カテゴリ:■遼寧( 60 )

旧満州の栄華は、この中山廣場に面した嘗ての日本建築群に、僅かにその片鱗が残るのみ。


(クリックしてカーソルを上下左右に動かせば360度この周囲が見渡せます)
大連中山廣場周辺;
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by officemei | 2007-08-15 06:10 | ■遼寧
5月3日夜9時過ぎに瀋陽着。
4日は11名の学生と面談。
5日正午現在、上海へ帰る便が一時間あまり遅れるとのことで、空港内の喫茶でパソコンを開いている。
3週間ぶりの瀋陽だが、いつも駆け足だ。

e0094583_7251438.jpg今回も馮さんご夫妻に送迎していただき助かった。
奥さんの愛車はキティちゃんグッズで飾られ、味気ないオンボロタクシーに乗るのとは雲泥の差、ピンクの車内に気分も和む。


先ほど空港内の書店で本を漁っていると、売り子がずっとあとをついてきた。
本の説明を始めたので、「説明は要らないから静かに選ばせてくれ」と言うと、黙って私の挙動を観察。

コーナーをゆっくりと周り本を物色。
ずっと一定距離を保ちついてくる。その間隔約2m。
面白さ半分不快度半分で、試しにぐるぐる周ってみた。
やはりついてくる。

「どうしてずっとついてくるの?一定の場所でじっとしていたほうが疲れないよ」
「規則ですから」
「お客さんに静かに本を選ばせるのがいちばん気の利いたサービスだと思うけど」
「規則ですから」
「落ち着いて本を選べないじゃないの。向こうで待っててちょうだいよ」
「規則ですから」
「まさか、万引きするとでも?」
「・・・」

その後、ぐるぐる周ってみた。
ちゃんとついてくる。
ちょっとスピード上げて周ってみた。
遅れないようについてくる。
まるで、吉本新喜劇のシーン。

べつにおちょくってるわけじゃないが、中国における洗練されていないサービス業の一端。
顧客満足を如何に高めるか、といったCS研修がホントに必要だ

いやいや、さにあらず。
おそらく万引きが耐えないのだろう。
確かに、スーパーやデパ地下に鞄や袋を持って入ろうとすれば、必ずガードマンから注意され、荷物預かり所に置いてから入場。
要するに民度の問題。
残念だが・・・
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by officemei | 2007-05-08 00:21 | ■遼寧
瀋陽にある北朝鮮軍直営のホテル。その2Fにあるレストランには、平壌からやってきた軍幹部の娘たちがウエイトレスと芸能活動を兼務している。

客は韓国人が多く、中国人もちらほら。
北の娘が歌い、南のおじさんがそれにあわせて踊る。

昨年秋にも利用したが、味はいまひとつだった。
昨夜、瀋陽の馮さん夫妻と会食、今朝は一日中胃の調子が悪くて、夜の宴席は遠慮した。これってここのせい?



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by officemei | 2007-04-21 04:41 | ■遼寧

おすすめサイトです。
ANA大連餃子物語;
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by officemei | 2007-04-20 22:41 | ■遼寧
大連の中心部、中山区にはかつての日本の面影がまだまだ色濃く残っている。
まちの顔となる中山広場周囲は、かつての公的機関が集中し、それはそれで見ごたえがあるが、南山街という坂道にひろがる住宅街も一見に値する。

今は新しく洋館住宅の団地になってしまったが、そこここにかつて日本人が住んでいたであろう古びた洋館が散見でき、”アカシヤの大連”(清岡卓行)の世界がイメージできて趣があった。

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by officemei | 2007-04-20 09:43 | ■遼寧
e0094583_9321313.jpg以前から気にかかっていたことがある。
どうでもいいことだが、大連の女性騎馬警官の存在だ。


今回の大連滞在で、時間を割いて訪れてみた。
“大連女子騎警基地”というのが正式名称で、中心地から車を飛ばして半時間弱、山腹に広大な牧場と馬場があり、新米の女性騎馬警官が女性教官に怒鳴られつつ儀仗訓練をおこなっていた。

