■こいのまち

初代津和野藩主坂崎出羽守は、元和元年(1615年)大坂夏の陣において家康の孫娘(豊臣秀頼の正妻・千姫)を救出するが、顔面に火傷を負った。

家康は千姫を救出した者にその千姫を嫁すと公言したにも拘らず、火傷の酷さを千姫に忌避され、当時イケメンの姫路藩主本多忠刻に嫁して行った。

それを恥辱とした坂崎出羽守は荒れに荒れて、ついには津和野藩坂崎氏は断絶。
世に面白おかしく伝えられた千姫事件だが、史実とは異なるらしい。

その津和野に行った。因みに私は恋敵の姫路出身(笑)。

さて森鴎外や西周の故郷でもある津和野だが、現在はメタボリック症候群に罹った恋のまち、もとい「鯉のまち」。



運動不足で過食の鯉たちがまちのシンボル?となって半世紀以上も生きながらえている。
太りすぎの鯉と自分の腹の出具合とを比較しつつ、溜息ひとしきり。

5名の中国人旅行客が大声で話していた。東北訛りだ。
「すごく大きいぞ!」「何人分くらいになるかなあ」「美味そうだ」「でも、どうして盗られないんだろう・・・」
そう、至極名言。
こうやっていても鯉は盗られない。
これは中国人にとっては不思議。
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by officemei | 2008-01-15 05:09 | ■日本