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漢語(中国語)の標準語を大陸では「普通話」台湾では「國語」と言いいますが、中国各地には様々な方言があって、まったく聞き取れない言葉も沢山あります。
上海語や広東語、特に福建の方言は複雑です。同じ福建内でも山一つ越えるとまったく通じないというくらいに「方言の宝庫」と言われています。
私は多少の上海語と閩南語(所謂台湾語)を解しますが、これなどは方言というより外国語のようなもので、別種の言語と思って学ぶと意外と学びやすいと思います。
問題は官話(マンダリン)つまり北京を主とした言葉で、分布範囲はざっくり言えばほぼ中国の北半分で使われている方言です。東北三省や山東語、或いは四川などの地域官話は訛りがきつくて、何度も聞き直さないと理解できないことが多々あります。
しかし、各地の方言は地域の風俗を表していますので貴重な文化遺産と言ってもいいでしょう。

在中国,十里不同音,各地有各地的方言,这些方言实际上也是一种文化,从方言中可以看­出风土人情,也可以看出当时社会的演变过程。保护方言是很有意­义的,特别是在当今,方言的概念已经开始淡化,能说地道方言的人也变得越来越少。

(Hunan TV 湖南快乐阳光 )
湖南人・河北人・南京人・上海人・台湾人が方言について語っているTV番組をご覧ください。



山東(威海)方言;


四川方言+広東語訛りの普通話;

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by officemei | 2013-03-01 19:33 | ■中国語
(2013年2月16日)
春节时给红包是华人社 会的传统习惯。红包不仅仅是一般的人际关系、在社会关系方面也有微妙的含义。近年来随着交际费等消费水准的升高、红包也逐渐成了很大的经 济负担。但是,大多数人没有勇气打破「中国式人际交往」的规则。看来减少红包的负担是件难事。引用新华网的新加坡华文报纸「联合早报」的 报道。
春節にお年玉(中国語は紅包)を渡すことは華人社会の伝統的な習慣だ。お年玉は一般的な人間関係においてだけでなく、社会関係においても微妙な意味合いを持っている。近年、交際費など消費水準の高まりに伴い、お年玉が大きな経済的負担となりつつある。しかし、大多数の人は「中国式人付き合い」の規則を破る勇気がなく、お年玉の負担を減らすことは難しいと見られている。新華網がシンガポール華字紙「聯合早報」の報道を引用し伝えた。

年长者给后辈红包代表希望平安顺利度过一年、红包的多少随着消费水准而变化、也反映 了时代观念的变化。以前红包的象征意味很强,但是现在却不同。在中国过年所花费的费用逐年递增、红包的「实质的价值」也 有提高。60年代、红包的平均金额是 从2角到5角左右,有「开 门红」的意义。即使到70年代、5-10元左右的红包还是主流。但是90年代以后、红包的金额从数百元一气提升到了数千元、现在每年收到数千元红包的孩子也 不在少数。
年長者が目下の者に渡すお年玉は、1年間をつつがなく過ごせるようにとの意味が込められており、その相場には消費水準の変化、そして時代に伴う観念の変化が反映されている。かつてのお年玉は象徴的な意味が強かったが、今は違う。中国では年越しにかかる費用が年々増え続けており、お年玉の「実質的な価値」も高まっている。1960年代、お年玉の平均額は2角から5角前後(1角は1元の10分の1)で、「年の初めに幸先の良いスタートを切る」という意味合いのものだった。1970年代になっても5-10元前後のお年玉が主流だった。しかし90年代以降、お年玉の額は数百元から数千元に一気に膨れ上がり、今では毎年数千元のお年玉を手にする子供も少なくない。

红包的金额也有地域差异、另外根据交际范围而不同。在广东某IT企业工作的钟瑛说「包含给父母表示感谢的红包在内,今年的红包总额达到了8千元左右,相当于1个月的工资」。 过年费用的增加逐渐成为很多家庭的压力。根据今年春节前在网上进行的调查问卷,回答过年要消费3个月工资金额的人达40%。当中占的最多的是给父母和孩子红包等的交际费用。另外,70%以上的人回答今年的过年费用超过去年。
お年玉の額には地域差もあり、また交際範囲によっても異なる。広州のあるIT企業で働く鐘瑛氏は「感謝の意を込めて両親に渡すお年玉を含めると、今年はお年玉の総額が8千元前後になり、給料1カ月分に相当する」と語った。年越しにかかる費用の増加は、多くの家庭においてプレッシャーとなりつつある。今年の春節前にネット上で行われたアンケートによると、年越しに給料3カ月分の金額を消費すると答えた人は約40%に達した。このうち多くを占めるのが、両親や子供たちに渡すお年玉などの交際費だ。また、70%以上の人が、今年の年越し費用は昨年を上回ると答えた。

过年花费的费用高涨, 有舆论说要重新考虑过年的习惯,有呼声说要回归以前的「象 征意义」的红包。中山大学的叶春生教授说「红包作为中国人交际方式的一种、有表达祝福的意味,金额的多少应该取决于自身经济状 况。中国南部的一些地方仍然保留这样的古老风俗。收到红包确认内容后,再悄悄原封不动的返还给对方。这样不仅能传达对方的祝福,也减少了 经济的负担。」
年越しにかかる費用の高騰を受け、年越しの習慣を見直そうという世論も出ており、かつての「象徴的な意味」を持つお年玉に戻そうと呼びかける声もある。中山大学の葉春生教授は、「お年玉は中国人の交際方式の一種であり、祝福の意を伝える意味があるが、金額は自身の経済状況に基づき決めるべきだ。中国南部の一部地方ではこんな古い風習が残っている。お年玉を受け取って中身を確かめた後、そっくりそのまま相手に返すというものだ。こうすれば祝福を相手に伝えることができるだけでなく、経済的負担にもならない」と語る

