カテゴリ:■福建( 25 )

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厦門(アモイ)は台湾に一番近い大陸側のまちです。中華民国領の金門島と至近距離で僅かに2.1km、指呼の間ですね。福建省の古称は閩ですので、アモイ辺りを閩南と言います。ですから、この地域の言葉は閩南語と言います。この閩南語は台湾本省人の言葉(いわゆる台湾語)と同じ系統です。福建省の省都・福州辺りで話す福州語とは全く異なります。何しろ福建は方言の宝庫と言われるほどですから・・・
さて、そのアモイにある「台湾小吃街」は、中国各地にある「台湾小吃街」の走りでした。台湾夜市のB級グルメを満喫できますが、残念ながら味は本場と同じというわけにはいきません。でも大陸に居て、台湾の味に飢えた時にはお勧め。

“台湾小吃街”就在厦门最热闹的步行街・中山路的隔壁,离轮渡码头也很近,很容易找到。快到的时候,你只要跟着人群和食物的香味走,就能到了。小吃街虽然不长,大概1公里吧,但是里面美食非常多!边走边看边吃,够你逛大半天了。走到头是一个菜市场,你可以原路返回或者拐到中山路去。
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■国姓爺
■コロンス島(鼓浪嶼)散策
■ここってどこ?
■アモイの女の子
■厦門(アモイ)
■アモイ
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by officemei | 2014-03-08 01:17 | ■福建
e0094583_14495128.jpg以前、NHKスペシャル「空海の風景」を旅するというドキュメンタリー番組がありました。その後文庫本になりました。
「空海の風景」は、弘法大師空海を理解するに最良の素材です。
10年ほど前のことですが、仕事の関係で福建省霞浦県を訪れる機会がありました。当初、「福建の霞浦」と聞いて思い出したのが「空海の風景」。この地は彼が乗った遣唐使船が暴風に遭い漂着したところでした。平安京に遷都してさほどの年数が経っていない頃に空海は渡海します。1200年ほど昔の事です。それまでは無名の存在でしかなかった空海が、歴史の舞台に初めて光彩を放つのが実はこの漂着地霞浦に於いてです。詳しくはぜひ「空海の風景」を一読ください。
更に陳舜臣の「曼荼羅」を読めば完璧です。

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さて、霞浦には「空海大師紀念堂」というのがありました。日本の真言宗信者と地元の人達が共同で建立したそうです。

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霞浦は省都福州から高速道路を飛ばし約3時間の距離にあります。そんな辺鄙な場所にある高校(霞浦職業中専学校)を訪れるのがこの時の主目的でした。訪れて驚いたのは、なんと鄙には稀なる学校というべきか!各学年に日本語専修クラスがあって、しかも日本人教師が常駐していたのです。
中国各地には日本語履修クラスを開設している学校がいくつもありますが、資格を有した日本人教師が直接指導している学校はまだまだ少ないのですが。
この学校でお会いした先生方は本当に純粋な人達で、心が洗われる思いでした。こんな田舎まちにも日本人教師がいる!という新鮮な驚きでした。
これといった地元産業も無く、総じて寒村といった体のこのまちで、三年間日本語を学び、日本語能力試験一級や二級に合格する学生もかなり多いと聞きました。この一事からしても先生方の日頃のご苦労を十二分に推察できました。
学生たちは卒業後、比較的日系企業や工場の多い福州・福清、或いはアモイにまで行って就職するのが夢だそうです。家庭の経済的背景は同じ福建の裕福なまちと比べると相当に厳しそうでした。
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霞浦の干潟の美しい風景は、中国でも多くの観光客をひきつけています。ずっとずっと昔、この地に遣唐使船が漂着し、そして空海が世に出ていくスタートをきったと思うと、ロマンを感じますね・・・
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by officemei | 2014-03-03 00:09 | ■福建
写真が一枚残っていました。
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ここがどこだか皆さんわかります?
南仏? 
実はアメリカ西海岸、ではなくって中国アモイのコロンス島(鼓浪嶼)です。
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by officemei | 2010-05-26 02:10 | ■福建
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北の青島、南のアモイ。私はこの二つのまちが好きだ。

厦門(アモイ)のまちはアヘン戦争後に列強に開港させられ、港に浮かぶコロンス島に共同租界が出来上がった。
そして日本を含む列強の領事館や各種施設が建築され、外国人や裕福な華僑が居住或いは別荘を構える。

当時、この島は西洋文化の花咲く特殊な環境にあったことは、現在でも「音楽の島」と呼ばれるほどに、ピアノの普及率が最も高く、数多くの音楽家を輩出している事実が物語っている。

島には消防車以外、車は走っていない(自動車乗入れ禁止)。
狭い坂道を行き来するのは人とペットくらいだ。
ゆっくりと散策しながら古い洋館を改装したカフェに立ち寄ってみるのも一興。
漢字表記さえなければ、ここが中国とは思えないほどの街並みだ。
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■国姓爺;
■厦門(アモイ);
■アモイ;
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by officemei | 2010-05-11 05:58 | ■福建
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福建霞浦・空海の風景;
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by officemei | 2010-01-29 02:41 | ■福建
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by officemei | 2009-10-30 17:51 | ■福建
「焦盐蛏」という貝料理を食した。
福建省福清の名物料理。
美味、酒のあてにもってこいの味だった。

という字は虫に聖と書いたものだが、虫(実は貝)の中でも聖なる部族なのだろうか?

