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e0094583_18124863.gif1842年、アヘン戦争後の南京条約により上海が開港され、英国租界が置かれた。
1865年、香港で創設された香港上海銀行(香港上海滙豐銀行有限公司・略称HSBC)は、その一ヵ月後、早くも上海において営業を開始。
これを機に、各国金融機関が上海に進出、上海は極東最大の都市として発展する。
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Bund(外灘)に今も残る旧香港上海銀行上海支店。現在は上海浦東発展銀行本社がその建物を使っている。

嘗ては大英帝国の植民地銀行としてつとに有名であったが、現在は香港最大の金融機関として香港ドルの発券銀行でもある。
更には、現在の香港上海銀行(HSBC)はというと、シティバンク、バンク・オブ・アメリカ、スタンダード・チャータードなどを凌ぎ、ほぼ全世界をマーケットとする世界唯一の銀行に発展している。

さて、このHSBCについて。
オフショア投資で今や日本人も多く口座を開設している。
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パワーバンテージという総合口座がある。
香港ドル以外にも米ドル・英ポンド・円・ユーロ他の外貨預金が可能。
更には投資信託、上場株式、債券への投資もでき、10万香港ドル相当の口座残高があれば毎月の手数料が免除になる。
日本からネットバンキングで口座にアクセスすれば、振替・投資・送金の指示も出せるし、セブンイレブンや郵便局のATMから出金も可能。(但し入金はできない)

口座開設には、取引実績の有る紹介者の紹介状が必要だったが、現在は不要。
香港以外の地域・国の在住者が口座を開設する場合、本人が直接香港の銀行窓口に出向き、担当者と英語又は中国語で面談する必要がある。
口座開設サポートを行う会社もあるが、あくまでサポートであって代行ではない。
それに開設する本人が必ず出向かなければならないし、それなりのサポート料も発生するのであまり意味はない。簡単な英語か中国語の会話力さえあればOK。
口座開設に必要な書類は、パスポートと免許証、それ以外には必要ない。
(開設に伴い10,000香港ドル以上の預金が必要)

さて、
先ず、香港サイドの中環(セントラル)にあるHSBC本店へ出向く。
1Fは広いオープンスペース。
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長いエスカレーターを上っていくと「個人理財中心」というカウンターがあり、係のスタッフが目ざとくみつけて傍によってくる。
来意を告げれば専用ブースに案内される。

そこで担当者との面接が始まる。
質問に答えていけば、担当者がコンピューターにその項目内容を打ち込んでいく。
内容は、住所・氏名・電話番号・職業・勤務先住所・学歴・投資の経験・所得等々。
最終確認後パスポートのコピーをとって、サイン。
ほどなくATM用カード及びPIN(6桁の暗証番号)・暗証番号が表示されるSecurity device・小切手・テレフォンバンキングのPIN(6桁の暗証番号)・口座に関するパンフレット類を渡され、更に別のブースに場所を換え、いくつかの金融商品についての説明を受ける。
買いなら買い、要検討なら保留、その気が無いなら又の機会に。

その後、ATMカードをアクティブにするため、ATMでPINの変更をおこなう。
ここまでの作業を香港滞在でおこなわなければならないが、時間にして約2時間くらいのことだ。

とにもかくにも、HSBCは世界で最も格付けの高いオフショアバンク。
その格付け・安全性は、日本国内の全ての銀行よりも高い。
更に、香港はアジア金融のハブであり、国内では考えられない利回りの世界中の金融商品、海外ファンドに投資できる。
それが最大のメリット。
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by officemei | 2008-09-06 06:01 | ■港澳
Victoria Harbourは100万ドルの夜景といわれる。
これは香港ドル?
それとも米ドル?
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100万ドルの夜景とは、
100万ドルの価値があるほどに素晴らしいという意味?
100万ドルの消費電力が夜間に費やされるという意味?
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そんなこと、どうでもいいや、
この夜景・・・




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by officemei | 2008-07-15 05:21 | ■港澳
念舊, 但不活在過去・・・昨日種種, 造就今日的成熟・・・