叶教授又关于中国的红包形式介绍说「红包的金额根据地域而不同。贫困地区可能是1元左右,经济发达的沿海地带有时是数千元以上。另外,有不少红包带有贿赂的性质。通 常有求于人时送礼物对方很难接受、就出现了春节期间给对方孩子高额的红包的情况。像这样带有贿赂性质的红包,赠给方和接受方都能坦然接 受,这样的行为在过年期间很常见。但是,受中央政府提出的『八 项规定』『六项禁止』的 影响,今年以后像这样的现象会稍有减少」。
葉教授はまた中国のお年玉の形式について、「お年玉の額は地域によって違う。貧困地域では1元ほどかもしれず、経済が発達した沿海地域では数千元以上になる場合もある。また、賄賂に似た性質を持つお年玉も少なくない。通常時は贈答品を送りにくい相手に頼みごとをするため、春節中に相手の子供に高額のお年玉を贈るというケースがある。このような半分賄賂にも似たお年玉の受け渡しは、渡すほうも受け取るほうも平然と行っており、年越し期間中に良く見られる行為だ。ただ、中央政府が打ち出した『八項規定』、『六項禁令』の影響で、今年以降はこのような現象がやや減ると見られる」と語る。


朝日新聞・天声人語(2013年2月7日)
いささか品を欠くが、ガンをつけるなどと言う。ガンとは眼のこと。人の目を凝視するしぐさは、言いがかりの端緒ともなる。路地裏ならいざ知らず、公海上でガンをつけられるとは驚いた。
1)有一个稍欠高雅的词叫“仇视”。凝视别人眼睛的动作也可作为挑衅的开端。如果是在角落就罢了,公然在公海上被挑衅还真是令人吃惊。

日中がにらみ合う東シナ海。中国の軍艦が海上自衛隊の護衛艦やヘリコプターに、射撃用レーダーを照射したという。照射はミサイルなどを撃つ準備で、いわば殴る前の腕まくり。反撃されても文句の言えない愚挙だ。
1)说的是中日互相敌视的东海公海。据称中国的军舰用射击用雷达照射海上自卫队的护卫舰和直升机。照射是发射导弹前的准备工作,相当于开打前的卷袖子。这种情况被反击也是理所应当的,此举实为愚蠢。

尖閣近海では、わが領海を中国の公船が再々脅かし、海上保安庁や海自に気の抜けない任務を強いている。攻撃の前触れである「ガンつけ」は数分に及んだそうだ。艦上のストレス、いかばかりか。
1)在钓鱼岛近海海域,中国公船一而再再而三做出威胁我国领海的举动,让海上保安庁和海上自卫队不得不提高警惕。攻击前的敌视动作貌似长达几分钟。舰上之压可想而知。

安倍政権は、中国の横暴に忍の一字で応じてきた。それが面白くないのか、ちょっかいを無視された酔客よろしく、あちらはすごみの度を増している。総参謀部は「全軍、戦争の準備を」と煽(あお)りもした。
1)安倍政权对中国的蛮横一直忍耐至今。不知道是不是渐渐觉得自己的举动很无聊,像被无视了的醉汉一样,对方的挑衅愈演愈烈。总参谋部还煽动全军做好战争的准备。

にわかに膨らんだ中国海軍は、どうやら公海での作法に疎いらしい。北京の意を受けた挑発なら深刻、現場の暴走とすればなお怖い。高をくくっての嫌がらせは腹立たしいが、「なめんなよ」とにらみ返しては術中に陥る。先方の火遊びを世界に知らしめ、国際世論を味方につけたい。
1)立刻军心澎湃的中国海军似乎对公海上的规矩不太了解。在受到来自北京的指示后的挑衅会更上一层楼,若发展至随心所欲将会更可怕。虽说用藐视来故意激怒对方的做法很令人生气,但如果回一句“可别小看我们哦”则陷入了对方的圈套。我想让全世界都看到对方在玩火,让国际舆论站在我们这边的做法会更好。

大抵の戦争は言い争いの末、一発の銃声で始まる。一線に憂さ晴らしの底意があれば、偶発を装うこともできよう。権力の移行期にある中国政府はどこまで承知なのか。一触即発の海に、ゆがんだ英雄主義の蜃気楼(しんきろう)が揺れる。これを悪夢と呼ぶ。
1)大多数战争都是因为争吵,始于一声枪响。最前线要是有心消遣,完全有可能伪装成偶发事件。处在权力转交期的中国政府要放纵到什么程度?一触即发的海上,扭曲的英雄主义的海市蜃楼摇摇欲坠,可谓恶梦。


朝日新聞・天声人語(2013年2月4日)
中国で環境の問題を取材して「病む天地」と題する記事を書いたのは、かれこれ20年も前になる。経済発展の奔流がいよいよ急になった頃だが、すでに大都市や周縁では、空も河川も汚染にむしばまれていた。酸性雨が「空中鬼」と呼ばれるのもそのときに教わった。
1)大约20年前,就中国的环境问题以“生病的蓝天大地”为题撰写过报道。当时中国经济发展正值要进入突飞猛进的时期,大城市及其周边,不论天空还是江河都已受到污染的侵蚀。那时第一次知道酸性雨被称为“空中小鬼”。
2)距离上一次采访中国环境问题并发表报道《罹病的天与地》,已过去了将近20年。当时正是经济发展大踩油门的时候,但同时受其影响,大城市及其周边的天空、河流都饱受污染侵蚀。通过采访我才知道,酸雨被人们称为“天鬼”。
3)大约在20年前,我在中国就环境问题进行采访,写下了报道“病态天地”。当时经济突飞猛进的时期,但大城市和周边地区的空气、河流污染已非常严重。那时我第一次知道酸雨被称为“空中鬼”。