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by officemei | 2009-04-15 23:01 | ■福建
福州で猫より大きなネズミを捕獲したニュース。
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by officemei | 2009-02-25 05:52 | ■福建
福建・福州のスーパーマーケット。
その場で生きた鰐(ワニ)をさばいて精肉とし販売します。
鰐肉は栄養価も高いそうで価格も高めですが、おひとついかがでしょうか?
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by officemei | 2009-01-17 04:54 | ■福建
e0094583_5283390.gif話はちょっと長くなるが。

中国と台湾を繋ぐ歴史上の人物がいる。
福建省厦門(アモイ)・鼓浪嶼(コロンス島)の一角には巨大な立像があって、記念館まで建っている。
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厦門は明王朝滅亡時、彼によって「思明州」と改名された。
思明とは明を思うということである。
厦門のメインストリートに「思明路」という長い街路があるが、これもその名残りだ。

彼の名を、鄭成功という。
“抗清復明”の英雄。

ここ数年、毎年4、5回福建を訪れ、日本留学を目指す学生と面談する機会があった。その数、延べ約1000名。
私はそのつど、ひとりひとりに次のような質問をする。
中国語でいいから、「郷里が生んだ歴史上の人物を一人挙げ、その人物について述べよ」。

結果は、鄭成功がほぼ50%、林則徐が40%、答えられない者が10%だった。
しかも、この二人に関する知識のほどは極めて初歩的で、歴史の教科書にせいぜい数行載っている程度だった。
まだこの二人の名を知っているだけ、ましなのかもしれない。
何といっても地元なのだから。

全国放映のTVドラマ「金婚」のあるシーンで、女学生と年寄りの会話があったのを覚えている。
「ねえ、おじいちゃん。その蒋介石ってどんな人?」。
共産党の中国とはいえ、蒋介石のことすら知らない若者がいることにおどろく。
中国の歴史教育とはその程度なのかもしれない。
もっとも、日本の若者だって東条英機を知らないかもしれないが。

さて、その鄭成功について述べた学生のうち、100%誰も知らなかったことがある。
彼らの言う民族の英雄・鄭成功、その母は日本人だった、と私が説明してやると、皆一様に驚いた。なかには「うそでしょ」と言う者までいた。


唐突ながら、私は司馬遼太郎の作品をこよなく愛している。
息子の名前も遼としたくらいだ。

私は暇さえあれば、中国の書店で歴史小説・紀行文学・外国文学(訳本)のコーナーを漁るが、これまで一冊も彼の作品の訳本にお目にかかったことはない。
村上春樹や渡辺淳一の著書が店頭に並んでいるにもかかわらず。

司馬が「台湾紀行」執筆などで、右翼作家と認定されているのだろうか?
渡辺淳一の軟弱文学が良くて、なんで司馬遼太郎はだめなのか?

「街道をゆく」シリーズの「江南のみち」「蜀と雲南のみち」「閩のみち」「台湾紀行」などは、特に中国人読者に読んでもらいたいと思う。

多分、日本人ならほとんどの人が彼の名前を知っているだろう。
台湾人も恐らく半数の人が彼の名前を知っていると思う。
中国では、ほとんど認知されていない・・・

司馬という名から、一般の中国人は彼を在日華僑かその末裔と思われるかもしれないが、生粋の日本人(関西人)、しかも祖籍は私と同郷で、ペンネームの司馬は彼が司馬遷を尊敬していたことに他ならない。

中国のことを、中国人以上に詳細、且つ客観的に論じることのできる背景には、その読書量がベースにあって、典拠の豊富さには実に驚かされる。
中国において、彼の作品の訳本が無い現状は実に残念・・・

司馬遼太郎の「街道をゆく」を読めば、実に様々な書物に目を通し、はるかに時空を俯瞰したのち、現地を旅していることがわかる。

何も知らなければ何も広がりはしない。
その土地にまつわる出来事や、歴史に現れた人物や事象を事前に知識として有していれば、旅に厚みが加わるものだ。

感性を潤すには、知識と体験に基づいた背景が要る。

実は、
司馬遼太郎の「台湾紀行」に、“海獠の貴公子”という一文がある。
鄭成功についての話だ。

以下、その文章の一部を引用し、中国語訳文を附す。

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by officemei | 2008-11-07 09:19 | ■福建