■海歸

e0094583_1738428.jpg多年前,“海歸”可是個稀缺品。

那時別說一個“海歸”碩士、博士,就是一個“海歸”本科、“海歸”進修生,也是不得了的。

對於單位來說,若有個“海歸”人才出來貼貼金,走到哪里都是底氣十足;對於家庭來說,若有個人在國外留學,那可不單是這個家庭的驕傲,就連整個家屬區或者整個街道都是引以為豪的。

可如今,一提到“海歸”,人們再也不像以前那樣滿眼生光,人們對留學開始有了理性的判斷。在就業市場上,用人單位對“海歸”不再盲目青睞,甚至於,一些“海歸”由於競爭不過國內的畢業生,本身又“高不成,低不就”,最終淪為“海待”。

“海歸”貶值,是國內就業市場日趨理性的必然結果,同時它也反映出這些年來中國學生爭先恐後地湧出國門,是多麼的衝動和不成熟。“海歸”貶值,猶如利劍刺破五彩繽紛的留學泡沫。

泡沫之一:數量上的大躍進。一方面,隨著中國人的“腰包”越來越鼓,很多國家的教育機構都盯上了這塊“肥肉”;另一方面,不管是富起來還是沒有富起來,中國人在培養下一代上都是不惜血本,只要孩子能留學,砸鍋賣鐵也要送他們去。兩大動因促使之下,中國的留學生們如過江之鯽般向世界各地湧去。有資料統計,中國留學生在近十年來連續增長,平均增長率全球第一。這樣的“大躍進”,既不符合國家人才的需求結構,也不符合正常的教育規律。

泡沫之二:品質上粗製濫造。數量過多,必然產生品質過濫。過去,留學非常不容易,必須經過層層考核。現在,除了少量拿歐美名校全額獎學金的人,更多留學生都是通過錢堆出來的。資料表明,2002年,中國自費留學的比例占到了整個留學隊伍的93%。一些腰纏萬貫的留學生出國以後,除了吃喝玩樂,什麼也沒學到。

泡沫之三:心態上急功近利。很多人出國留學,並不是秉著學習知識,提高能力的目的,而是出於換取高薪厚祿的投機心態,或者攀比趕潮流的盲目心態。這樣的心態給了一些留學“黑仲介”鑽空子的機會,一些家長們被這些吹得天花亂墜的廣告所打動,把孩子送到了連國內三流大學都不如的“克萊登大學”。

可見,在“海歸”過多過濫的背景下,他們的貶值實屬必然。而“海歸”的貶值,對那些盲目追求出國留學的學子與家長們來說,應當是一記警鐘。



e0094583_17142047.gif
2006/06/23
「海亀」は生まれ故郷の海岸で卵からかえり、小さな体で大海に泳ぎだし、成人すると同じ海岸へ帰ってくる習性を持つ。
ただし、同じ海岸に上陸するのは雌だけで、雄はずっと海にいる。中国語では、海外留学から中国へ帰ってきた人のことを「海帰」と呼ぶが、同じ海岸へ帰ってくる「海亀」と「海帰」の発音が同じなので、海外留学の帰国者を「海亀」と呼びならわすようになった。

海外留学経験者が「海亀」 国内残留者が「泥亀」
ところで、中国語で「土鼈」は口語で「すっぽん」(鼈)を指す。「すっぽん」は河川や池沼に棲み、肉は滋養に富んで美味、その血は強精に効果ありとされる。泥の中に棲息するので日本では「泥亀」とも呼ばれているが、中国では海外留学せずに国内に残留して学問する人を、「海亀」との対比で「土鼈」(泥亀)を呼んでいる。
中国語では「亀類」を「王八」(ばか者、ろくでなし)と蔑視する伝統があり、「泥亀」という言葉には「海亀」と比較して『海外留学する金も頭脳もない』という蔑視感が含まれているようにも思われる。

米国のITバブル崩壊で、中国に戻る学生が急増
さて、中国教育部の統計によれば、1978年から2004年末までの海外留学者の総数は81.5万人であるのに対して、留学帰国者の総数は19.8万人であり、この差の61.7万人は依然として海外に残留しているが、その中で学問に勤しんでいる人の総数は42.7万人である。
一方、2004年の海外留学者は11.5万人で、その内訳は国家派遣が3524人、企業派遣が6858人、自費が10.5万人となっている。これに対して同年の留学帰国者の総数は2.5万人で、内訳は国家派遣が2761人、企業派遣が3965人、自費が1.8万人である。留学帰国者は2003年に2.01万人と初めて2万人の大台を超えたが、2004年もこの傾向は持続された。
留学生の帰国が増大している背景には、2001年に起こった米国シリコンバレーのバブル崩壊で失職した中国人の大量帰国を契機として、従来の「米国ドリーム」が「帰国ブーム」に変質したことが考えられる。
ところが、時を同じくして中国では大学の募集枠が大幅に拡げられたことで、大学卒業生も2002年の145万人から2003年には212万人に増え、就職難時代が到来していた。海外留学組としてある意味の誇りを抱く「海亀」に対して、国内残留組として若干の劣等感を抱く「泥亀」が、中国国内の職場を巡って争奪戦を演ずることとなった。

