カテゴリ:■福建( 25 )

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by officemei | 2006-08-05 19:04 | ■福建
e0094583_2125762.jpgテレビ朝日2006年7月22日放送
http://www.tv-asahi.co.jp/chikyukazoku/
日本式の焼肉屋さんに挑戦
(葉建運・中島みゆき夫妻)
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葉さんご夫婦とは、数年前から年に数回お会いする仲になった。福州ではいつもご馳走になって恐縮している。
先日関西ネットのTV番組にデビューされたので、ここに転載させていただく。(以下あらすじ)
e0094583_2127369.jpg夏の到来を告げる中国の「ドラゴンボートレース」豊作や無病息災を願う豪快なお祭りです。日本からは上海を経由しておよそ4時間、お茶の産地として有名な福建省の省都「福州」。海が近いので古くから海鮮料理の街としても有名です。人口約590万人。1年を通して温暖な気候。近年は華僑の積極的な投資によってめざましい発展を遂げています。また、200年に一度来るといわれる縁起のよい年で結婚ブームに沸いています。

e0094583_21282383.jpg榕城古街(ようじょうこがい)といって昔ながらの街並みがそのまま残る青空マーケット。洋服や生活用品のほとんどが200円前後で買える庶民に人気の買い物スポットでもあります。また、屋台の料理も安くて美味しいと評判。みゆきさんのお薦めは魚のつみれの中に豚のミンチが入った魚丸(ユーワン)。モチモチの食感がたまりません!もう一つのお薦めは米をパスタ状にのばしたものと、イカやネギをあわせさっぱりした塩味の鍋辺(グォービェン)

e0094583_21314336.jpg今日は旧暦の5月5日。この日は「端午節」といってチマキをつくるのがこちらの風習。材料は地方によって異なりますが竹の葉に、もち米とピーナッツ、そして豚肉とイカなどを入れて茹で上げます。旦那さんのお母さんから中国の伝統料理を習うことも嫁の大切な仕事です。

e0094583_2132324.jpg昨年12月にオープンしたばかりの夫婦で経営する焼肉屋さん。海鮮料理が多い福州で生まれた建運さんははじめて食べた日本の焼肉に感激しました。中国は豚肉や鶏肉を使った料理が一般的。焼肉を焼く週間はほとんどありませんでした。中国の日本食ブームにものって140席ある客席は連日満員。日本人ビジネスマンや中国の裕福なお客様を取り込むため内装を可能な限り豪華にしました。

e0094583_21321674.jpgお店の人気の秘密はもちろん味もありますが、お店にいるスタッフ25人のきめ細かいサービスが評判の理由。建運さんが学んだ日本のサービスや衛生管理をみゆきさんと共に徹底して教えています。また、接客にはみゆきさんが浴衣に着替えおもてなし。建運さんの姉もお店の経営に参加。日本語が堪能なお姉さんはみゆきさんの心強い味方。そして日本人のお客様が多いお店には必要な日本語をみゆきさんは従業員に仕事の合間を見つけて教えています。

e0094583_21324210.jpg2人は4年前の中国・福州で知り合いました。建運さんは彼女に一目惚れ。彼女もまた彼の姿勢に「この人なら・・・」と思うことができ、2年の交際を経て2004年に結婚。しかしみゆきさんにとっては文化の違いや習慣に戸惑うことも少なくありませんでした。

e0094583_21341238.jpgこの日みゆきさんのお店に集まってきたのは福州に住む日本人の奥様達。実はみゆきさん「福州奥様の会」の会長さん。焼肉を食べながら中国での暮らし振りやお互いの悩みなどを交換する場を提供しています。文化の違いは各国共通のようです。

福州楽味亭おかみのブログ
http://rakumitei.blog.shinobi.jp/
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by officemei | 2006-07-25 21:56 | ■福建
2006年5月19日
雨過天晴。
上海から福州へ飛ぶ。
航空会社の知合いが特別の計らいをしてくれたお陰で、ファーストクラスに席が変った。
中国系の飛行機では初めての経験だ。
台風一過、快晴に恵まれ定時発定時着。
福州は多少汗ばむ気候。
機長は30歳の若さ。
コックピットでの話によれば、天気の良い日は遥か彼方に台湾が見えるとのこと。

この福州空港は長楽という海岸に面したまちにある。
明朝の頃、鄭和艦隊がインド洋を越え、アラビアから東アフリカまで遠洋航海をした、その出航の地だ。
当時から福建は海外進出の窓口で、福建本貫の華僑は現在も世界に分布している。

福州。
空海の乗った遣唐使船は、暴風雨により福建霞浦に流された。
その後、一行はこの福州に入り、ここから遥か長安に向けて出発する。

琉球王朝(沖縄)は、この地に琉球館という宿泊施設を有し、朝貢使節の往来のたびに逗留している。
現在では沖縄県の福建事務所がこの地に置かれている。

生暖かい風が吹く、この南方の雰囲気が私は好きだ。
http://officemei.exblog.jp/1541693#1541693_1
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by officemei | 2006-05-19 21:18 | ■福建
2006/03/24
廈門(アモイ)は連日雨。3月下旬だというのに気温12度、寒い。
窓外に靄った鼓浪嶼の鄭成功像が、遠くには小金門がかすかに見える。
明日は市内でマラソンの国際大会が開かれるが、雨とこの気温が続けば選手たちにはきついレースになるだろう。