環境保護の担当者は、経済との「板挟み」を嘆いていた。たとえば石炭火力発電所に、先進国では当たり前の脱硫装置をつけたい。だが、それより発電施設の増強が優先される、と。以来これまで中国は「環境より経済」で突っ走ってきた。
1)环境保护的负责人常常哀叹“夹在经济与环保中间,左右为难”。例如想为煤炭火力发电站安装脱硫装置,尽管这一装置在发达国家是极为稀松平常的。但是得到的答复是,更要优先增强发电设施的配备。从此中国就在“先经济后环境”的道路上飞奔。
2)相关负责人感叹倍受环境保护与经济发展的“夹板”之苦。比如,发达国家的煤碳火力发电厂必须安装脱硫设备。但在中国,与脱硫设备相比,钱被优先用于强化发电设备。一直以来,中国就是这样“重经济、轻环境”地在发展路上大步奔跑。
3)环境保护负责人直感叹自己被夹在经济与环境中。例如,如果是发达国家,就会理所当然地想在煤炭火力发电所安装脱硫装置。但发展中国家就会优先考虑增强发电设施。那之后,中国就一直狂奔在“经济重于环境”的大道上。

その因果と言うべきか。伝えられる北京の大気汚染がすさまじい。子どもらは咳(せ)き込んで病院に詰めかけている。一説では、汚染のひどい日に北京に一日いると、たばこを21本吸うのに等しいという。
1)可以算作为因果报应吧。据说北京的大气污染极为严重,医院里挤满了治疗咳嗽的孩子们。还有传说说,污染严重的日子里在北京呆上一天,相当于吸21根香烟。
2)或许该说因果总有报。据传闻,北京的大气污染实在已经恶劣到了无以复加的程度。因咳嗽而来诊治的孩子已将医院挤得水泄不通。有人说,在污染严重的北京呆一天,等于吸21根香烟。
3)可谓因果相报,据报道北京的大气污染情况相当可怕。孩子们咳嗽不止全都挤到了医院里。有一种说法是,在污染最严重的时候在北京待一天,相当于抽21支烟。

北京駐在が2度目の同僚は、前回は帯同した妻と子が年中咳をしていた。それが帰国するとぴたりと止まった。いわゆる「北京咳」である。その同僚も、ここまでひどい空は初めて見るそうだ。マスクなど焼け石に水の感じだ、と不安がる。
1)有同事派驻在北京工作已是第二次,他第一次偕妻儿同行,妻儿整年都在咳嗽。但一回到日本咳嗽声戛然而止,这就是所谓的“北京咳”。这位同事说他第一次见到污染如此严重的天空,心中很是不安,戴上口罩之类的也不过是杯水车薪。
2)我的一位同事因工作曾两度长驻北京。前一次随同他同赴北京的妻子和儿子一年里咳个不停。可回日本后,咳嗽立刻停止。这就是所谓的“北京咳”了。据这位同事说,自己有生以来第一次见到如此糟糕的天空。每日惶惶不安,就算戴上口罩也难有安全之感。
3)第二次派驻北京的同事,第一次是与妻子和孩子一同住在北京,妻子和孩子咳了整整一年。归国之后立刻就痊愈了。那就是所谓的“北京咳”。同事说人生第一次看见那么可怕的天空,口罩什么的只是杯水车薪,感到非常不安。

経済発展に爆走する中国は、踊り続ける赤い靴をはいてしまったアンデルセン童話を思わせる。経済が「踊り」をやめれば、成長の果実を求める民衆の不満は噴出する。政府が一番恐れることらしい。
1)经济发展迅猛的中国,令人联想到安徒生童话中那双一直在跳舞的红靴子。经济如果停止“跳舞”,在追求经济发展带来实际利益的民众,会因不满产生强烈的反弹,这恐怕是政府最为担心的事情。
2)经济发展有如风驰电掣般的中国,让人联想到安徒生童话里永不停歇的红舞鞋。如果停下经济发展的“舞步”,寻求经济发展成果的民众的不满之情就会喷涌而出。这恐怕是政府最为担心的情况。
3)经济迅猛发展的中国令人想到安徒生童话中不小心穿上的不停跳舞的红舞鞋。经济若停止“跳舞”,渴望成长果实的民众的不满将喷薄而出。这是政府最害怕的事。

