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8月1日。
北京=天津間に中国発の新幹線“京津高鐵”が開通した。
平均時速350キロ、最高時速394キロは世界最速。
これにより両都市間を半時間で行き来できるようになり、3000万の人口を有する大北京経済圏が形成される。

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8月1日,中國第一條城際高速鐵路—京津高鐵正式運營。
鄧小平1978年訪問日本時的一張老照片,令很多國人都無法忘記・・・
他乘坐著當時世界最先進、時速270公里的新幹線列車,說感覺“像風一樣,我們現在很需要跑”。
30年後的今天,中國第一條城際高速鐵路橫跨北京、天津,列車平均時速達350公里,最高時速達到394公里,這一速度不但遠超當年的新幹線,更成為目前世界上最快的高速鐵路。
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北京開往天津的城際高速鐵路(京津高鐵)正式開通運營後,將形成北京、天津半小時生活圈,結合兩地政治、經濟、文化的優勢和資源,帶動沿線京津區域經濟一體化發展,形成一個人口達三千萬的“大北京”新興經濟圈。

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by officemei | 2008-08-01 23:59 | ■天津
e0094583_19283216.gif中國政府近日決策對天津的城市總體規劃:在未來15年時間裏,作為環渤海地區重要城市的天津市,將以建設“國際港口城市、北方經濟中心和生態城市”為目標。
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這項決策看來可以給長期以來因定位模糊而遲滯發展的天津明確方向。
按照中南海的設計,北京市被定位為“國家首都、國際城市、文化名城、宜居城市”,不再與天津爭奪“經濟中心”的位置。天津則強化“經濟”功能,以便與北京形成互補,共同帶動環渤海乃至中國北方廣大地區快速崛起。

因距北京僅區區130公里之程,天津從近代開始便借助作為京城門戶以及中國最早開放的通商口岸之一的區位優勢,迅速成為中國近代工業搖籃之一和北方經濟中心,到上世紀二三十年代,天津是僅次於上海的中國第二大工業城市。

中共主政大陸後,資源的計劃性分配以及各地對產業門類“大而全”的追求,使北京開始像一棵施肥過多的大樹一樣瘋長,並有意無意地搶食周邊地區“養分”。

相較於改革開放後長三角、珠三角各城市的連動發展,京津冀城市群的“各自為戰”及“行動遲緩”令人緊迫於城市功能定位,煥發其發展活力的民間呼聲一浪急於一浪。

而這也正成為輿論如此關注是次天津與北京“差別定位”的背景。
在筆者看來,北京市打“政治文化牌”,天津市打“經濟生態牌”,兩者的發展思路似乎已很清晰,但對於大陸環渤海都市圈的整體戰略而言,京津如何聯手合理使用資源以及怎樣實現各自的目標卻並非一份規劃那麼簡單。

對北京來說,“政治”上的近水樓臺能否讓它願意“低頭讓路”,將自身擁有優勢的政策資源、科研資源、資金資源以及人才資源惠及周遭地區,這本身就是疑問。

對天津來說,雖然近兩年重大工商業投資專案較多。但經濟中心不是官方授予的榮譽稱號,亦不同於單純的工業中心。公平開放的市場環境、自由寬鬆的人才機制、勞動力就業程度及其購買力,均是現代經濟中心城市的基本競爭要素。

此外,一項政策在啟動城市經濟中具有先導效果,但絕非其競爭優勢。如果以近代發展的眼光看,如今倒是“新天津,老定位”了。
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by officemei | 2006-08-14 19:29 | ■天津
贋ブランドオンパレードの商店街
天津から塘沽の開発区に入る手前に「洋貨商店街」がある。
二、三百メートルの歩行者天国(ちょっと古臭いかな)になっていて、鞄、時計、ライター、小物等の専門店が軒を並べている。
塘沽開発区で人と会う約束が一時間ほど早く着いてしまったので、時間つぶしに寄ってみた。
未開発の荒れた土地にここだけ人の群れがあった。
車の進入を禁止しているので、手前の道路の路肩を簡易駐車スペースにし、近在のおっさんが入出庫の管理をしていた。
駐車一回につき3元。
そこにみすぼらしいおばはんが「CD、中身は洋物だよ、安いよ」と、安っぽい、いかにもいかがわしいCDを売りつけてくる。
まとわりつくといった方が適切か。
遼寧省外のナンバープレートをつけた大型バスが何台も駐車している。
団体客のショッピングコースにもなっているのだろう。
先ずはぶらっと一回り。で、いくつかの店に入ってみた。

