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北京からおよそ300キロ弱、渤海湾に臨むビーチリゾート・北戴河。
1976年の夏、北京から電車に乗ってこの地を訪れたことがある。
保養所に宿泊し海辺の休日を過ごした。
当時と今の光景はまったく異なり、海水浴を楽しむ人などはほんのわずかで、一般市民は立入り禁止の区域だった。
遠い昔の話・・・
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by officemei | 2010-08-02 00:48 | ■河北
e0094583_13311044.jpge0094583_13311942.jpge0094583_13312815.jpg1976年7月28日の未明(3:42AM)、私は北京のアパートで就寝中に激しい揺れを感じ飛び起きた。
建物の上層階から床が抜けて圧死するような恐怖を感じて外に出た。
このアパートは建国門外にあって、当時各国の外交官が居住していた。斉家園外交人員公寓と言う。

e0094583_14371254.jpgこれまでに地震を経験したことのないような国の人たちは恐怖に顔が引きつっていた。日本人と言えどもこんな強烈な地震に遭遇したことはなかったので私も足が震えた。
さまざまな噂が飛んでいた。「唐山が震源でまちは壊滅、天津も大被害に遭い、余震は北京に近づいている」。
やがて日本政府はJALの救援機を北京に飛ばし、在留邦人はそれに乗って帰国した。大使館員もほとんど一時避難をしたが、数名が大使館内にテントを張って留守居をした。私もその一員だった。
1976年の暑い夏の出来事だ。





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唐山地震はマグニチュード7.8の直下型地震で、当時中国有数の工業都市であった唐山市は壊滅状態となる。公式記録によれば242,419人が犠牲になった。当時の中国は文化大革命の末期で、「自力更正」をスローガンとし外国の援助を拒んだことも犠牲者の拡大につながった。非公式には100万人が死亡したとも言われている。
映画「唐山大地震」は2010年7月22日まもなく一斉公開。


この映画はこちらから鑑賞できます;

e0094583_728422.gif有人说,这是一部哭戏多达28场的片子;有人说,这是一部让人泪流成河的片子;有人说,这是一部让人哭痛了五脏六腑的片子。
130分钟的影片里,观众不飙泪几乎不太可能,就算是铁骨男儿都会忍不住流下眼泪。
但冯小刚保证过,哭后一定不会绝望,一定是温暖的。
在此提前揭秘片中几场重头哭戏,也许字里行间还不足以让你泪如雨下,那么就请走进影院感受心灵的震撼。

影片开始10分钟不久,持续了23秒的唐山大地震瞬间摧毁了整个城市。
天崩地裂间只见沙土坠落、花盆倒地,电线直冒火花,水管崩裂开来,水花花往外流,老吊车的钢缆崩裂,人们疯狂地奔跑防止被砸倒,房屋也随着地震在一点点坍塌。而这个时候方登和方达姐弟俩正在屋内睡觉,他们被突如其来的地震吓傻了,只顾大喊“妈妈”。
徐帆扮演的李元妮和张国强扮演的丈夫方大强拼命要冲回屋里救孩子,眼前的房屋纷纷倒塌,李元妮疯了般要奔回去,方大强一把拽住妻子,自己冲过去却被砸死了。

面对瞬间死去的丈夫,李元妮嚎啕痛哭。这时,有邻居发现方登姐弟俩被砸在一块水泥板下,方达喊疼,方登忙着安慰弟弟。
李元妮跑过来只看到一头的方达,却看不到被砸在另一头的方登,由于翘起石板的一头就要砸到另一边的人,邻居问李元妮救哪个,李元妮哭喊着“两个都救”。

被压着的方登嘴里喊着 “妈妈”,一边用石头敲击地面,希望引起妈妈的注意。
时间紧迫,再不救就来不及了,李元妮痛哭地喊出“救弟弟”,被妈妈放弃的方登默默地哭了,只见泪水划过她的眼角,嘴里念叨着“妈妈”,观众看到此处无不落泪。被迫放弃救女儿的李元妮在瓢泼大雨中抱着方登的“尸体”嚎啕大哭,嘴里反复说着“妈妈对不起你”。
邻居催促她照看弟弟,李元妮只好放下女儿,空留她一人躺在地上。

