■麻將(麻雀)

マージャン・・・
我々世代の男は、高校か大学時代には必ずやった。
徹マンもしょっちゅうだった。
社会に出ても、同僚や上司と打つことが多かった。
謂わば一種社交の場でもあった。
息子は二十歳になるが、マージャンを知らない。
今の時代では、マージャンをやらない若者が殆どだそうだが・・・

この写真は中国の子供たちが遊びとしてマージャンをやってるシーン。
さすが中国。マージャンを打つ後継者はちゃんと育成されている・・・
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そのマージャンの発祥の地が寧波だということをつい最近知った。
寧波の「天一閣」に麻將陳列館というのがある。
清の咸豐年間、寧波の人、陳魚門が作り上げた。
マージャン用語には当時の寧波方言や航海に関連する言葉が色濃く残っているらしい。
そもそも、マージャンは麻雀と謂うが、寧波の方言では麻將と読むらしい。
雀(que)を將(jiang)と読む。
遣唐使船や勘合貿易、更には倭寇など、寧波は古来より日本との関わりが深く、日本にマージャンが渡来し今日に至るまで、マージャンを麻雀と書くのは寧波方言がそのまま根付いて残ったのだそうだ。
逆に中国では、マージャンを発音そのままに麻將(majiang)と謂うようになった。
日本の麻雀(majiang)のルーツは寧波にあった・・・

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風靡世界的中國麻將文化起源於寧波,它最早產生於中國古代博戲,直至清代咸豐年間才由寧波人陳魚門整理並定下規則和打法。

天一閣中的麻將陳列館以麻將的發展史為線索,借助天一閣豐富的藏書資料和文物藏品,考證了陳魚門先生的生平、中國博戲的發展史、麻將的產生演變史,並從寧波的方言、航海術語等方面佐證了麻將與寧波千絲萬縷的聯繫。

陳列館院內有一銅像群,坐在中間那位就是傳說中麻將的發明者寧波人陳魚門。
銅像中一左一右各坐著一個英國人和一個日本人,儼然就是「三缺一」。
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麻將由寧波人陳魚門發明,麻將術語無不與寧波文化有關。
由「馬吊」發展到「麻雀」,而「麻將」是「麻雀」的寧波方言;和牌的「和」念「hu」,也是寧波音;「嵌擋」,「朋(碰)」等都和寧波方言有關。
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另外,寧波航海業發達,麻將中的術語也與航海有關:「索」象徵船的纜索和魚網;「筒」象徵船上的盛水桶;「萬」象徵船家對財富的渴望;「風」則為出海最為敏感的風等等。


e0094583_4491579.gif学界关于麻将起源于宁波的观点,旁证之一是麻将本作“麻雀”,而宁波话麻雀正读作“麻将”。

这是很有意思、很有说服力的证据。雀读作将,如同脚读作将,宁波话瘸子叫拐将、吃剩的菜肴叫碗将、水缸底下的残余物叫水缸将、挑剩的东西叫拣落将、北仑有个地名叫中岭将,“将”都是“脚”的音变。

这说明麻雀叫麻将,既是宁波话的特色,又合乎方言音变之理。
同時麻將在日本被稱為麻雀牌, 寧波(明州)古代是和日本通商的重要口岸,因此才保留了麻雀的字意,也進一步佐證了麻將起源於寧波。
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by officemei | 2008-02-18 04:55 | ■浙江