私が初めて国境を意識したのは、羅湖駅と深圳駅だった。
1975年のこと。
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香港から中国に入国するためには、この間でイミグレーションを通過する。
ユニオンジャックの翻る自由世界・香港。
その中国への窓口である国境の村・羅湖。
ここで出国手続きを済ませ、狭い川幅にかかった橋を歩いて渡った。
指呼の間に深圳駅。
五星紅旗の翻る共産国家・中国、その香港への窓口が国境の村・深圳。
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深圳。
当時は何もない田舎の駅。
それが今や想像もしなかったほどの大都市に変貌してしまった。

私は昔の深圳しか知らない。
あの頃、何度も深圳=羅湖を行き来した。
中国から香港に出るときの眩いばかりの感触、胸の高まりを感じた。
香港から中国に帰るときの何とも言えない感触、緊張感に強張る顔。
あの頃の中国、あの頃の私、ほんとに時代は変ってしまった・・・
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by officemei | 2008-07-02 06:00 | ■港澳
香港 Nuoc Mamの法式越南料理。
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by officemei | 2008-06-22 03:23 | ■港澳
香港空港を利用するたびに感じること。
香港はまさにアジアへの入り口だ・・・

この広さ、この行き届いたサービス、そしてこの便利さ。
香港からアモイ、上海、バンコク、シンガポール、ペナンそして台北へ飛ぶたびにつくづくそう思う。
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再見、香港!



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by officemei | 2008-06-19 21:47 | ■港澳
1898年、大英帝国と清国の間で締結された租借地は、九龍以北、深圳河以南の新界地域に及ぶ。

スターフェリーは、それ以前から大英帝国の植民地であった香港島と、九龍半島の突端を繋ぐ交通手段として、この年に運航を開始した。

長い間、移動手段は船しかなかったが、1972年にビクトリア・ハーバーを結ぶ海底トンネルの開通により、地下鉄やタクシー、バスなどで短時間で往来できるようになった。それでも昔のように船を使う人も多く、一日の利用客は10万人を超え、今なお健在。

料金は、尖沙咀~中環:上層(1等)は2ドル20セント、下層(2等)は1ドル70セント。
運行時間は06:30~23:30。毎日10分間隔ぐらいで頻繁に往復している。

2006年11月11日、慣れ親しんだ九龍サイドのスターフェリー・ピア(天星碼頭)が閉鎖され、セントラルフェリーターミナルのPier7 に移転した。新しくできたフェリー乗場には、Pier1~Pier8までの埠頭が集合しており、その7号埠頭(Pier7)が天星小輪、つまりスターフェリーの乗り場となった。


     
1975年、私は初めてスターフェリーに乗った。
香港クーリエ。当時の北京大使館ではこう呼んでいた。

北京から京広鉄道で南下し、広州からは九広鉄道に乗り深圳で下車。
南方のどこにでもありそうな鄙びた停車場(当時の深圳)から、河幅の狭い深圳河に架かった橋を数分歩く。
そしてユニオン・ジャックの翻る羅湖の駅に至り、そこからは緑色の電車に乗り換え、夢にまで見た自由世界の窓口・九龍駅に向かう。

竹のカーテンに閉ざされた社会主義・中国から、自由主義の権化・香港に足を踏み入れる瞬間は、正直胸が高鳴った。

私は当時、この半年ごとの香港クーリエを数年間経験した。
1回の滞在で1週間、20代半ばの独身男性にとって、北京から香港に出て来ることがどんなに眩しいことか。



出発前夜は小学生の遠足前夜のように胸が高鳴り、脳裏にはスターフェリーに乗った自分の姿がありありと浮かぶ・・・これがトラウマになってしまった。

仕事上の移動以外にも、ただスターフェリーに乗りたいという衝動で、それ以外の何の理由もなく尖沙咀から中環を何度も何度も往復した。

ビクトリア・ハーバーの朝靄、黄昏時の喧騒、そして100万ドルの夜景をたった1ドル70セントで満喫できるから。

その後はずっと空路で訪れるようになったが、時間の余裕が無くても必ずスターフェリーに乗る。

私にとって香港の原風景といえば即、スターフェリー。


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by officemei | 2008-06-19 04:23 | ■港澳
空港と市街の九龍・香港を結ぶAirport Express Line(機場快線)。
これはホントに便利!
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なぜ便利かというと、
先ずは、半時間以内で中心地・或いは空港に到着できること。
これは時間的ロスがなくて大いに魅力。

