■臨沂にて

臨沂のまちは山東省東南に位置し、沂水(沂河)に臨んでいるので臨沂と呼ばれる。
人口1千万(中心地区は二百万)を超えるが、省都済南や青島のような大都市ではない。
だだっぴろい一地方都市という風景。

しかし、時代を遡れば、秦から北宋にかけて、この地は「琅琊郡」と呼ばれ、曹操の父・曹嵩はこの地の産、諸葛亮孔明の故郷もこの地だ。
王羲之も顔真卿も然り。

孝経の著者である曾子も、性善説の荀子も非戦の墨子も、鶏鳴狗盗で有名な孟嘗君・田文もこの地周辺が故郷だ。
更に言えば、孔子の故郷である曲阜も水滸伝の梁山泊も、孫悟空の花果山もさほど遠くはないところにある。

春秋戦国の世においては斉国の盛衰に大きくこの地の動静が影響を与えた。
宮城谷昌光の作品に触れてこの地を巡ればイメージが更に広がる、と思ったが、現実はなんの片鱗もない田舎町。

じっくりと周遊する余裕もなく、せめて市内にあって時間をかけずに行けるところ、王羲之の故里に行ってみた。
あまり期待もしていなかったが、やはりその通りで、古を偲ぶということは現代中国においては不可能だ。
どこに行っても感傷に浸るような風情は無く、書物の行間から想念を凝らしてイメージするしか法はない。



さて、この臨沂周辺からは、あるものが日本に大量に輸出されている。
と言うと、大変失礼な言い方で、実のところは大勢の「研修生」が日本各地の地場企業に送られているのだ。

数千人規模の、特に女子工員が3年期限で「日本に出稼ぎ」をしている。
私の郷里・姫路周辺にも多くの臨沂出身の女の子が中小企業の工場で働いており、晴れて年季が明けると郷里・臨沂に帰っていく。
従って、この地にはけっこう日本語を解する人たちが多い。

古には、徐福が大勢の童男童女を伴いこの地周辺から日本に渡った伝説があるが、現在は多くの「研修生」がこの地から日本を目指す・・・

おまけ;
臨沂では新聞ホテルに宿泊した。
空間の使い方が印象に残ったので記憶に留めておきたい。
だだっ広い部屋にソファーとベッド、机とTVを無造作に設置。
シャワーユニットの水圧が低すぎて役立たず。
アメニティは豊富で避妊具から催淫グッズ、下着まで揃っていた(すべて有料)。
隣室の人声やTVの音声も聞こえ賑やか。
とにかく一押しはだだっ広いこと。
不快感は別に感じなかったが、ためいきが何度も出た。
動画はこちらへ
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by officemei | 2008-03-13 06:53 | ■山東