■海峡越えた台湾教育

中国の普通話(標準語)、台湾語、それに上海独自の方言である上海語が校庭に飛び交っていた。上海市閔行区にある私立「上海台商子女学校」。
台湾の国民小学校に似た造りの白い校舎は、台商と呼ばれる台湾人ビジネスマンの子供たちの教育施設だ。
子供のにぎやかな声に囲まれるたびに、劉遼萍副校長(54)は大きな責任を感じる。「政治体制の違いに関係なく、子供の潜在能力を引き出し、その人らしく生きる道へと導く。それが最も大切じゃないか」と。
劉さんは台湾の小学校で30年近く指導した。50歳の定年後も教壇に立ちたくて台湾から上海に単身赴任した。
昨年9月に開校した学校には現在、幼稚園児と小学生の計211人が学ぶ。今年9月には中学部を、さらに08年までに高等部も併設する予定だ。実務の責任者を務める劉さんだが、ここに至る道のりは険しかった。
学校設立を申請した03年2月、いきなり「教科書問題」に悩まされた。中国政府は台湾の教科書の使用を認めたものの、国旗、国号、総統など用語を「墨塗り」し、歴史年表に「中華民国は1949年10月1日から中華人民共和国となる」と加えるよう求めた。
事態が一変したのは03年3月の胡錦濤政権誕生だった、と劉さんは振り返る。江沢民時代の台湾政策から軌道修正された柔軟路線は教育現場にも及んだ。「黒塗り」の指示は取り消され、設立もやがて許可された。
労働力や市場を求めて拠点を大陸に移す台湾企業が増加し続ける。中でも上海を中心とする長江デルタ地域に集中。上海のあちこちに台湾人の居住区、通称「台湾村」が出現している。同地域で暮らす台湾人は約30万人とも言われる。
待ち望んだ開校に入学希望者が後を絶たないのは、台湾の教育システムを受けられるからだけではない。親たちには「現地校では子供の台湾人意識も(中国)大陸にのみ込まれてしまうのではないか」という危機感があるという。
父母の多くは民主化後の台湾に育った。台湾を愛しながら、ビジネスチャンスを求め大陸に渡っただけに、子供に台湾式教育を受けさせたいという気持ちが劉さんにはよく分かる。
それでも最近は少し違う考え方を持ち始めた。「どこの国の人かは、それほど重要ではないのかな。子供の未来は必ず世界につながるのだから」
台湾の大学、中国の大学、それに海外留学も含めて将来、どんな選択もできる教育体制を整えたい。そんな劉さんの夢には、中台関係への不安感もにじんでいた。 
[PR]
by officemei | 2006-04-28 19:07 | ■上海