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内蒙古の資料を整理中。

司馬遼太郎氏の「以下無用のことながら」を読みおわった。
これで5度目だ。文庫本だからこの10数年でぐちゃぐちゃに萎れてしまった。
文中、いくつかのモンゴルに関する文章がある。
そのなかに当時の在モンゴル人民共和国日本大使館の崎山さんや鯉渕さんのことが書いてある。
私もお二人には当時お会いした。
鯉渕信一さん、その後日本第一のモンゴル研究者として亜細亜大学の学長までになられた。
北京から列車に乗ってウランバートルを訪れた。「モンゴルクーリエ」、1975年のことだ。
内蒙古自治区からモンゴル人民共和国(現モンゴル国)に入った。
長い長い列車行だった。
その後、モンゴル(外蒙古)には一度も訪れていないが、内蒙古には何度も訪れている。
今では蒙族の友人も数人いるが、当面は再訪のチャンスがない。
死ぬまでにもう一度訪れてみたいが・・・

e0094583_12455659.gifモンゴル遊牧民の事故死がきっかけで地元政府への抗議デモが起きた中国内モンゴル自治区シリンホト市で27日も抗議行動が拡大、治安当局は民族学校を封鎖するなど厳戒態勢で封じ込めを図った。在米の人権団体、南モンゴル人権情報センターなどが伝えた。
同センターによると、26日には治安部隊が抗議をしていた高校生4人を車両ではね、1人は足を切断する重傷。治安部隊との衝突で10人以上が負傷して病院に運ばれたとの情報もあるという。

チベット族やウイグル族の居住地では少数民族の不満を背景にした抗議活動が多発しているが、モンゴル族居住地で当局との衝突は珍しい。
デモの呼び掛けがモンゴル語でインターネットを通じて広がったため、当局はネットを遮断し、書き込みをしたネット利用者らを拘束しているという。(共同)


産経ニュースより;
中国・内モンゴル自治区でモンゴル族遊牧民の事故死をきっかけに拡大した抗議デモについて、中国当局は31日も厳重な警戒態勢を継続し、新たな衝突を封じ込めた。同自治区にはモンゴル族が徹底弾圧された歴史があるだけに、当局はモンゴル族の民族意識が再燃し、チベット族やウイグル族の活動と結びつくことを警戒している様子がうかがえる。

在米の人権団体、南モンゴル人権情報センターなどによると、内モンゴル自治区の区都フフホト市中心部は警戒線が張られ、治安要員が数メートル間隔で配置されているという。5月30日には政府庁舎に向けてデモ隊が行進したが、治安部隊に阻まれ数十人が拘束されたという。31日には、封鎖された学校構内で、学生らが中国語で書かれた教科書を窓から投げ捨てるなどして抗議の意思を示したという。

デモの発端は5月中旬、炭鉱開発に反対していた遊牧民が事故死したこと。5月23日ごろから、死亡原因の究明やモンゴル族の人権尊重を求めるデモが発生、25日にはシリンホト市で数千人が政府庁舎を取り囲む騒ぎが起きた。

抗議行動の背景には、同自治区で強引に進められる石炭採掘によって、環境破壊が深刻化していることがある。道路が整備されていない中、一刻も早く石炭を東部に運び、多くの利益を挙げようとするトラック運転手が競うように暴走していることも、遊牧民の生活環境破壊を招き、不満が高まる一因になっている。

中国共産党機関紙、人民日報傘下の国際情報紙、環球時報は31日付で、今回の抗議行動は「民族対立による政治的なデモではない」とする社説を掲載したが、同自治区には民族対立が拡大しかねない過去の記憶が眠っている。

ロイター通信などによると、モンゴル族は1960年代~70年代にかけて、文化大革命の混沌の中で徹底的な弾圧を受けた。汎モンゴル国家の樹立を企てたとして数万人のモンゴル族が殺害されたり、投獄されるなどしたとみられている。

漢族の大量流入も進み、モンゴル族は同自治区の人口約2400万人のうち20%にも満たない“少数民族”に。その結果、ここ20年ほどは大規模な抗議行動は発生していなかった。

外務省の姜瑜報道官は31日の定例記者会見で、「民衆の合理的な要求に対して、地方政府は積極的に対応するし、環境保護と経済発展をうまく処理するよう努力する」と強調、モンゴル族の懐柔に懸命だ。