壊せば容易には戻らないのが自然環境であり、深刻な公害は人の命を無残に奪う。日本にも悔いがある。病んだ天地を癒やし、人命と人権を尊びたい。13億の国の舵取(かじと)りを、世界は見ている。
1)自然环境一旦被破坏是不可能轻易修复的。严重的公害更会无情夺去人的生命。日本在这方面有着深刻的教训。治愈生病的蓝天大地,尊重人的生命和权利。整个世界都在关注拥有13亿人口大国的总舵手如何执掌航向。
2)环境一旦遭到破坏就难以复原,严重的公害将无情的侵吞人们的生命。日本已有过惨痛教训。所有人都渴望能够治愈罹病的天地,让生命与人权得到应有的尊重。而全世界的目光都聚焦在13亿人口大国的掌舵人身上。
3)自然环境一旦遭到破坏便不易复原,严重的公害会无情地夺去人的生命。日本也尝过苦头。希望病态天地得以痊愈,人命人权得到应有的尊重。13亿人民的领导者,世界在看着你们。
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by officemei | 2013-02-21 15:19 | ■中国語
天声人语2013-01-21
命の重さは同じでも、悲しいかな、その量り方は一様でないらしい。アルジェリアの天然ガス施設へのテロ事件は、政府軍の性急な作戦により、日本人を含むとみられる人質20人以上が亡くなる惨事となった。企業戦士らの受難に言葉もない▼国情を知り尽くす会社でも、異国の辺境で働くからには危険がつきもの。商いとはいえ、現地に良かれとの思いが士気を支えてもいただろう。それぞれ息子で、夫で、父でもあった命が、乱暴に「外国人人質」とくくられ、砂漠に消えた▼約10カ国にまたがるサハラ砂漠は、アフリカの3分の1、中国ほどの広さがある。人類の知恵と根気を試すように、熱砂の下には豊かな資源が眠る。幸いの、そして、災いのもとである▼北アフリカから中東に及ぶ「アラブの春」。体制のタガが緩み、砂漠はテロリストの楽園と化しているそうだ。金づるは誘拐の身代金、麻薬や武器の密輸と聞く。イスラム武装組織の実体は、聖戦をかたる山賊といえる▼無法者に対するのは、基幹産業と威信を守りたい国家。冷たい歯車二つに巻き込まれた生身は、どうにも無力だ。人質を無視したかのような制圧劇は、人命より重いものがある国の現実を語る▼30人を超す武装勢力も殺された。同情の余地はないが、憎しみは彼らの肉親に受け継がれ、国境をまたいで報復の連鎖が始まろう。背景には深い貧困と、天然資源を民の幸せに生かせない失政がある。出口なき混迷に、サハラを渡る熱風のような焦燥が募る。
虽然生命之重是相同的,但衡量方法是否各异,悲哀呀。在针对阿尔及利亚的天然气设施发生的恐怖事件是因政府军的急躁作战演变成包括日本人在内的20人以上人质遇害惨案。 对企业战士们受的无以言表。
即使对国情非常了解的公司,既然在异国边境工作就伴随着危险。说是生意,或许靠自我感觉对当地情况良好的信念支撑着吧!各有孩子、丈夫、父亲的生命被残暴的统括为“外国人人质”消失在沙漠。
撒哈拉沙漠横跨大约10个国家,占非洲的三分之一、和中国面积差不多。似乎在考验人类的智慧和毅力, 热沙下面沉睡者丰富的资源。是万幸,也是祸根。
从北非以及到中东「阿拉伯之春」。体制的腐朽,沙漠好像已演变成了恐怖分子的乐园。听说生财之道是拐卖的赎金、毒品和走私武器。伊斯兰武装组织的实体冒充圣战、实则强盗。对于胡作非为者,国家想保护基础产业和威信。两者深陷冰冷的齿轮中,显得软弱无力。国家的现实好像无视人质生死的镇压闹剧是有比人命更加沉重的东西。
超过30人的武装势力也被杀害。虽不值得同情,但他们的亲人继承了憎恨,跨越国境的报复连锁开始了。背景是贫困潦倒和天然资源未能使民生幸福的恶政。没有出路的混乱正如撒哈拉吹过的热风一样越发焦躁。


天声人语2013-01-20
敗戦5日後、ソ連軍が南下する樺太から最後の引き揚げ船が出る。1500人がひしめく船内に、3人の子を連れた母がいた。船は稚内経由で小樽に向かう途中、魚雷で沈んだ。母親を船酔いにし、稚内で下船させたのは相撲の神様なのか。色白の末っ子は、名横綱大鵬になる▼納谷幸喜(なやこうき)さんが、72歳で亡くなった。母が生地の北海道から樺太に渡り、ウクライナ人と出会ったのも縁だろう。その父親とは戦中に離別、少年時代は道内を転々とし、重労働で家を支えた▼大量の薪を割り、ツルハシで道を直し、スコップで砂利をすくう。険しい山に苗木を植え、柄が背丈ほどある鎌で下草を刈った。腰を入れて体全体で鎌をひねる動作は、得意技のすくい投げにつながる▼32回の優勝は別格だ。ライバル柏戸の剛に対して柔、自在な取り口で受けて強かった。対戦相手は「柏戸は壁にぶつかる感じ、大鵬は壁に吸い込まれる感じ」と振り返る。その姿、その所作、静止画にたえる横綱だった▼子どもが好きなものを並べて「巨人、大鵬、卵焼き」と言われた全盛期、巨人と一緒は面白くなかったらしい。「有望選手を集めれば勝つのが当たり前。こっちは裸一貫なのに」と。晩年、若手の没個性や、稽古量の乏しさをよく嘆いた。「日本は豊かになりすぎた」▼貴乃花が土俵を降りて、きょうで10年になる。大鵬、貴乃花、白鵬。美しく強い綱の系譜はまだ伸びるのだろうか。相撲を取らずとも、ただ見とれていたい力士が少なくなった。
战败5日后,最后一班撤回侨民的船从苏联军南下的库页岛起航。塞满1500人的船舱里,有一位带着三个孩子的母亲。船只在经由稚内驶向小樽的途中遭遇鱼雷沉没。仿佛是受到相扑之神的眷顾,母亲因晕船在稚内就下了船而逃过了生死劫,当年那个最小的皮肤白白的孩子便是后来的名横纲大鹏。
纳谷幸喜72岁去世。母亲从出生地北海道去往库页岛,与乌克兰人的相遇或许是冥冥之中注定。他与父亲在战争中离别,少年时代辗转道内各地,为了家计而从事过各种重体力劳动。
劈过大把的柴、挥镐修路、用铲子铲沙石、在陡峭的山间栽种树苗,用差不多和自己一样高的镰刀除草。稳住腰部运用全身力量挥舞镰刀的动作为之后的绝招“插手抱背捞起摔”奠定了坚实的基础。
32场的胜利史无前例。相对于对手柏户的刚,大鹏的柔与自如的技巧是其强大的实力所在。与之交手过的对手们回顾称“跟柏户交手就像撞上墙壁一样,而跟大鹏交手就仿佛被吸到墙壁上一样”。这就是姿态动作堪比静态画的横纲。
在孩子们最喜爱的事物为“巨人(棒球的巨人队)、大鹏、鸡蛋卷”的全盛时期,大鹏似乎对自己被拿来跟巨人相提并论不是很高兴。他说“棒球是一个只要集结优秀选手便能赢的运动,而相扑可是自始至终单枪匹马裸体上阵啊”。晚年时他还常感叹年轻选手的缺乏个性和训练不足,“日本变得过于丰富了”。
贵乃花离开相扑台到今天为止已有10年。大鹏、贵乃花、白鹏。美好强大的横纲系谱还会开枝散叶下去么?就算不说胜负,就是想看的力士已经越来越少了。