地震后一切慢慢恢复了平静,李元妮带着方达相依为命,而方达却在地震中不幸失去了左臂。
由吕中扮演的奶奶和咏梅扮演的姑姑从山东济南赶来唐山,为了不拖累李元妮,她们决定把孙子带回去抚养,这一段的对话也绝对催人泪下,此处也是让导演冯小刚异常感动的段落。

夜晚,奶奶抱着入睡的孙子,姑姑坐在奶奶旁,她们眼含泪水地对李元妮说道:“方达我们还是带回去,你也不能一辈子这样,以后还要找个好人家嫁掉。 ”李元妮不愿放弃儿子,“你们把方达带走,就我一个人,这个家就没了。 ”眼见元妮的执着,姑姑提议说:“你和方达都过去,你要是愿意找个工作就工作,不愿意就在家照顾孩子。 ”但元妮仍不肯走,因为丈夫大强在这里,她要守护陪伴他。

第二天一早,元妮送方达跟姑姑、奶奶上了汽车,眼里满是不舍,方达上车后,嘴里喊着妈妈,元妮只能跟他挥手再见。看着远去的汽车,元妮伤心地哭了,车里面的姑姑和奶奶看着元妮的身影若有所思。最后,汽车停下,方达从车上下来,飞快地向妈妈跑来,元妮紧紧搂着自己的儿子,从此母子二人开始了相依为命的生活。

全片的又一波催泪高潮发生在片尾。汶川大地震发生后,已远嫁加拿大多年的方登赶到汶川参与救援,已经开了旅游公司的弟弟方达也赶到当地做志愿者,两人都加入到经历过唐山大地震的唐山人组成的救援小分队中。在休息间隙,方登意外听到了方达和老乡的对话,姐弟俩在灾区相认。 32年来都不愿回到唐山找亲人的方登终于跟方达回了家,从她进门起的一幕幕都非常揪心。

在当年唐山大地震发生前的一天晚上,姐弟俩都喊着要吃西红柿,元妮表示只剩一个西红柿了,就让给弟弟方达吃了,当时方登还很生气,并说妈妈 “骗人”。而在32年后母女相认,方登进门的第一刻,镜头就切给了泡在水盆里的5个西红柿,方登看着要哭,观众看后也都忍不住流泪。元妮看到方登后当即就跪在地上,“妈对不起你,给你道歉。 ”而后的一句“你这是从哪冒出来的,这么多年怎么没个信儿啊”更是令人伤感。

最后,一家人去墓地拜祭父亲,方达也找人把方登的墓给撬开了,里面除了有当年的小书包,还有一摞课本,方达告诉姐姐:“妈每年都是买两份课本,你一份我一份。”再也忍不住的方登蹲在地上痛哭,“我恨我自己为什么这么多年都不来找你。 ”母女相拥,多年的心结终于化开,看到此处不少观众都已哭得上气不接下气。

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by officemei | 2010-07-13 00:26 | ■河北
e0094583_2081445.gif今日(27日)の中国各紙は、2年前に外交問題にもなった「中国製ギョーザ中毒事件」の容疑者逮捕のニュースを報じた。
事件は中国製の冷凍ギョーザを食べた千葉、兵庫両県の3家族10人が中毒症状を訴え、内9人が入院したことで表面化。日中両国は自国での毒物混入の可能性を否定、中国側は捜査を打切ったが、その後、中国内でも同様の中毒症状を訴える事件が発生し事態が一変した。中国側は製造工場内で故意に混入された疑いありとして捜査を再開、今回の容疑者逮捕にいたる。

事件報道に関し、各メディアは当局からの独自取材を禁止され、国営新華社通信の配信記事(中国語記事参照)を使うよう通達が出された。したがって各紙まったく同じ内容の報道しか掲載していない。
このことは当局が事件報道を厳しい情報統制下に置いたことを示す。

事件の背景は、待遇上の不満にあったらしい、つまり鬱憤晴らし。
この鬱憤の背景は極端な貧富の格差にある。
出稼ぎ農民の待遇は劣悪で、頻繁に暴動が起こる。
社会構造が勝ち組と負け組みにはっきりと分かれ、勝ち組はますます強くなっていき、負け組みは永遠に這い上がれない。
このような社会構造下では反社会的行動が頻発し、やがて怨嗟の声が満ち、組織的暴動、反乱、革命に至ったのが中国史のこれまでのストーリーではないか。
この事件を単なる事件と見てはいけない・・・