厳重警戒の街
1日午前9時過ぎ、シリンホト市郊外にある小さな空港の到着ゲートの外に、十数人の制服姿の警察官が立っていた。飛行機から降りた乗客の身分証やパスポートをチェックし、来訪の目的などを聞く。漢族の人は比較的早く解放されるが、モンゴル族だと同市で訪ねる人の名前や住所などを聞かれ、商用目的と説明した人には、所属会社に電話をして確認するケースもあった。警察当局は各地のモンゴル族活動家がシリンホトに集まることを警戒しているようだ。
記者も近くで待機している同市外事弁公室の職員の所に案内され、市中心部に設けられているメディアセンターに連れて行かれた。記者登録の手続きを済ませたあと、同市幹部が「市内の治安がいかに安定しているか」などの説明を始めた。

取材の要望にできるだけ協力すると話す幹部に対し、「西ウジムチン(民族対立が最も激しく実質的戒厳令が敷かれている場所)に行きたい」といったところ、「あそこは道路工事のために10月までは行けない」と“拒否”された。

シリンホト市内は、武装警察が隊列を組んでくまなく巡回していた。
 「石炭を運ぶトラックの行列が毎日、目の前を何度も通る。そのたびに涙があふれそうになる」と語るのは、シリンホト郊外で羊肉店を経営する男性(55)だ。

ここ数年、道路や炭坑が次々とつくられ、モンゴル族が放牧できるところが少なくなる一方だという。「彼らは私たちの祖先が残してくれたこの大地から石炭やレアアース(希土類)をどんどん掘り出して外に持っていった。強盗にあった気分だ」と男性は語気を強める。

5月10日に起きた事件は、ダンプカーで草原を横切ろうとした漢族の運転手と牧草を守ろうとした遊牧民の口論がきっかけだった。両民族の対立を象徴する事件だったため、モンゴル族の不満が一気に爆発した。

中国メディアによると、地元検察はすでに殺人罪で運転手を起訴し、民族の対立ではなく一刑事事件として処理を進めたい意向だが、モンゴル族の怒りは収まらない。あるモンゴル族の男性遊牧民(37)は「すべての漢族がモンゴルから出ていくことを私たちは求めている」と語った。

シリンホト市で約3割の人口を占めるモンゴル族のデモを約7割と多数派の漢族は冷ややかな目で見ている。運転手が起訴された後も殺人事件ではなく、交通事故だったと主張する漢族は多い。
 「汗水を垂らしてこの町を豊かにしてきたのは私たち漢族の労働者だ。優遇ばかりされているモンゴル人は頑張ろうとせず権利ばかり要求している」と語るのは5年前に河北省から出稼ぎに来た漢族の男性(42)だ。
漢族の出稼ぎ労働者たちが最も不公平だと感じているのは、中国当局がモンゴル族を懐柔するため、ここ数年ますます手厚く実施してきた一連の優遇政策だ。牧草地を持つモンゴル族に対し毎年、政府予算から維持費用を出しており、自分では働かずに漢族の労働者を雇って放牧させているモンゴル族も最近、増えているそうだ。

教育面でもモンゴル族は優遇されているという。
「なぜ私より成績の悪いモンゴル族の子がいい学校に進学できたのか」。セメント会社に勤める漢族の女性は、中学入試で志望校に落ちた12歳の娘からこう嘆かれ、返答に詰まったと明かした。
女性によると、シリンホトで最も豊かなのは、官僚や彼らと癒着している会社経営者らでほとんどが漢族だが、その次に豊かなのはモンゴル族の人たち。「貧しくとも頑張っているのは私たち漢族の労働者だ。この町はまるでサンドイッチのような構造。同じ漢族でも私たちは特権階級ではない。怒りを私たちにぶつけないでほしい」と目を真っ赤にして訴えた。


1975年のウランバートル;
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by officemei | 2011-06-03 10:41 | ■内蒙古
蒼き狼の子孫・蒙古族は馬とともに今も生きています。
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by officemei | 2010-07-10 00:24 | ■内蒙古
内蒙古シリンゴル盟に属する「乌珠穆沁」はウジムチンと読む。
モンゴル語で「葡萄山の人」という意味だそうだ。
モンゴルの冬はきつい。
その厳寒のなか(2009年12月28日)、冬季「ナーダム」がおこなわれた。
気温は零下30度。
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by officemei | 2010-03-20 01:46 | ■内蒙古
内蒙古・シリンゴルの草原。
凍てつく冬景色・・・
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by officemei | 2010-01-29 02:51 | ■内蒙古
標高1,200mに位置するトングリ砂漠は、内蒙古アラシャン盟から甘粛省までひろがっている。
「トングリ」とはモンゴル語で“果てしなく大きな空”という意味。
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古くからあった砂漠以外にも、昨今草原が荒廃し、荒地となって砂漠化していく状況が特に内蒙古の深刻な問題となっている。
例年、遥か内蒙古から海を越えて日本にまで吹き付ける黄砂。