天声人语2013-01-14
年を重ねると、月日の流れがどんどん速くなる。楽しい時が駆け足なのは常としても、退屈な時間まで大股である。物の本によれば「心の時計」のせいらしい▼子どもには未知の行事や出来事が次々と訪れ、心の時は細かく刻まれる。だから時間がゆっくり進むように感じる。大人になると胸躍るイベントが減り、加齢で代謝も鈍り、心の時計は緩慢になる。つまり実際の時の流れを速く感じる、というわけだ▼新成人はどんな時を刻んできたのだろう。生を受けた1992年度は、バブル後の不況が鮮明になる時期。ゆったり流れた「子ども時間」は、世に言う「失われた20年」に重なる。その不遇を、彼らは負担増として実感するのかもしれない▼「大人になるということは、歴史と出会うこと。歴史に出会うとは、社会を見いだすことでもある」。そう説くのは、社会学者の佐藤健二さんだ。過去を感じ直し、現在を位置づけ直し、未来を選び直す。自分がどんな歴史に織り込まれているのかを問う営みだという▼20歳の救いは、未来を選び直せることである。衆院選で初の一票を投じた人もいよう。夏の参院選では皆が投票できる。進んで社会と関わり、もの言う大人になってほしい▼失われた歳月を経て、国の借金は1千兆円に迫る。あずかり知らない重荷を背負わせるのは忍びないが、新成人は引き換えに、自らの暮らし向きや国の将来を左右する権利を手にする。その使いよう一つで、「大人時間」はいくらでも密になる。
随着年龄的增长,岁月的流逝变得越来越快。快乐的时光在狂奔就算了,连无聊的时光也开始大踏步走。好像这是受到某本著作里说的“内心时钟”的影响所致。
孩子会不断经历未知、遭遇偶然,内心时钟的刻画会更细碎,因此会觉得时间过得很慢。而变成大人后,令人心动的事物变少,年龄的增大让代谢变慢,内心时钟也随之变慢。也就是说会其实会感觉到实际的时光流逝变快了。
新成人(指参加今年成人典礼的人)们又经历了怎样的岁月呢?1992年出生的他们正好赶上当时泡沫经济后的严重不景气时期。本该闲适“童年时光”却变成了社会上所说的“遗失的20年”。这样的时运不济或许会让他们感受到很大的压力。
社会学家佐藤健二说“变成大人意味着与历史相遇。与历史相遇也就是看透社会”。长大,就是一个重新感知过去、重新定位现在、重新选择未来,审视自己便编织进怎样的历史中去的过程。
20岁的幸运在于可以重新选择未来。有的人在众议院选举中投出了人生的第一票。待到夏天的参议院选举时大家都可以投票了。希望他们不断地长大,走进社会,成为可以话事的大人。
经历了遗失的岁月,国债紧逼1千兆日元。虽说不忍心看到他们被迫背上莫名其妙的重担,但换个角度想,新成人同时也拥有了能够左右自己的生活走向和国家未来的权力。好好利用则会享受到绵密无尽的“大人时间”。


天声人语2013-01-13
小学5年、いや6年か、小遣い銭で初めて買ったレコードがザ・タイガースの「銀河のロマンス/花の首飾り」だった。聴き込んだので、今も詞が出てくる。その何倍も夢中になった元少女たちは、吉報にときめいたことだろう▼昭和40年代前半、グループサウンズ人気の頂点にいたこの5人組が、デビュー時の顔ぶれで再結成されるそうだ。ジュリーこと沢田研二さん(64)が、ソロの舞台で「全員の気持ちがやっと一つになりました」と発表した。12月に東京などで公演する▼日本武道館での解散コンサートから42年、芸能界から最も遠くにいたのが、ドラム担当のピーこと瞳みのるさん(66)だ。故郷の京都で定時制高校に復学、慶大に進んで中国文学を学び、慶応高で漢文などを教えた。復帰の誘いには背を向けてきた▼「かつての名前に頼った再結成では意味がない。メンバーのその後を加えて未来に発信すべきだ」と自著にある。同世代に元気を、上下には刺激を届けたいと、日中両語で「老虎再来」なる歌も作った▼「シーサイド・バウンド」「モナリザの微笑(ほほえみ)」「君だけに愛を」。ヒット曲を聴き直せば、日本が若かった頃の息吹が耳元に満ちる。こちらも青かった▼ホテルなどで団塊世代の同窓会が盛んと聞く。学年名簿に故の字が交じる60代である。戦後の起伏を越えてきた身を労(ねぎら)い合い、倒れた友をしのぶ時か。振り返って、また前を向く。この世代の青春は、幸いにも和洋ポップスの黄金期。応援歌には事欠かない。
在我小学5年级还是6年级的时候,用零用钱买的第一张唱片是THE TIGERS(日本的老虎乐队)的《银河的罗曼史/花的项链》。听了无数遍,如今仍记得歌词。以下的这个消息应该会让曾经那些痴迷的少女们心花怒放吧。
昭和40年代前半期达到人气顶峰的五人乐队Group Sounds(GS),据说将以出道时的原班人马复出。Julie也就是泽田研二(64岁)在个人舞台上宣布“全员终于一条心了”。12月他们将会在东京等地举行公演。
日本武道馆的解散演唱会以来的这42年里,离娱乐圈最远的要属鼓手Pee也就是瞳实(66岁)。解散后他重新进入故乡京都的定时制高中(非全日制,专门为一边工作一边读书的人开办的高中)学习,之后进入庆应大学学习中国文学,毕业后在庆应高中教授汉文。他一直拒绝着乐队的复出邀约。
他在自己的著作中写“依靠曾经的名声的重组是没有意义的。我们应该带着各自的收获向未来进发”他还用日中两国语言创作了歌曲《老虎再来》,想以此给同代人打气,给上下两代人以激励。
《Seaside Bound》、《蒙娜丽莎的微笑》、《只爱你》,重听这些热门歌曲,耳中便会溢满日本年轻时的气息,也会想起自己的青涩时光。
听说如今在酒店举办的人口稠密一代的同学会很盛行。当年的年级名册上的很多名字都已故去,年过花甲的,经历过战后起伏的人们互相慰劳缅怀已故好友。回忆,然后前进。这个时代的青春也可以说是幸运的日西流行歌曲的黄金期,助威打气的歌可是数不胜数。


