■ハルピンにて

今日9月18日は、9・18満州事変勃発76周年にあたる。
76年前の今日、露骨なやりかたで日本軍の満州侵略が始まった・・・


日中国交回復後、大陸における戦後未帰還者(邦人)の調査拠点が在北京大使館領事部に設置された。

私は約二年間その部署に配属され、東北三省を主として、中国各地に居住する所謂「日僑」「日本孤児」の所在調査に携わった。

辺境の田舎町(戦時中の開拓団ゆかりの村々)にどれだけ多くの日本人が残留したか、当時私はその数の多さに驚き、胸を痛めた。

1945年夏、ソ連軍の満州侵攻、関東軍の無力化、多くの在満日本人は棄民と化して彷徨うことになる。

集団自決。
親が子を殺したり捨てたりせざるを得ない極限の状況。
老いた者は足手まといになることを嫌い自ら命を絶つ。
女は凌辱されることを恐れ自殺。
極度の緊張、疲労、飢餓、絶望の中で、ハルピン・新京(長春)・奉天(瀋陽)・大連を目指した。

その逃避行から、集団に遅れる者、捨てられた者、道に迷った者たちは、或いは路傍に屍を晒し、或いは現地の人に引き取られていく。
敗戦後の満州にはこのような光景が至る所で見られた。

黒龍江省はソ連と国境を接し、戦争終結時のどさくさに突如侵攻してきたソ連軍に蹂躙されることになる。

遥か黒龍江の各地から命からがらハルピンに到着するまでにどれだけの苦難を経たか、筆舌に尽し難い。
1945年8月の暑い日を、日本人たちはハルピンへ、ハルピンへと目指した。

私は嘗て、その当時の開拓団生き残りの人たちと、牡丹江から東京城に至る地域を訪れたことがある。

現地農民と旧開拓団員との交換会、宴会と続き、私は人生初の大失態を犯した。

泥酔の挙句、意識を失くし、馬車で宿泊先まで送られたらしい。翌日、激しい頭痛と吐気で目覚めたときに、昨夜の宴会途中からまったく記憶が無い事に気付く。

初秋の夜、黒龍江省の奥地、暗い田舎道を馬車が行く。
ちょっと想像しづらい情景・・・

私は、これまでも、これからも、ハルピンに訪れる機会は少ない。
私にとってのハルピンは、嘗て接した黒龍江開拓団員や日本孤児の悲惨な逃避行の目的地としての定義が強く残り、重く暗いイメージから抜け出せない・・・





就在中國民間稱爲國耻日的九一八到來之時,在歷史現場,瀋陽九一八歷史博物館殘曆碑前,舉行鳴警撞鐘儀式;北京時間今晚9時18分,瀋陽市鳴響防空警報3分鐘。届時,瀋陽人民廣播電臺、瀋陽電視臺中斷正常節目,插播“勿忘國耻、振興中華”畫面和警報聲音。

在市區規定區域道路上行駛的機動車輛一律停駛鳴笛。在過去12年中,每年這一天,警報聲都會在瀋陽城鳴響。官方發布防空警報通告說,是“爲教育人民勿忘國耻,振興中華,警醒世人居安思危,警鐘長鳴”。

人們知道,這樣的紀念會産生這樣的效果:百姓不斷傳遞著對當年日軍侵略的憎恨(容易模糊了日本戰爭罪犯與普通日本國民的界限),在民間積聚出更多的仇日情結,對國耻日的憑吊有時還將這種民族仇恨格外地放大,甚至以沉重的歷史思維看待現實的國際關係、以情緒的言行壓抑理性的方式……

這樣的紀念在今年還有某些令人尷尬的處境:除了九一八,7月7日是七七事變引發中日戰爭的七十周年紀念日,9月29日則是中日恢復邦交正常化的建交三十五周年紀念日,12月13日却又是南京大屠殺七十周年紀念日・・・
人們該用何種心情面對這樣的跌宕起伏、“悲欣交集”,輿論又該如何導引公衆認識當年的歷史與眼下的現實?

面對國耻日,中國的媒體與大衆似乎早就應該重新審視憑吊歷史的重點了。

今天,七十六年前的戰爭硝烟已經散去,中國人民早已洗雪了“九一八”的耻辱,幷通過抗戰的勝利贏得了國家與民族的獨立,經過半個多世紀的和平發展,中國的經濟基礎和國防實力早已發生翻天覆地的變化。當前的國際和國內形勢雖然仍提醒著中國人要時刻面對著挑戰、不可有絲毫的懈怠,但又絕非是沉溺于歷史悲情之中難以自拔。

今天,中國人憑吊“九一八”,不應該停留在單純的耻辱記憶和感性的愛國熱情上,而是應當將歷史當作一面鏡子和最好的教科書,將現實力量投到建設國家、發展經濟、强盛民族的行動中・・・
兩次世界大戰的歷史經驗告訴人們;只有政治穩定、經濟發展、國力强大、民族團結,安全與和平才有保障,歷史悲劇才不會再次上演。

今天,如果中國人仍然沒有走出民族仇恨的狹隘陰影、沒有找到戰爭邪惡的歷史源頭,則國耻日的憑吊則仍舊只是一種形式主義的過場。在全球化的背景下,要清醒認識當今世界和當代中國發展的大勢,全面把握中國未來方向,既需要物質積累、更需要精神準備,從新的歷史起點出發,必須尊重民意但又不能錯估民意。

七十六年前的九一八場景漸漸遠去,當年在中國民間的抗日救亡歌曲《義勇軍進行曲》早已作爲《中華人民共和國國歌》傳唱天下,成爲國家動員、國民勵志的新的標志。中華民族這高亢的歌聲,如今已不再是反抗侵略者的戰場宣言,更多的則是的精神象徵・・・居安思危,萬衆一心,勇敢面對。

因此,沉湎歷史悲情,常抱受害者心態,其背後是心態的自卑,其結果是行動的魯莽。而一個成熟的大國和大國的國民,應該從國家發展未來和全球和平的大局觀看待問題,解决糾紛,少一些仇恨,多一些理解。

中日關係的未來關乎亞太穩定,關乎中日未來發展。因此,處理中日關係的態度,應該是“毋忘歷史,面向未來”。爲此,必須走出悲情,擁抱理性。 
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by officemei | 2007-09-18 17:21 | ■黑龍江