出口日本饺子中毒案件;
2008年初,河北石家庄天洋食品厂出口到日本的饺子发生中毒事件后,中国政府高度重视,经过连续两年坚持不懈的努力,近日查明此次中毒事件是一起投毒案件,中国警方已将犯罪嫌疑人吕月庭抓捕归案。
中毒事件发生后,本着对两国消费者高度负责的态度,从全国抽调侦查、检验等各方面专家,成立了专案组。中国警方投入大量警力走访排查,克服了作案时间与案发时间相隔久、现场客观物证少等困难,开展了大量艰苦细致的侦破工作。现已查明,犯罪嫌疑人吕月庭(男,36岁,河北省井陉县人,原天洋食品厂临时工),因对天洋食品厂工资待遇及个别职工不满,为报复泄愤在饺子中投毒。吕月庭对投毒作案供认不讳。公安机关已提取到吕月庭作案用的注射器,并收集到大量的证人证言。


毒入り餃子;
毒入り餃子・その後;
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by officemei | 2010-03-27 20:00 | ■河北
北方中国に黄砂警報発令!
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3月20日在北京,早上8点到达慕田峪长城,但是遇到历史最大的一次沙尘暴,现场的感觉就像在废墟或者是世界末日的感觉,希望这张图片能唤醒大家环保的意识,这是地球母亲对我们的警告。
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中央气象台3月20日发布沙尘暴黄色预警;
受蒙古气旋和冷空气影响,20日08时至21日08时,南疆盆地、甘肃河西西部和陇东、青海柴达木盆地、内蒙古西部和中部偏南地区、宁夏中东部、陕西中北部、华北、辽宁西部等地有沙尘天气,其中,南疆盆地中东部、陕西西北部、内蒙古中部偏南地区、山西中部等地的部分地区有沙尘暴,上述地区并有5~6级偏北风,阵风风力可达7~8级。
防御指南:
1.做好防风防沙准备,及时关闭门窗;
2.注意携带口罩,纱巾等防尘用品,以免沙尘对眼睛和呼吸道造成损伤;做好精密仪器的密封工作;
3.把围板、棚架、临时搭建物等易被风吹动的搭建物固紧, 妥善安置易受沙尘暴影响的室外物品;
4.由于能见度较低,驾驶人员应控制速度,确保安全;
5.机场、高速公路、轮渡码头采取措施,保障交通安全。
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by officemei | 2010-03-20 21:35 | ■河北
河北省張家口市に位置する懐来県。
この地に“様邊長城(庙港长城)”がある。
八達嶺長城のように観光客で賑わうでもなく、静かに大地に存在している。
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by officemei | 2009-11-03 19:20 | ■河北
2008年8月5日;
ギョーザ中毒事件で、製造元の天洋食品(河北省)が事件後に回収した冷凍ギョーザが中国国内で流通し、ギョーザを食べた中国人が中毒症状を起こしていたことが分かった。

中国公安当局は2月末に「原材料、生産、輸送過程で異常はなく中国国内でメタミドホスが混入された可能性は極めて小さい」との見解を表明していたが、日本に輸出されていないギョーザからメタミドホスが検出されたことにより、中国での混入が明白となった。

2008年3月4日;
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毒入りギョーザ事件に対し、中国公安省は国内での殺虫剤混入の可能性を否定。

これを受け、中国各メディアは「日本メディア、中国の結論に疑義」、「日本のメディアが事件を拡大させている」、「日本の報道は公正さに欠ける。製造工場の罪とまで断定した」、「日本だけが判決を下し、中国は話すことも許されない」など一斉に非難の報道を始めた。

新聞の文章(中国語)以下参照;
当中国媒体呼吁国民应当冷静对待中日矛盾时,日本媒体却一个劲地煽风点火,现在该是它们自我反省的时候了
国际先驱导报文章
一个多月过去了,但“日本国民食用中国冷冻饺子导致中毒一事”仍未划上句号。
尽管2月28日,国务院新闻办特地举行发布会,相关负责人表示此次事件不是一起因农药残留问题引起的食品安全事件,而是人为作案,在中国境内被投毒的可能性极小。

