■所感

若い頃、年月は流れにくかったが、歳をかさねるにしたがって、その流れははやくなる。
(宮城谷昌光「孟嘗君」の一節)

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国交回復前の時代に中国語を専攻した私は、1975年に在北京日本大使館へ赴任。
文革末期の世相、周恩来・毛沢東の逝去、唐山大地震、第一次天安門事件、四人組失脚等、まさに激動の中国現代史を北京で体験した。

帰国後数年を経てからは中国各地を縦横に奔りまわる日々が続く。そして月日が流れていった。

ここ数年、やはり若い頃と同じように中国各地を奔りまわってはいるが、日々の過ぎようが異常に速く感じることしきりだ。あ~、又一年が過ぎた・・・

この間、中国の変貌には目を見張るものがあった。文革を体験した者には信じられない変貌だ。こんな時代がこようなどと夢にも思わなかった。

時はあっという間に過ぎて逝く・・・
古いものは消え、新しいものがどんどんと現われる。

歴史はその繰り返しだ。
そのなかで価値あるものは記憶されて生き続ける。

しかし忘れ去られたものに価値が無い、とは言いきれない。
誰かがどこかで、記憶に留めておかなければならないことだってきっとある。

中国はどこまで変貌するのだろうか。
ライフワークとして今後も見つめていきたい。



司馬遼太郎の「街道をゆく」を読めば、実に様々な書物に目を通し、はるかに時空を俯瞰したのち、現地を旅していることがわかる。

何も知らなければ何も広がりはしない。
その土地にまつわる出来事や、歴史に現れた人物や事象を事前に知識として有していれば、旅に厚みが加わるものだ。

感性を潤すには、知識と体験に基づいた背景が要る。

1976年中国;動画はこちらへ
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