馬上、凛とした姿は絵になる。
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1時間余り訓練の様子を見学し、タクシーを呼んでもらったが一向に来る気配が無い。確かにここは郊外とはいえ車の通っている道まで出るには相当時間がかかる。

1時間ほど待ったがタクシーはまったく来ない。
運良くマイクロバスで見学に来た団体があったので、頼みこんで帰路同乗させてもらった。

この20人ばかりの団体は、中国各地から大連に出張で来ていた公安関係の人たちで、四川や湖北、内蒙古から東北などの訛りが飛び交っていた。

「ずいぶんいろんな所から来ていらっしゃるんですねえ」
「そうなんです。あなたはどちらから?」
「私は上海から」
「大連は初めてですか?」
「いえ、もう何度もきてますが、ここを訪れたのは今日が初めてです。」
そんな会話をしつつ、中山広場近くで降ろしてもらった。

バスを降りて手を振りながら見送ったが、私が日本人だとは感づいていなかった。それゆえにくだけた会話のひとときを楽しむことができた。

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by officemei | 2007-04-19 23:18 | ■遼寧
今日、大連に着いた(4月17日午後3時)。
その足で、大連外語において面接実施。

宿は中山区天津街にオープンした海尊快捷假日酒店。
今回やっとホリデイインが大連にもできて、私にとっては便利になった。
因みに私はPriority Clubのプラチナ会員なので、種々の優待が受けられる。
利用頻度が多ければ多いほどサービスを享受できるから有難い。
このホテルは中山広場にある中国銀行からちょっと入ったところで、歩いても5分とかからない。
大連にもだいぶ慣れてきたので、この辺りは迷わず歩けるほどになったが・・・

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by officemei | 2007-04-17 21:54 | ■遼寧
年の瀬の寒風吹き荒ぶ中を家路に辿りついた。
何故か、今年10月に瀋陽を訪れたときの情景が、ふと頭をよぎる。

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by officemei | 2006-12-28 00:35 | ■遼寧
06/10/20
今私は瀋陽にいる。
嘗て日本の傀儡国家であった満州国の奉天。
清朝ラストエンペラー・愛新覚羅溥儀の故地。
歴史をもっと遡ってみたい。
「手掘り司馬遼太郎」に「韃靼疾風録」を紹介した文章がある。
この本は清朝建国草創期を背景にしている。
その一部を要約。

17世紀初頭、わが国では徳川の幕藩体制も漸くに固まりつつある頃、大陸では明王朝がその終末期を迎え、万里の長城の東、満州の嚝野では韃靼の英雄アイシンギョロ・ヌルハチが女真族を統一し、後金という国を建国する。

古くから漢族は、東の長城の向こうに住む人々を東胡、或いは満韃子と呼び卑しめてきた。彼らは女真族といわれる民族で、今の東北三省、旧満州あたりで狩猟・農耕で生計を立てていた。
この民族は中国史上たびたび東北の国境を侵したが、北から侵入してくる遊牧騎馬民族のモンゴル族と決定的に違うのは、女真族たちが定住生活を営んでいたことだ。

この時代、彼らは農業もやっている。麦や粟を作っている。ただし農業はあくまでも補助的な生活手段で、主として奴隷~朝鮮人や漢人の捕虜~を連れてきて農業をやらせたらしい。自分たちは広大な森林地帯に散在して主に騎馬による狩猟を行っていた。
その数50万から60万。

モンゴル人といえば、女真人は彼らの戦闘力を恐れる。モンゴル人は遊牧をし、決して農耕せず、間違っても豚を飼うようなことはしない。一方、女真人は遊牧をせず、狩猟をし、副業のようにして農耕をする。更には農耕に付き物の家畜として豚を飼う。これらの点で、このふたつの民族は決定的に違っている。