然而,事件对中国食品以及国家形象造成的损害已经无法挽回,其中,参与炒作的日本媒体“功不可没”。

违背新闻操守妄下结论
1月30日下午16点11分,日本共同社率先播发快讯——“千叶县一家人食用中国产冷冻饺子后中毒”,此后,这家日本主流媒体一口气连续播发了13条相关新闻。

第二天,许多平面媒体也加入“炒作战团”,报道用语也由“饺子中毒事件”升级为“毒饺子”。日本右翼媒体《产经新闻》不仅连篇累牍报道,还把驻京记者的博客放在了其网站的显要位置。
而发行量最大的保守报纸《读卖新闻》则特别强调是“中国产饺子”,明显是把责任推给中国。
而这天的共同社则继续发挥它作为通讯社的优势,接连播发12条相关新闻,包括一条“‘毒饺子’事件令人担忧北京奥运食品安全问题 ”的评论。

接下来的日子,共同社开始有些“走火入魔”,在中日官方均未拿出正式调查报告前,该媒体已经做出了“‘毒饺事件’是不满厂方待遇的人蓄意作案”的报道。

究竟是“投毒”,还是“食品中有残余农药”?
很长一段时间内,日本媒体更愿意相信后者。
很快,日本媒体又在中国包子和鲭鱼中,“发现”了“残余农药”。

至于农药的浓度是多少,是否能引起中毒,这些他们并不关心,他们只关心食品中是否会有残余农药,似乎如果在中国生产的食品中找到其他例子,就足以证明饺子中的农药是在中国添加进去的。

日本政府的有关部门与媒体也配合得非常巧妙,总能在媒体缺乏新闻的时候,找到相关的“证据”,让媒体再炒一番。

炒作战团从右翼扩散到主流
食品安全出现问题,媒体予以关注无可厚非,但在事实真相尚未查明的情况下,媒体不明就理,歪曲是非,一味将矛头对准中国就很难让人接受了。

更令人气愤的是,过去制造中日对立的仅限于一些右翼媒体,而这次,包括共同社在内的一些曾被认为具有一定社会公信力的日本主流媒体也极尽煽动之能事。

诚然,日本媒体中也不乏理性的声音。
3月1日,日本《朝日新闻》发表社论《应冷静地消除对立》,文章指出,“希望中国方面继续调查,也希望日本警方在调查时不要放弃农药在日本混入的可能性,仅凭一国的力量事件是得不到解决的,日本人的餐桌离不开中国的食品”。

类似的反省也在当天《日本经济新闻》题为《日中应冷静推进调查》的社论中出现:“日中双方当务之急是加强合作,科学地查明真相,事件已造成双方国民感情的恶化和相互间的不信任,并有可能影响日中关系整体”。

可在日本媒体中,这样的理性声音实在太少了。

舆论导向影响中日关系
其实,这也并不奇怪,比如在中日足球比赛中,少数中国球迷对日本球员发出嘘声,日本媒体马上就煽风点火,大肆报道。

反而中国媒体会呼吁中国国民应该冷静行事。当日本媒体一个劲儿地在批评中国的时候,它们却忘了自己其实更需要反省。

日本报纸发行量动辄数百万份,其报道也就自然成为左右日本国民对华看法的关键。因此,在中日关系自2007年下半年开始逐渐好转的情况下,日本媒体更应该以中日大局为重,冷静客观地报道,在增进中日友好的努力中起到正面作用。
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by officemei | 2008-08-05 04:01 | ■河北
今日は農暦(旧暦)1月5日。
正月(初一)から数えて5日目なので“初五”という。
又、俗にこの日は“破五”ともいわれる。

正月(春節)期間には様々な「きまり」「タブー」があるが、“初五”を過ぎると元に復す(解除)ので“破五”ともいわれる。

さて、北方では“初五”に餃子を食べる習慣があって、日本では毒餃子事件で大変な状況だが、今日はどこの家庭でも餃子が供される。
中にはコイン・棗・キャンディ等が入っていて幸運をつかむ意味がこめられている。

上海では“初五”に餃子を食べるような習慣は別にない、ようだ・・・
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いずれにしても、正月休みの商店も“初五”を過ぎれば店を開け、徐々に正月気分が抜けていく。

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by officemei | 2008-02-11 05:21 | ■河北