天声人语2013-01-09
言論の自由を欠いたままでは、中国は大国になっても成熟できまい。民衆の口を封じるのは川を止めるより危険。いずれ不満が高じてあふれ出すからだが、政府が省みるべきそんな古言も、中国にはある。
如果缺乏言论自由,中国再怎么发展成为大国也不会成熟。中国有句古话“防民之口甚于防川”,民众的不满总有一天会高涨至溢出,政府当反思。

天声人语2013-01-04
同じことを見聞きしても、人によってまるで違うとらえ方をする。そんな愉快な作り話がある。ある企業が発展途上の地に靴の輸出を計画し、市場調査のために社員2人を派遣した。1人は「まったく見込みがありません。住民はだれも靴を履きません」と報告してきた▼もう1人はこう言ってきた。「無限の見込みがあります。住民はまだ誰も靴を持っていません」。『笑いのこころユーモアのセンス』(岩波書店)から拝借した話だが、2人が部下ならあなたはどちらを買うだろう▼市場調査に冷徹な分析は欠かせない。しかし後者の、悪くいえば能天気、良く言えば前向き思考は捨てがたい。今の日本に欲しいのは後者のような元気者では、などと思ってみる▼今年は巳(み)年。吠(ほ)える虎、跳ねる兎(うさぎ)、天翔(あまがけ)る竜、と続いたのに比べると、地を這(は)う蛇はいささか地味だ。届いた年賀状には「脱皮」を願う書き込みがいくつかあった。閉塞(へいそく)感から脱皮し、ひと皮むけて自分を高めるには、マイナス思考ではおぼつかない▼どこで聞いたか、おめでたい笑話を思い出す。「お前、ダイコン足だなあ」「あら、そんなに白い。うれしいな」。「それじゃゴボウ足だ」「ほんと。そんなにほっそりして長い?」。破格のおおらかさがいい▼今日が仕事始めで、休み明けの重い腰を上げる人もおられよう。視界は不良でも、ものごとを良い方に、明るい方にとらえる「力」をお互い鍛えたいものだ。笑みと活気と前向きを、この一年の道連れとして。
对待同一件事,不同的人有不同的见解。有一泽好玩的故事说是某企业计划向发展中国家出口鞋子,派了两名职员去当地进行市场调查。其中一个人报告说“完全看不到希望,当地居民没一个人穿鞋”。
而另一个人却说“此地有无限希望。居民们还没有一个人有鞋穿”引自《娱乐心幽默感》(岩波书店出版)。如果有这样两个部下,你会选谁呢?
市场调查时,冷静透彻的分析不可或缺。后者如果说难听点是轻浮,说好听点是正面思考,也很难不选。我想现在日本正是需要像后者这样充满正能量的人。
今年是蛇年。比起猛虎、跳兔和飞龙,接下来这在地上爬的蛇则透着些许朴实的味道。收到的贺年卡上很多人的愿望是“脱皮”。要想脱掉“闭塞感”这层皮,提高自己,就不得有负面思考。
我想起一则不知道在哪里听过的笑话。“你的腿真像萝卜啊”“哇呜!有这么白吗?好开心哦”“那就像牛蒡”“真的吗?有那么细长吗?”。这种不合常规的大气量真不错。
今天是工作第一天,也有人一扫刚收假回来的倦怠整装待发。就算环境不尽人意,也要尽量把事情往好处、亮处想,希望我们能互相培养这种正能量,愿今年笑容、活力和积极向上的心常伴我们左右。


天声人语2013-01-01
大晦日(おおみそか)の深夜から元日の早朝にかけて、時間の流れは魔法のようだ。さっきまでざわついていた年の瀬の空気が、数時間眠って目覚めれば、静かにひきしまっている。年あらたまる和やかな朝は、いくつ歳(とし)を重ねてもありがたい▼思えば暮れから新春への10日間ばかり、私たちは毎年、不思議な時空を通り抜ける。師走の25日まで、街はクリスマス一色に染まる。それが、あくる日からは、ものの見事に迎春モードに一変する▼ゆうべの除夜の鐘で百八煩悩を消し去って、きょうは神社で清々(すがすが)しく柏手(かしわで)を打つ。キリスト教に始まって仏教から神道へ。いつもの流れに身をゆだね、この国の年は暮れ、年は明ける▼日本海側は大雪の正月になった。三が日に降る雪や雨を「御降(おさがり)」と言う。めでたい日の生憎(あいにく)の空模様を、ご先祖は天からの授かりものとして美しく言い換えてきた。言葉に宿る霊力が幸をもたらすと信じた民族ならではだろう▼そんな「言霊(ことだま)の幸(さきわ)う国」は3種の文字を持ち、ゆえに三つの幸福がある。「幸せ」と「しあわせ」と「シアワセ」は同じようで微妙に違う。たとえるなら、「シアワセ」は冷えた五臓に熱燗(あつかん)の一杯がじんわり広がるとき。「しあわせ」は赤ちゃんの寝顔に見入る父さん母さん、といったところ▼「幸せ」は人生航路の順風だろうか、漢字は構えが広い印象になる。一族再会、おみくじの大吉、雑煮の湯気……何でもいい、年の初めの幸を喜び、気分新たに歩み出したい。混迷の世であればこそ、なお。
从除夕的深夜到元旦的早晨,时间的流淌仿佛被施了魔法一般。上一秒还在吵嚷的岁末空气,睡上几个小时睁开眼,便安静下来。尽管又长了一岁,辞旧迎新的安静祥和的早晨仍叫人感激。
想想看,每年从年末到新春的十来天里,我们都会经历一次不可思议的时空穿梭。12月25日之前,大街小巷被圣诞气氛填满,26日开始就非常漂亮地一转成为迎春景象。
昨晚除夕夜的钟声消去一百零八种烦恼,今日神社神清气爽击掌合十拜神明。从基督教到佛教再到神道 ,把自己交给这熟悉的流程,辞去旧岁,迎来新年。
日本海那边则迎来了大雪的正月。人们把元旦三天下的雪或雨叫做“天赐”。祖先把在值得庆贺的日子里出现的坏天气当做是老天爷的恩赐。只有相信辞藻中的神力会给人带来幸福的民族才能有这样的胸怀。
这个“因词藻的神奇力量而走运的国家(日本)”有三种文字。也就是说有三种幸福。打个比方,“幸せ(幸福的汉字写法)”、“しあわせ(幸福的平假名写法)”和“シアワセ(幸福的片假名写法)”虽说是一个词,却让人感觉有微妙的不同。“シアワ セ”好比寒冷彻骨时来上一杯热清酒。“しあわせ”则好似一直注视着婴儿睡颜的父亲母亲。
“幸せ”给人以仕途平坦,人生航路一帆风顺的感觉。一家团聚、大吉签、正月煮年糕的热气……什么都可以,希望我们能尽情感受开年的喜悦,以焕然一新的心态踏上新的征程。在如今这个混乱迷惘的时代就更要如此。