海亀よりも泥亀が優位に
初期の段階では「海亀」は極めて優勢であった。英語を始めとする外国語を操ることが可能で、海外生活を通じて外国の文化・社会を理解し、企業管理や先進技術に関する知識を有するので、中国に進出している外資系企業のみならず、国内企業も競って「海亀」の獲得に走り、極端な場合は留学先で「海亀の卵」の確保まで行った。
ところが、中国国内にも経営学修士(MBA)教育を行う大学が徐々に増えつつあり、2006年現在では30数校に上っているし、欧米大学と提携して通信教育(EMBA)を行う大学も増えている。その結果、中国国内でMBAの取得が可能となったばかりでなく、外国語も集中訓練で著しく上達し、優秀なMBAが生まれるようになって来た。
そうなると高額給与を望む「海亀」よりも「泥亀」の優秀なのを採用する方が安上がりだし、外国かぶれで権利の主張が先行してもめることもないことから、従来の「海亀」優位が『泥亀』優位に傾きつつある。

留学しても就職浪人すれば「昆布」
海外留学とは言っても、優秀な学生だけが留学するわけではなく、国内大学の受験失敗者や専門学校卒業生なども留学しており、さらに、留学した先で専攻する学科も商学、コンピューター、貿易、金融といったものに偏る傾向がある。これらの学位(学士、修士、博士)を取得して帰国しても、御同輩が多いのでまたもや就職戦線で「海亀」同士の戦いが繰り広げられるし、さらにあまり贅沢を言わない強敵の「泥亀」も控えているのが実情だ。
こうなると、2006年の統計によれば、「海亀」MBAの希望給与水準は月額6000元が最低線とのことだが、一般の大学生が月額1000~1500元と言っている時代に、おいそれと好条件の就職先は見つからない。せっかく高給の職場に就職したのに、自己の能力を過信して給与が不満で退職したが、理想の職場が見つかる筈なく、就職浪人として父母に寄生といった構図も多々あるようだ。
こうした「海亀」の就職浪人を指す「海帯」(「昆布」の意味)という言葉も出来た。<中国語の就職浪人は「待業人」。「海亀」の場合は「回帰待業人」で略して「海待」、「待」を同じ発音の「帯」で差し替えて「海帯」という洒落>
「海亀」と「泥亀」に加えて「海帯」がおり、さらに「海亀」の成功者である「海牛」(事業に成功した金持ち)、その上の「海星」(事業に成功した著名人)、その上の「海王星」(事業で富と名声を得た超著名人)と役者は多数いる。

深刻な技術者不足の一方で、就職浪人があふれる
日本を例に挙げると、中国の日本への留学生派遣は1973年から始まったが、当時の留学生はすべて国費留学生で80年代前半までの留学生は極めて優秀な人材が揃っていたようだ。
この時代の人たちを含めて、過去20数年間に日本の大学で博士論文を発表した中国人は5000人以上に上るそうだし、現在日本の大学で教授や助教授として教鞭をとっている中国人の数はなんと1000人以上もいるそうだ。
こうした学者としてある程度の成功をしている人たちは留学を切り上げて帰国して「海亀」の仲間入りすることは少ないが、学問もいい加減で海外生活を満喫し、留学に来たのか、遊びに来たのかわからぬまま、何等の専門性も身に着けず帰国した「海亀」が、就職出来ずに「海帯」となるケースが多い。
「海亀」としてのプライドばかり高く、「泥亀」を見下しながら、海外留学の価値も認めてもらえずに、忸怩たる思いで日を送る間に希望を失い、落ちこぼれの「海帯」となる図式である。
昨今「中国は人手不足」ということが話題となっている。人手不足は労働集約型産業の低賃金労働者が少しでも賃金の高い地域へ移動していることが理由の一つだが、もっと深刻なのは中堅技術者の不足である。このため、技術系の「海亀」に対する需要は依然として高いものがあり、彼等は「海亀」としての特権を大いに享受している。
一方、特殊な専門性を持たない事務系の「海亀」は「泥亀」との間でし烈な生存をかけた戦いを展開している。
大金を費やして獲得した「海亀」の資格が余り意味を持たなくなり、海外留学という投資の回収が見込めないとなると、年間2万人を超えている留学帰国者数は今後減少するのだろうか。依然として増大傾向にある海外留学者数はどう推移するのだろうか。今後も、「海亀」と「泥亀」の戦いはさらに激しさを強めて継続する。
[PR]