言う。なぜなら、このような市民社会を生み出すには、民間団体の活発な活動と情報の十分な流通が必要だからだ。「台中県などでは、まだ新聞の購読率の高くない地域もあるのですから」と許さんは言う。しかし、このような条件を備えている台北は、本当に理想的な市民社会のレベルに達しているのだろうか。

宜蘭コミュニティ・カレッジの張捷隆学長は、そうは見ておらず、また台北式の市民主義が宜蘭県に影響を及ぼすことも期待していない。「台北は、まだ個人の利益抗争のレベルに留まっているので、理想的な市民社会とは言えません」と言う。確かに、これまでの台北市におけるさまざまなコミュニティ運動を見ると、公共の領域に対する台北市民の関心は、大部分が公の部門のサービスの質が十分ではないなどの理由による抗争の段階に留まっている。かつて陳水扁氏は、台北市長に就任して間もない頃、絶えず市民主義を提唱していたが、これも地方政府が民間のパワーを取り入れようとする手段だと批判されたことがある。

台北が、真に創造力と自発性を持ち、地元の文化確立と自治に対して、より多くの思考を提供できる市民社会になっているかどうかは、まだ断言できないようだ。だが、趣味の良さと文化を重視する台北では、台湾で最も多くの文化芸術活動が行なわれており、また台湾で最も多くの新聞雑誌やテレビを擁している。では、近代的な高層ビルと華やかなショー・ウィンドウが並び、高級乗用車が行き交う台北は、他の地方の文化人の目に、どのように映っているのだろうか。

「特性と言えるものなどなく、まったくのごった煮です」と言うのは、台北で育ち、今は宜蘭県史館に勤務する林克勤さんだ。同じく台北で育ち、今は花蓮に暮らしているライターの黄 荻さんは、もっと手厳しい。「台北には文化的特色などありません。低俗な西洋化が進み、台北文化は作り出されたものに過ぎません」。台湾の文化は「浅薄」だと言われるが、それは排他性が弱く、いろいろなものを受け入れはするが、なかなか根が張らないからだ。「台湾のこうした現象は、特に台北に集中しています」と成功大学の林朝成教授は指摘する。

では、国際社会と歩調を共にしている台北には、どれだけの自我が存在しているのだろう。台北は台湾の国際化の中枢として、多くの異国文化の衝撃にさらされているが、そこから何らかの創造性を沈澱させてはいないのだろうか。台南市の蕭瓊瑞文化局長は、今回の台北ビエンナーレ「無法無天」を例に挙げ、展覧会の形態と参加作品は非常に国際的だが、自分の物はどこにあるのかが分らないと批判する。自らも芸術に携わっている張金玉さんは、台北はしばしば自分のムードに酔いしれ、台湾芸術界の最先端をリードしていると思い込んでいると言う。

しかし、台北市が行なう国際的芸術活動などにおいて、台北のテーマの立て方は「日本の東京になりたいのか、アメリカのニューヨークになりたいのか分らないという感じで、台湾の台北は、どこにあるのかが見えてきません」と言う。台北は世界の各都市と同じスピードで歩んでいるが、それが標榜する「現代的な」都市建築や公共施設は、台北を含む世界の主流価値体系と台湾の他の地域とが、懸け離れているという現象を示している。

列車に乗って台湾の地方を訪れ、駅を出ると、旅行者を出迎えるのは、ごたごたした看板とパチンコ屋、ビンロウの屋台、カラオケボックス、セブン・イレブンなどが乱雑と並ぶ町並みで、狭くて雑然とした道には人とバイクがあふれている。しかし、こうした田舎の県や市は、強大な資本をバックにした台北に対して複雑な思いを抱いているのである。「宜蘭県の冬山河は台北に属するという人がいますが、こうした見方に私は同感です」と宜蘭コミュニティ・カレッジの張捷隆学長は淡々と語る。「休日になると、宜蘭県には大量の高級乗用車が乗り付けますが、その大部分は台北からきたものです」と言う。

「文化の県」として成功している宜蘭県は多くの人から注目されているが、将来、台北と宜蘭を結ぶ高速道路が開通することによって流入してくる人や物に対して、宜蘭県は不安を抱いているようだ。張捷隆さんは、宜蘭県は産業の投資を歓迎しており、より多くの人に定住してもらいたいと考えているが、それらがどのような生活習慣と消費形態をもたらすかはわからないと言い、「ただ宜蘭は、しっかり自分の足で建ち続けてほしい」と言葉を続ける。しかし、情報が急速に流れる時代、対話をしないことは不可能だ。これに対して鄭蹈聡さんは、文化はもともと絶えず交流して蓄積していくもので、台北が強力に他の地方の文化に影響を及ぼしたり評価したりすることは重要ではないと言う。重要なのは、地方が自分の文化に自信を持っているかどうか、自分の文化をよく理解しているかどうかなのである。