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by officemei | 2013-01-21 00:01 | ■中国語
司馬遼太郎の街道をゆくシリーズ「中国・江南のみち」に急須の話が出てくる。
因みに急須は中国語で「茶壺(chahu)」と言う。
では古い時代の中国語では茶壺のことを急須と言ったのだろうか、答えはどうやらNOだそうだ。
司馬先生はこう仰っている。
「急ぎ須(用)いる、という言葉から考えて、長崎に入港する浙江船や福建船の船乗りが、不自由な船上生活のなかで、簡単に茶を煎れる道具として、この名称のものを用いていたのではないか。それを長崎のひとたちが見ていて家庭で用いるようになり、やがて全国にひろまった」

一方、日本語の急須について。
司馬先生が幼少の頃には京・大阪では「きびしょ」、広島あたりでは「きびしょう」と呼んでいたらしい。
念のため「きびしょ」で検索すると、関東・中越・四国・九州などの一部地域でも急須のことをこのように呼ぶらしい。

「上方語源辞典」のきびしょの項に、急須は「急焼」という漢字を当てるのが正しいとあり、福建音キビシャオの訛りとあるそうだ。
急須という字は中国の標準語ではjixuと発音するが福建音ではkip-suと発音する。
ということは、江戸時代に長崎にやってきた唐船(清国船)の船員(福建籍)たちが急須をkip-su・・・キュース、急焼をキビシャオと言っていたのが日本にそのまま伝わったと考えられる。

又、諸橋「大漢和辞典」の急焼の項には、晩唐、李商隠の詩に、酒を燗する道具として示されており、更に江戸中期の伊藤竜洲という儒者の書に、「呉人、酒を温める器を呼んで、急須と為す。急須とは、その急に応じて用ふるや」ともあるそうだ。

となれば、船員が酒を燗する道具を日本人が茶に応用したのか、或いは本来酒を燗する道具で船員が茶を淹れたのか、いづれにしても急須(きゅうす)といい急焼(きびしょ)といい、日本人の生活に根付く言葉のルーツがそもそも福建音であったことは、新鮮な驚きだった。


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by officemei | 2011-07-08 00:27 | ■中国語
ここ数年、上海語は実生活で覚える以外にいくつかの教材に目を通したが、この会話テキストがまだしも覚えやすいように感じる。


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by officemei | 2011-03-05 21:20 | ■中国語
中国東北訛りの中国語を流暢に話す愛ちゃんです。

福原愛(2006年2月12日);
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by officemei | 2011-03-04 00:57 | ■中国語
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by officemei | 2010-09-10 01:36 | ■中国語
中国語を学び始めて既に40年、今でも日本語を中国語に訳す時は骨が折れる。
ネイティブと何度も推敲を重ねないと中国語の文章として出版までには至らない。
母語ではない言語で文章が書けるということは、母語ではない言語で話すことよりも数百倍難しいことなのだ。