「マンジは(女真族)は豚を飼う。ばかの証拠だ」とモンゴル人は言う。いざ戦闘になればモンゴル人は遊牧状態の中からすぐさま騎兵集団が編成され、疾風のように敵を襲い、また元の滅亡のときがそうであったように、敗れたと見れば雁が帰るように自分たちの草原に帰ってしまう。これに対し、女真族は豚を飼ったがために移動が遅く、更には農耕地を持ったがために土地への執着ができ、軽快な部族移動ができなくなった。
が、今は違う。

その女真人に英雄が出現した。彼らが歴史の表舞台に躍り出るのは、英雄アイシンギョロ・ヌルハチの登場による。
ヌルハチは、一部族長から身を起こして、女真諸部を統一し、汗の位に就く。そして国号を後金と称す。彼は、統一した女真の諸部族を満州八旗に編成し直す。これは狩猟の集団がそのまま戦闘集団、八つの軍団になったということを意味している。この強力な戦闘集団を従えて、1619年、サルフの戦いで、明・朝鮮の連合軍を大いに破り、これをもって万里の長城の東、遼東・遼西地域を支配下に治める。その後は清と国名を改め山海関を越え全中国の統一を果たした。

その女真の都・瀋陽。
嘗て壮大な歴史ロマンがこの地にあった・・・
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by officemei | 2006-10-23 07:24 | ■遼寧
06/10/18
煙台から瀋陽に18:00頃到着。
北朝鮮直営のホテル「七宝山飯店」2Fにあるレストランへ。
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ここには北朝鮮のウエイトレス(服務員)がいると前回訪問の折に聞いていたので、今夜は興味本位で行ってみた。
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だだっぴろいフロアに味気ないテーブル。
紺の制服に朝鮮民主主義人民共和国旗のバッジをつけたウエイトレス。
それと同じ制服の楽団と歌手による歌謡ショー。
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料理の味はというと、さほど旨いとは感じなかった。
むしろ今日の午後、煙台の開発区にある小さな韓国料理屋で食した味のほうが勝っていた。
ただ一品、「東海反目魚」は、不思議な感触だった。
子持ちシシャモの卵を数倍大きくしたデカい卵を噛むと、きゅっ、きゅっと音がするような感触で、こいつはなかなかいけた。
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何しろ初めて北朝鮮の人間を間近に見るので、好奇心でいっぱいだった。
訛りは相当きついが、まあまあの中国語を話すので、話しかけてみた。
「どこから来たの?」
「平壌(ピョンヤン)」
「もうどれくらいこっちにいるの?」
「1年ちょっとかしら」
「ホームシックにならない?」
「ええ。でもけっこう楽しく過ごしてるから」
「中国語はどこで勉強したの?」
「平壌の大学で」
「へ~、そうなんだ。漢字もわかる?」
「ええ」
黒い制服の上司らしきおばちゃんが来て、会話が途絶えた。
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北朝鮮・・・
拉致・ミサイル・核保有。
我々のイメージは益々悪くなっている。
独裁・貧困・閉鎖・狂気・・・
どれをとっても明るい材料は見当たらない。
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ウエイトレスとはいえ海外勤務ができる彼女たちは選ばれた階級なのだろうが、瀋陽の繁栄をまのあたりにして、彼女たちは胸中どんな思いなのだろうか。
例え管理され外界との接触が殆ど出来ないとしても、彼我の圧倒的な違いを感じる筈だが。

(写真は北朝鮮の女兵士、眼光鋭くこちらを見ている)
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司馬遼太郎の「項羽と劉邦」にこんな一節がある。
「中国の政治は、人々に食わせようということが第一義になっている。
流民が大発生するのは一つの王朝のほろびるときであり、その動乱の中で流民を食わせる大首領があらわれ、食わせるという姿勢をとりつつ古い王朝を倒し、新王朝をつくる。
逆に言えば、食わせるという能力を喪失した王朝については、天が命を革めてしまう。
他の食わせる者に対してあらたな命を下すのである。」

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by officemei | 2006-10-19 02:18 | ■遼寧