■スターフェリー

1898年、大英帝国と清国の間で締結された租借地は、九龍以北、深圳河以南の新界地域に及ぶ。

スターフェリーは、それ以前から大英帝国の植民地であった香港島と、九龍半島の突端を繋ぐ交通手段として、この年に運航を開始した。

長い間、移動手段は船しかなかったが、1972年にビクトリア・ハーバーを結ぶ海底トンネルの開通により、地下鉄やタクシー、バスなどで短時間で往来できるようになった。それでも昔のように船を使う人も多く、一日の利用客は10万人を超え、今なお健在。

料金は、尖沙咀~中環:上層(1等)は2ドル20セント、下層(2等)は1ドル70セント。
運行時間は06:30~23:30。毎日10分間隔ぐらいで頻繁に往復している。

2006年11月11日、慣れ親しんだ九龍サイドのスターフェリー・ピア(天星碼頭)が閉鎖され、セントラルフェリーターミナルのPier7 に移転した。新しくできたフェリー乗場には、Pier1~Pier8までの埠頭が集合しており、その7号埠頭(Pier7)が天星小輪、つまりスターフェリーの乗り場となった。


     
1975年、私は初めてスターフェリーに乗った。
香港クーリエ。当時の北京大使館ではこう呼んでいた。

北京から京広鉄道で南下し、広州からは九広鉄道に乗り深圳で下車。
南方のどこにでもありそうな鄙びた停車場(当時の深圳)から、河幅の狭い深圳河に架かった橋を数分歩く。
そしてユニオン・ジャックの翻る羅湖の駅に至り、そこからは緑色の電車に乗り換え、夢にまで見た自由世界の窓口・九龍駅に向かう。

竹のカーテンに閉ざされた社会主義・中国から、自由主義の権化・香港に足を踏み入れる瞬間は、正直胸が高鳴った。

私は当時、この半年ごとの香港クーリエを数年間経験した。
1回の滞在で1週間、20代半ばの独身男性にとって、北京から香港に出て来ることがどんなに眩しいことか。



出発前夜は小学生の遠足前夜のように胸が高鳴り、脳裏にはスターフェリーに乗った自分の姿がありありと浮かぶ・・・これがトラウマになってしまった。

仕事上の移動以外にも、ただスターフェリーに乗りたいという衝動で、それ以外の何の理由もなく尖沙咀から中環を何度も何度も往復した。

ビクトリア・ハーバーの朝靄、黄昏時の喧騒、そして100万ドルの夜景をたった1ドル70セントで満喫できるから。

その後はずっと空路で訪れるようになったが、時間の余裕が無くても必ずスターフェリーに乗る。

私にとって香港の原風景といえば即、スターフェリー。


[PR]
by officemei | 2008-06-19 04:23 | ■港澳