彼も出版に際してはネイティブのチェックを受けているのだろうか、もしそうではないとすれば本当にすごいことだ。

彼とは、弱冠26歳の加藤嘉一君(北京大学大学院生)のことだ。

今、中国のメディアで「加藤現象」が起きている。
去年1年間に掲載されたコラム200本、訳著や対談集を含めた出版物が3冊、いづれも中国語だ。更にTV出演や雑誌の取材は300件以上、これもすべて中国語だ。
彼はいったいどんな人物なのか、それを知る上で手掛かりになりそうな新著が今回中国で出版された。彼の四作目だ。
「从伊豆到北京有多远」(江蘇文芸出版社)という書名からもわかるように自伝風の内容になっている。
中国語がまったくできない18歳の若者が、伊豆からはるばる北京までやってきたのは何故なのか、その北京で何を体験し、何を感じたのかが記されている。
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Who's 加藤嘉一?
加藤嘉一的10种面孔
一、加藤嘉一的英文名是Kato Yoshikazu,1984年出生,日本伊豆人。
二、加藤嘉一是北京大学的学生。作为日本公派留学生在国际关系学院就读本科,将继续读硕士研究生。获2006年留学生学习优秀奖本科生奖。曾经担任过北京大学日本人协会会长,现任顾问。
三、加藤嘉一在2003年“非典”高峰时来到中国。当着陆到北京机场时,一句中文都不会,一个中国朋友都没有,一分人民币都没有的“三无”状态。从“零”开始北京生活。
四、加藤嘉一是制作人、策划人、主持人。他曾经参加过70多个国际、中日文化交流活动、学术研讨会等;如东京大学-北京大学“京论坛”、中国人民网-日本一桥大学“中日产学论坛”、人民网“强国论坛”、日本国际交流基金“留华网”、东京女孩展演(Tokyo Girls Collection)等。
五、加藤嘉一是媒体评论员、专栏作者。他曾经参加过100多个中外媒体活动,接受过300以上采访;如凤凰卫视《全球连线》、《华闻大直播》、《文道非常道》、中央电视台CCTV9《DIALOUGE》、CCTV新闻《新闻调查》、《实话实说》、 CCTV2《对话》、CCTV4 《同乐五洲》、北京电视台《国际双行线》、日本NHK、北京卫视共同制作“加藤的纪录片”《纪实天下》、中国国际广播电台《CRI会客厅》、《People in the Know》、搜狐直播室、博客中国访谈、千龙网《网上大讲堂》;瞭望东方周刊《东游记》、南方周末、《vista看天下》南都周刊、法制晚报《老外说事》、环球时报、奥运盛典、中日传播网、英国金融时报、日本媒体NHK、周刊『东洋经济』、朝日新闻『AERA』、『论座』、共同网『My Opinion』等。他是中日关系、中日交流的热衷观察家、参与者。
六、加藤嘉一是图书作者。他曾经出版过《七日谈-来自民间的中日对话录》(合著、新华出版社、 2007年8月);『产学联合之路-中日产学论坛』(编委、论文作者、海洋出版社、2006年9月)。《红楼飞雪-海外校友情忆北大 1947-2008》(作者、北京大学出版社、2008年4月)《以谁为师》(作者、2009年6月)
七、加藤嘉一是同声传译者。他能流利使用日文、中文、英文三种语言,曾经在学术研讨会、国际论坛、商谈、文化娱乐活动等多种平台担任过同传或交传的角色,其经历100以上。比如,北京-东京论坛。
八、加藤嘉一是中国人民大学附属中学的日语教师。
九、加藤嘉一在日本初中、高中时从事专业长跑运动员,参加过全国大赛。
十、加藤嘉一是谈判者。他曾经在政治、经济、商业、文化、艺术、学术、娱乐、体育等各种国际场合扮演谈判者的角色,发挥语言、协调、沟通之优势,使得利益相关者的利益、愿望最大化。
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by officemei | 2010-07-28 00:49 | ■中国語
「讨说法」という中国語。
辞書が手元に無いのでニュアンスで言うと、説明を求める、物申す、抗議する、といった内容。
いやむしろ中国全土で起こっている怨嗟の声を表わすことばと言える。
官尊民卑、組織の横暴に対する一個人、一般市民の怒り。

例えば、このような情景;
山西问题疫苗:家长讨说法省卫生厅避而不见
例えば、こんなのも;


例えば、学校当局に対する学生の抗議文も;
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by officemei | 2010-03-23 00:36 | ■中国語
寺、庙、祠、观、庵的各自由来和不同意义;
人们常常会看到寺、庙、祠、观、庵等建筑。
有些人把这些建筑物统称为宗教建筑,这是错误的。
又比如俗话讲“跑得了和尚跑不了庙”,其实这也是错的,和尚并不住在庙里。那么,寺、庙、祠、观、庵有什么区别呢?

寺:《说文》云,“廷也”,即指宫廷的侍卫人员,以后寺人的官署亦即称之为“寺”,如“大理寺”、“太常寺”等。
大理寺是中央的审判机关,太常寺则为掌管宗庙礼仪的部门。
西汉建立“三公九卿”制,三公的官署称为“府”,九卿的官署称之“寺”,即所谓的“三府九寺”。
汉代,九卿中有鸿胪卿,职掌布达皇命,应对宾客,其官署即“鸿胪寺”,大致相当于后来的礼宾司。
相传东汉明帝时,天竺僧人以白马驮经东来,最初住在洛阳“鸿胪寺”。
后来鸿胪寺改建,取名“白马寺”。
于是寺就成了僧人住所的通称。梵语中,“寺”叫僧伽蓝摩,意思是“僧众所住的园林。”隋唐以后,寺作为官署越来越少,而逐步成为中国佛教建筑的专用名词。

庙:古代本是供祀祖宗的地方。古代对庙的规模有严格的等级限制。
《礼记》中说:“天子七庙,卿五庙,大夫三庙,士一庙。”“太庙”是帝王的祖庙,其他凡有官爵的人,也可按制建立“家庙”。
汉代以后,庙逐渐与原始的神社(土地庙)混在一起,蜕变为阴曹地府控辖江山河渎、地望城池之神社。
“人死曰鬼”,庙作为祭鬼神的场所,还常用来敕封、追谥文人武士,如文庙——孔子庙,武庙——关羽庙。

祠:是为纪念伟人名士而修建的供舍(相当于纪念堂)。
这点与庙有些相似,因此也常常把同族子孙祭祀祖先的处所叫“祠堂”。
祠堂最早出现于汉代,据《汉书•循吏传》记载,“文翁终于蜀,吏民为立祠堂。及时(指诞辰和忌日)祭礼不绝。”东汉末,社会上兴起建祠抬高家族门第之风,甚至活人也为自己修建“生祠”。由此,祀堂日渐增多。

观:《释名》云:“观者,于上观望也”。观就是古代天文学家观察星象的“天文观察台”。
史载汉武帝在甘泉造“延寿观”,以后,建“观”迎仙蔚然成风。
据传,最早住进皇家“观”中的道士是汉朝的汪仲都。
他因治好汉元帝顽疾而被引进皇宫内的“昆明观”。
从此,道教徒感激皇恩,把道教建筑称之为“观”。

庵:古时是一种小草屋,即所谓“结草为庵”。
旧时文人的书斋亦称“庵”,如“老学庵”、“影梅庵”。
汉以后建了一些专供佛徒尼姑居住的庵堂,于是“庵”也就成了佛教女子出家行佛事的专用建筑名称了。

寺、庙、祠、观、庵各有区别,不能混淆。
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by officemei | 2010-02-05 02:48 | ■中国語