しかし宜蘭で働く林克勤さんは悲観的で、「台北は、あらゆる面で権力支配の中心であり、覇権です」と言う。その話によると、台湾では多くの物事が台北主導で進められ、南部の人々は選挙によって陳水扁氏を総統府に送ることはできても、文化や政治の面では、やはり発言権を持っていないと言う。「台北はエリートとセンスの象徴です」と林克勤さんは言う。「台湾の他の県や市でも、多くの人は、台北の影響を受けることを望んでいます。台北はマスメディアを通して消費のニーズを生み出し、他の地方の人々も、それに慣れてしまっているのです」と林さんは言葉を続ける。この資本主義の世界では、消費市場を掌握する者が、評価審査する権力をも掌握できるようだ。林克勤さんは芸術を例に挙げて次のように説明する。台北には確かに多くの学者や有識者が集まっているので、人材は台北の鑑定を受けて初めて「認知」される。さらに悲しいことに、芸術も市場を必要とし、台北は大きな市場であるため、台北へ行かなければ「価格」も付けられない。

では、地方都市は第二の台北になりたいと思っているのだろうか。「台北市は、台湾の他の地域に『近代化』に対する反省の材料を提供してくれます。近代化は進歩を表すと同時に破壊をも表すのです」と張金玉さんは言う。「例えば高雄の場合、彼らには港湾都市として地理的に非常に優れた条件があるので、台北と競争するという態度で台北の表面的な現象や混乱を持ち込まないで欲しいと思います」同じく高雄で働いている范方凌さんは、台北は以前の「宝石で飾り立てた」ような状態から抜け出して、少しずつ気品を持ちはじめており、「台北の人々は、この点で誇りを持てる」と言う。しかし、高雄には高雄のやり方があるはずだと范さんは考えている。「陳水扁総統は、これまで台北で開かれていたランタンフェスティバルを高雄に移したいと言っていますが、私は反対です」と言う。その資金があるなら、高雄はむしろ高雄の特色である旗鼓フェスティバルを行なうべきだ。台北で成功したことが、高雄でも成功するとは限らないと考える彼女は、「中央政府が台北式の資源を高雄にもたらそうとする時、高雄はそれを拒絶する気概を持っていなければなりません」と言う。

一方、自分は「処女地」を開拓していると語る花蓮県文化局の黄涵頴局長は「台湾には、台北は一つあれば十分です」と言う。彼女は、台湾の地方の県や市は独自のスタイルを生み出すべきだと考えている。「どの地域も、自己の文化を重視するべきです。例えば花蓮の石彫は世界でも認められており、これは全台湾が誇れることなのです」と言う。花蓮環境保護連盟で働く鐘宝珠さんも、台北にはMRT都市交通システムがあって素晴らしいが、花蓮にそれが必要だとは思わない。「花蓮の場合は、路面電車の方がふさわしいかも知れません。それはそれで、十分に観光の目玉になるでしょう」と言う。

中央政府は長期にわたって台北を台湾のショーウィンドウとして育ててきたが、他の地方も台北と同様にグローバル化の衝撃と、国際社会において台湾が置かれている苦境に直面する必要がある。「このような格差は、もう終らせなければならない」というのが、台北以外の県や市の一致した考えだ。しかし、資源が不足している中でも宜蘭県は素晴らしい国際イベントを開催しており、古都台南も「文化新都市」の確立に向けて努力している。だが、こうした努力の背後には人々の知らない苦労がある。「宜蘭は、このような大規模なイベントのために、県の職員から一般市民までを総動員している状態です。予算がないのですから、自分たちで方法を考える他ありません」と語る林克勤さんだが、それでもこのようなイベントが何を残したのか、イベントのために、より必要な文化資源の深い開拓が排除されているのではないか、宜蘭県はそろそろ反省しなければならないのではないかと考えている。

台中市文化局の呉恵平副局長は次のように指摘する。「台中も、台北や宜蘭のように大規模なフェスティバルを催して特色を出したいと考えています。しかし、そのために経費を使ってしまうと、市民の日常的な文化活動のニーズに応えることができません」新竹の古いバス停に立っていると、台北へ行く長距離バスは数分置きに出て行くが、新竹市内を巡るバスは30分も待たないと来ない。このような状況は、台湾の多くの地域で見られるものだ。そうではない地域では、バス自体がほとんどないのである。「全台湾の人々が40~50年も苦労して働いて、台北を育ててきたのですから、このような状況はそろそろ終らせるべきではないでしょうか」と語るのは台中で生まれ育ち、今は国立台湾美術館の研究部で幹事を務める謝佩霓さんだ。

一方、台北に20年以上暮らし、今は台中県に住む許伝盛さんは「台北も時には台湾を見つめるべきです。資金の豊富な台北は、財政面で苦しんでいる他の県や市のことを理解するべきでしょう。資源の分配を受ける際に、義を見てためらわないというのではいけません」と言う。台湾における、これら日の目を見ない地方の県や市は、台北とは違い、生存や自分の道を探す上で同じような苦境に直面してきた。そして今は、それぞれにより良い明日に向って努力しているのである。

では、台北は孤独なのだろうか。休日の台北の町中は人気もなく、珍しく化粧を落としてさっぱりした役者のように、鏡の中の自分に向って、軽く微笑んでいる。
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by officemei | 2006-01-14 16:41 | ■台灣