カテゴリ:■海南( 3 )

聖火ランナーは章子怡(Zhang Ziyi)。
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by officemei | 2008-05-05 05:15 | ■海南
2007年3月8日。
私は今、海口のまちを歩いている。
海口は海南島北端に位置し、北は雷州半島と相対し、西はトンキン湾に面して遥かにベトナムを望む。
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平均気温23.6度、太陽に溢れ雨量も多く、住みやすいまちだというが、小雨降る中、私はセーターを着用している。
多少寒気を感じながら。
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海南島は古くは珠崖といい流刑の地であった。
中国最南端に位置する天涯の地だ。

唐の時代、揚州大明寺の鑑真和上は幾度となく日本渡航を試みた。
その幾度目かに、はるかにここ海南島まで流される。
鑑真和上の事跡は井上靖「天平の甍」に詳しい。

その海南島(海南省)の省都・海口は、現在人口160万。
漢族を筆頭に、黎族、苗族、壮族、回族が混在している。

漢族については、海南島がそもそも省に昇格するまでは広東省に属していたので、広東本貫の人々が多いのは解るが、福建人も相当数を占める。
雑踏の中で閩南語を多く聞いた。
但し、数百年の時を経て、アモイや台湾で話されるそれとは音声上多少の差異があった。

因みに当地の知人によると、宋姉妹(長女は孫文夫人・三女は蒋介石夫人)の祖も、本貫はここ海南島だそうだ。

さて、海南島海口市郊外に浜涯という地がある。
この地の出身である海瑞(1514-87)は明代の高官で、且つ清廉の士として名を馳せていた。が、時の皇帝・嘉靖帝を諫め、その怒りに触れて下獄した。

その後、嘉靖帝崩御によって再び返り咲き、世に「海青天」と称えられる。

1960年、北京市副市長の職にあった呉晗がこの海瑞の罷免を扱った戯曲「海瑞罷官」を世に出した。

1965年、後に「四人組」の一人として断罪される姚文元が、「海瑞免官」を評すという論文を上海「文芸報」に発表。

呉晗の意図は、海瑞になぞらえて、毛沢東が1959年、国防相彭徳懐を解任したことを批判したものだ、とした。

これが、その後十年に及ぶ文化大革命の口火を切ることになる。

文化大革命の頃に、何度も何度も見に行かされた「紅色娘子軍」の舞台もここ海南島。あの重々しい楽曲は今も鮮やかに記憶している・・・


海南島は日本の九州とほぼ同じくらいの大きさだが、最北端の海口と最南端の三亜では温度差が3~4度も違うらしい。

中国で唯一熱帯地域に属する三亜は、東洋のハワイと称されるほどのリゾート地で、内外から多くの旅行客がおしよせているが、私はまだ訪れたことが無い。


海口再訪;
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by officemei | 2007-03-09 07:44 | ■海南
私は今、海南島海口にいる。
昨夜上海からやって来て、今日は今日であわただしく動きまわり、やっと食事にありついた。
本日の昼食この二品。
その一;魚香牛肉
やや甘辛の味付けで、肉が柔らかくて美味。
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その二;四角豆
この味はちょっと形容しがたいが、苦瓜と厚手のレタスを交配させた感じかな?
やみつきになりそうな味でした。
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by officemei | 2007-03-08 13:00 | ■海南