鞄・小物類、時計・・・。大体この種の商店街と言うかバザール、泥棒市場は上海にも有名な所があるが、警察の巡回も厳しくなっていて、ここのような大胆な陳列は控えつつある。
ここじゃ公開・露出・もろ見えで、おまけに警察が人ごみを整理する状況で、並んでいるすべての商品が贋ブランド。
A貨・B貨・C貨という精巧度により値段が違う。
粗悪なC貨を主として販売するのは露天商で、これはびっくりするほど安い。
ただ明らかに本物とは違うと素人でも判別できる。
ちゃんと店構えをしたところではB貨を陳列している。
これも良く良く見ると多少色が違ったり、何か判別できる痕跡がある。こんな店で「A貨を見せろ」と言えば、奥から出してくる。
ある時計専門店での女主人との会話。
「お兄さん(大哥)、これは上物だよ。お兄さんなら判って貰えるよね」
「う~ん。いくらだ?」
「1200元」
「冗談がきついねえ。大きくふっかけたもんだ」
「よくみてごらんよ。これだけの物はちょっと他じゃ売ってないよ」
「俺は上海で何度もA貨を買ってるんだ。こりゃそう大した物じゃないさ」
「お兄さん、上海の人かね。なら、これならどう?他の店を覗いてごらんよ。これと同じ物はどこも置いてないよ。疑ってるんならほんとに他を見てきてよ。嘘は言わないよ」
「いくらだ?」
「1500元。お兄さん、(突然大声から小声に変わり)お兄さんなら思い切って1300元にしとくよ」
「よく言うよ。こんなの上海じゃどこの店でも200元ってとこだ」
「馬鹿なこと言わないでよ。そんな物と一緒にしてもらっちゃ。特上のA貨だよ、これは」
「わかった。じゃ他をあたってみるさ」
「お兄さん、1000元。もう一元もまけられない」
黙って店を出ようとすると。
「お兄さん、いくらにしたら買ってくれるんだい」
で、800元・600元・500元となり、
「これのペアウオッチで女物もあるかい?」
「あるさ。値段は男物も女物も同じだよ」
「ならペアで500元でどうだ?」
「お兄さん、無茶な話だよ。これだから上海人はやってられない」
「いや、ダメなら別にここで買わなくたって、帰って同じ物を探すさ」
「じゃあ、わかった。それで手打ちにしよう」
「う~ん。やっぱ女物は止しとくよ。200元なら考えよう」
「あ~?もういいよ!お兄さんも冗談きついねえ」
「ほら、どこでも宣伝してるじゃないか、二つお買い上げの方には更に一つおまけします(買二送一)って。やっぱペアで買うからもひとつおまけしてくれるってどうだい?」
「怒るよ、お兄さん!」
私の購買意志が無いことを察して、積極的アプローチはこれにて修了。
お疲れ様でした。
大体言い値の70%引きまでは値切り交渉するが、すごい人は90%引きまで厚かましくも値切る。
但しこんな店での話。
普通の店ではムリ。一体仕入れ値はいくらなんだか・・・
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by officemei | 2005-10-09 22:08 | ■天津
天津でちょっと面白い人物に出会った。
彼の言葉のイントネーションが非常に耳に心地良かったので聞いてみた。
「出身地はどこ?」
「瀋陽だけど」
「ひょっとして旗人(満族)?」
「お~!どうしてわかった?」
「久しぶりに正当な北京語を聞いたから」
「はは」
「どの旗?」
「正黄旗だ。祖父は二品官だった」
「100年前なら畏れ多くてこんなふうに話もできなかっただろうなあ」
清朝は満州族のヌルハチの下、「八旗」といって八つの軍団(軍制ではあるが集団といったほうがいいかもしれない。
一族郎党老若男女の家族すべての生活をも包含した集団)を編成し、満州(東北)の地から全中国を統一した。
その八旗の中でも最上の集団が「正黄旗」だ。
二品の位とは、日本ならさしずめ最上級の貴族に相当する。
NHKの大河ドラマ「義経」で松坂慶子演ずるところの平清盛夫人は「二位の尼」と言うし、織田信長の長男は三位中将織田信忠と称した。
中国では「官品」と言い、日本では「位階」と言う。
直接皇帝(又は天皇)に見えることのできる地位だ。
彼との話の中で意外な思いをした。
日本の中国侵略を現在の視点で否定するのは客観的ではない、と言うのだ。
当時の両国の状況から見れば、日本の満州進出(侵略)には必然性があったし、それを抑止できない当時の中国の国力こそ問題なのだ、と。
すべての事象を後の時代の感性で評価するのは間違っている、と。
これについての私見は敢えて述べないが、そういう考え、見識を持つ人も中国には存在する、ということだ。
彼は清朝最後の皇帝である宣統帝(満州国皇帝)の事を「皇上」(おかみ、陛下)と尊称した。
中国や台湾の歴史ドラマなどでよく耳にする言葉だ。
満族の知識人の中では、戦後60年経った今でも、中華民国元年(1911年)から数えても約100年経っている現在でも、彼のような多分に復古癖っぽい人がいるのだろうか。と言った意味で変な、おもろい人物に出会った。
今日は天津YMCA開設110周年の記念イベントの中、中日両国YMCAの連絡委員会に出席。明日の夜10時頃の便で大連に向かう。
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by officemei | 2005-10-09 22:05 | ■天津