それに空港駅に改札がないこと。
空港の到着・出発ロビーとホームが直結しているので、改札なしに乗降できる。これも時間のロスがなくていい。

それに、香港駅・九龍駅から空港へ行く場合、駅で直接チェックインができること。
搭乗券を受け取りトランクも預けて、手荷物だけ持って楽々空港へ行ける。
空港内のチェックインカウンターに列を作っている乗客を横目で見ながら進むのは、ちょっとした快感。

空港=香港(中環/Central)でHK$100、空港=九龍ならHK$90。


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by officemei | 2008-06-19 04:20 | ■港澳
九龍サイドにある大通り“Nathan Road”(彌敦道)。
ここにバックパッカーの間では夙に有名な “Chungking Mansions”(重慶大厦)がある。
繁華街の一等地にあって、安宿の密集する複合ビル。
映画「恋する惑星」の舞台でもある。

一階には、両替商や仕立て屋・雑貨店などが雑居し、特にインド・中東・アフリカ・南アジア等の人々で賑わっている。
最近、2階の一部にショッピングモール“Chungking Express”が開業し、コスメ・ブティックの店が入ったことで多少雰囲気が明るくなった。

しかし、そもそもこのビルは迷路のように複雑怪奇で、同一階内での横移動はできないし、エレベータに乗れば異次元にたどりついてしまう、おどろおどろしい所だった。


尖沙咀にある“The Peninsula”(香港半島酒店)。
このホテルは1928年の開業。
大英帝国の格式に満ちた最高級ホテル。
その東南に“そごう”がある。
ここから海岸まではすぐそこだ。


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by officemei | 2008-06-19 04:15 | ■港澳
Causway Bay(銅鑼湾)にあるTimes Square(時代廣場)。

15年くらい前には、ここにTram(路面電車)の車庫があった。
灣仔電車廠と呼ばれていたので、この地は銅鑼湾といってもWan Chai(灣仔)により近い。

再開発によって、車庫の跡地にTimes Squareが建てられた。
今では香港を代表する待合わせ場所として、或いはイベントやロケの場所としても有名だ。
Lane Crawford”“C!ty Super”“馬莎百貨”、映画館の“UA時代電影院”、レストラン街“食通天”などが入っていて賑わっている。

私のような“おっさん”にはちょっと場違いなまちの雰囲気になってしまったが、この辺りを中心に銅鑼湾から灣仔までの間をぶらついていた若い頃の光景が今も鮮やかに記憶されていて、香港に来るとついついこのまちを歩いてしまう・・・


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by officemei | 2008-06-19 03:46 | ■港澳
雨の中、HSBC・香港上海銀行本店から恆生銀行まで歩いた。
中環(セントラル)の高層ビルが立ち並ぶ街並みを抜け、西へ向かえば上環。
対照的に中国人の街並みが色濃く残るまち。
帰りは上環から銅鑼湾までMTR(地下鉄)に乗る。



銅鑼灣(コーズウェイベイ)は、大型デパート、ショッピングセンター、ブランドショップ、レストランがずらりと並び、活気溢れるエリア。

私の香港は、このまちから始まった。

1975年に初めて香港を訪れて以来、その後の香港での滞在は殆どこの銅鑼灣だ。
若い頃、香港クーリエで訪れるたびにThe Excelsior Hong Kong(怡東酒店)に泊まった。
香港領事館で公用を済ませた後は、北京で調達できない諸々の品を銅鑼灣の「大丸」で購入するのが主な仕事だった。

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もちろん当時はMTR(地下鉄)も無く、上環・中環・金鐘・湾仔・銅鑼湾の間を行き来するのはトラム(路面電車)。

のろのろしたスピードだからこそ、まちの風景が満喫できた。
地下鉄は確かに便利だが、ノスタルジーに欠ける・・・
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Tram;


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by officemei | 2008-06-16 06:32 | ■港澳