このまちは「台湾」を感じさせてくれる。
福建省内は方言が多く、ちょっと離れただけで言葉が変わるが、ここ廈門は閩南語なので、台湾と同じ方言だ。
傍らで耳を欹てていると台湾にいるような錯覚を覚える。
ダウンタウン(老街)の様相も、そこから醸し出す独特のまちの匂いもやや似ている。この匂いは省都福州では感じなかった。

鼓浪嶼は逆に中国っぽさも台湾っぽさも無く、レトロモダンの風が吹いている。この小さな島は、嘗て多くの富裕層や芸術家・音楽家に愛され、中国の中でも別天地だった。
今でもその名残があって、狭くて細い、曲がりくねった小道のところどころに古い洋館がちゃんと保存されていて、一種独特な小世界を形成している。

鼓浪嶼を含めて、廈門(アモイ)はコンパクトに纏まった、いいまちだ。
今回で二度目の訪問、これから何度も訪れる予感がする。

2006/03/25
昨日、廈門(アモイ)から福清に着く。ずっと雨。
オデッセイに乗りハイウエイを走った。
道路地図を見ると海岸線の遥か向こうに台湾があり、廈門~福清の距離をそのまま約90度右へずらせば台湾台中市にとどく。もちろん視界には入ってこないが、台湾海峡を隔てた向こうに「台湾」がある、ということを実感した。

30年余り前に台北で暮らしていた頃の短波放送が突然頭をよぎった。
「廈門の33456同志、注意して聞いて下さい。こちら中国国民党です。あなたの○月○日付けの情報を確認しました。その内容に基づきある人物を派遣します。接触方法は次回の連絡で確認してください・・・」

国民党のスパイが閉塞した共産中国にそんな簡単に入ることができるのだろうか、それとも国民党が台湾に移る前から敵地に残留させた諜報員なのか、或いは単に攪乱のための電波攻撃なのか、私には実感が涌かなかった。
台湾と大陸は大きな壁で遮られていたからだ。
だが、当たり前のことなのだが、距離的には至近距離なのだ。
その「近さ」を、福建の海岸線を走り漸く実感できた。

約3時間のドライブだった。
2年前同じルートを辿ったときは、ちょうど上海でF1レースが初めて開催される時期だったが、真っ赤なフェラーリの一団が私の乗ったアコードを追い越していった。途中のドライブインで休憩中の彼らにでくわしたが、レース出場のため香港から上海まで陸路で向かっているとのことだった。レースクイーンのおねえちゃんも同乗させて、車体と同じ真っ赤なユニフォームですごくカッコよかった。今回はそんなハプニングも無く、雨降る中を休憩も取らず走り続けた。
3月下旬の福建でこんな寒さは辛い。

アモイ;
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by officemei | 2006-03-27 18:23 | ■福建
福建省都・福州市は、市街地約250万、近郊を併せると約600万の人口を有する。
古くより榕樹が多く、「榕城」とも呼ばれる緑濃いまちだ。
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このまちは規模として適当なサイズにまとまっていて、南方特有の匂い(言葉で形容し難い)があり、私の好きなまちのひとつでもある。

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今回で九度目の訪問、仕事に追われて観光らしきものは一度もしていないが、福州を筆頭に、福清、アモイ等のまちにも、又神戸や姫路にも福建人の知人が多くいる。




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この地は華僑のふるさとと言われるほどに、古くから海外へ生活の場を求める人が多いが、私の故郷兵庫県も特に神戸を中心として福建出身華僑が多く、福建閥が存在する。
マレーシア・インドネシア・シンガポールの華人社会でも福建閥は大きな力を有しており、私にもシンガポールとペナンに福建を本貫(本籍)とする友人が何人もいる。

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そもそも元朝の頃の泉州(福建)は国際港で、イスラム世界の人たちも常住していた。
その盛況ぶりはマルコポーロの「東方見聞録」にも記載されている。
明朝の頃の鄭和も福建人で、大船団を率いて遥かアフリカやアラブの世界まで渡航しているが、その船団基地は福州にあった。「中国の大航海者 鄭和」(清水新書)を一読されたい。

福建人は海外移住者が一族縁者に必ずいるのが普通という環境なので、中国の他の地域の人たちと比べると、明らかに違った海外感を持ち、できれば海外で一旗挙げたい、といった山っ気も持っている。
そのことがいい目に出るか悪い目に出るかは、例えば・・・
成功者は莫大な資金を故郷に投じ、学校や病院などの建設資金を寄付し、地元に貢献する。
失敗者は闇の世界に身を落とし、違法行為を続けて当該国官憲に逮捕され犯罪者となる。
その中間の人たちは、ある者は堅実にその国に根を張って生きているし、ある者は闇の世界で生き続けている。
日本における「蛇頭」「密入国」「不法滞在者」「偽装結婚」「風俗営業摘発者」といった関連名称の中には相当数の福建人がいるのが現実だ。
その故か、福建人をとやかく言う日本人はかなり多いが、悪い奴はどこにもいるし、とりわけ福建がダーティなイメージを冠せられるのは間違っている。
むしろ、進取の気風に富んだ気質、と賞賛すべきかもしれない。
物事は純粋に一方だけを見ることはできない、清濁併せてその上で判断すべきだ。
福建はいい匂いのするまちだ。私はそれを良しとしたい。
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by officemei | 2005-10-21 20:02 | ■福建