■厦門(アモイ)

厦門(アモイ)で学生と雑談したことがある。
福建の歴史的人物を挙げるとすれば誰?、と問うと全員即座に“鄭成功”と答えた。

同じ質問を福州や福清で現地の学生におこなったことがあるが、7割方“林則徐”と答えたので、同じ福建でも出身地によって違うなあ、と感じたものだ。


彼らは鄭成功が“反清復明”の英雄で“台湾を解放した”という知識は持っていたが、恐らくそのように教科書では書かれているのであろう。
実は彼は中日混血で、母は日本人だと教えてあげるとびっくりしていた。

厦門(アモイ)は本土と近接しているのでまったく島だと感じない。そのアモイの対岸に“鼓浪嶼”という更に小さな島がある。
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一時間も歩けば一周してしまうほどの小さな島。
南京条約(1903年)によってここに租界ができた。当時の日本領事館も現存し、今は民家となっている。
石畳の坂道に沿ってその租界時代の洋館が今も保存され建ち並ぶ。

ブーゲンビリアの花が咲き、ガジュマロの木が枝を広げる「海上の花園」。
音楽祭もおこなわれるほど優雅でセンスのある雰囲気がこの島には充満している。前回訪れた折には私もこの「海上の花園」を逍遥してみたが、今回は夜遅く到着し、翌夕刻には香港へ飛んだので訪れるチャンスを逸した。

その“鼓浪嶼”東岸に鄭成功の巨大な石像がある。
アモイ周辺の入り組んだ大小の島々は、その昔、鄭成功の父である鄭芝龍の頃からの彼ら一族の根拠地であった。

海商、いや倭寇でもあった鄭一族は、当時このアモイから五島列島、平戸に至る制海権を持っていたのであろうと想像すると、歴史のロマンを感じる。

さて、鼓浪嶼に近い金門島は今も中華民国(台湾)の領土である。
台湾海峡を隔て、嘗てこの地は最前線であった。
手が届くくらいの距離・・・

e0094583_8583488.jpgアモイに話を戻す。
昼過ぎにアモイYMCAを訪れた。
思明路の一角にある。
この思明路は東西南北の四路があって、ここが嘗てはアモイのまちの中心地であった。

思明路の“思明”とは明王朝を思う、という意味だろう。
まさに鄭成功の反清復明の根拠地らしいネーミングだ。

アモイYMCAの入っているビルは民主大楼といって、嘗て日本軍がアモイに進駐した折に司令部を置いたビルだそうだ。
現在はYMCA・YWCAの他に共産党以外の中国各民主党派が事務所を置いている。

思明路に隣接して中山路がある。
アモイの友人が面白いことを言っていた。
「中国や台湾には、どのまちへ行っても中山路はありますが、毛沢東路はありません」。

思明路も中山路も実に古き良き時代の面影を残している。
歩いているとタイムスリップしたような錯覚を覚えた。


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by officemei | 2008-03-28 22:33 | ■福建