そんな中、昨年内蒙古阿拉善左旗(アラサン左旗)で、世界最大規模の梭梭林(アカザ科の低木)が発見された。
梭梭林は旱魃や寒さに強く砂漠化を防ぐのにもっとも適した植物で、その分布面積は13万ヘクタールにも及ぶ。
阿拉善左旗とは、こんな風景のところだ。
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こんな奥地でも日本人が頑張っている。
アラシャン通信(オイスカ阿拉善砂漠生態研究研修センター便り);
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by officemei | 2009-10-29 14:44 | ■内蒙古
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by officemei | 2009-10-23 23:35 | ■内蒙古
4月20日夜、瀋陽からフフホトに着いた。
14ヶ月ぶりのフフホトだ。
翌21日、久しぶりに会うモンゴルの友人と羊肉のしゃぶしゃぶ料理を食し、その後杭州へ飛ぶ。

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by officemei | 2009-04-29 11:04 | ■内蒙古
2月22日、今私は内蒙古フフホトにいる。
酔った。
強いモンゴルウオッカをあおり、胃が悲鳴を上げている。
いつもながらモンゴルの宴はとめどなく続く。
飲み且つ歌う。

2月にこの地を訪れるのは初めてだ。
事前の天気予報ではマイナス20度。
しかし今日は異常な気温で、零下にも達していない暖かさ(?)。

ここ数年、毎年何度もこの地を訪れた。
しかし、今夜のフフホトがおそらく最後の訪問になるだろう。
今後仕事上の関係では、これまでのように頻繁に訪れることは先ず無くなった。
そのことを秘して宴席に出る寂しさ、ひょっとすると今後再訪の機会は無いかもしれないと思うと、モンゴルの友人のもてなしに心乱れる・・・
さらばモンゴル!

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by officemei | 2008-02-23 00:02 | ■内蒙古
今、私はフフホトにいる。
5ヶ月ぶりのフフホト。
新空港がオープンし、旧と比べ数倍の規模になった。
航路も増便され、カウンターがずらりと並ぶ。
とにかく明るく広くなった。

あっという間にすべてが一新されたような感じで、5ヶ月前に来た空港と、この新ターミナルの差異は、どう表現すればいいだろうか。

“Back to the Future”のワン・シーンのように、20年以上の歳月を一瞬にしてタイムトリップした感がする。

フフホトのまちもここ数年の市街化計画により、都市整備と建設ラッシュが続き、旧市街から郊外へと拡張しているが、そこはほかのまちとさほど変わらぬ光景で、モンゴルらしさは感じられない。

旧市街には回民区(回教徒地区)があり、建物もそれとわかるような風情が残っている。
一方、まちのあらゆるところには漢字とともにモンゴル文字の表記があって、このまちが内蒙古自治区の首府であることを感じるが、実は漢族の数が圧倒的に多く、モンゴルの住民はマイナリティ、少数なのだ。

中国の少数民族に対する優遇策により人種差別こそ無いが、明らかに漢化している。
因みにこのまちの私の友人・知人は蒙族か回族のどちらかで、漢族はいない。

先日上海の新聞を読んでいて、ある小さな記事が眼に留まった。
チンギスハーン直系の子孫で、唯一最後の王族であった老人がつい最近亡くなった、という訃報。

今、私はタクシーに乗っている。
フフホトのチンギスハーン大通り。
モンゴルの英雄、大ハーン・チンギスの勇姿が聳え立つ・・・

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by officemei | 2007-09-15 02:23 | ■内蒙古
2007年4月21日
大連から瀋陽へ飛び、午後4時過ぎにフフホト到着。
定宿のホテルの会議室で15人のモンゴル人(蒙族)を面接。
その後、内蒙古出版社の方と翻訳出版の打合せ。

翌22日、朝の気温3度。
午後3時チェックアウト、空港へ向かう。
遠く向こうに陰山山脈がくっきりと見える。
内モンゴルの首都フフホトは半年ごと来るたびに、ゆっくりと都市化している。

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by officemei | 2007-04-22 15:17 | ■内蒙古