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モンゴル語に“アルタン”という単語がある。
意味は“黄金”だそうだ。
従ってアルタイ山脈は黄金の埋まる山脈ということらしい。
同じウラル・アルタイ語系に属する満州語の“アイシン”という言葉も“黄金”を意味し、清朝皇帝の姓“愛新覚羅”の“愛新”はその黄金を冠している。清朝にあっては皇族の臣籍降下により、愛新覚羅氏から金姓に変ったらしい。

さて、モンゴル語・満州語・韓国語(朝鮮語)・日本語などは、これまでアルタイ諸語族に分類されていたが、最近では否定論も聞かれるらしい。
共通点は「膠着語」というところにある。

日本語では、“テニヲハ”といった助詞を膠(ニカワ)のように単語に貼り付けていく。
このような形態を「膠着語」といい、仲間はウラル・アルタイ語族と呼ばれる。
フィンランド語・ハンガリー語・トルコ語・モンゴル語・満州語・韓国(朝鮮)語・日本語などごく少数。

私は仕事の関係上、蒙族や満州族、韓国人の留学生と接することが多いが、人によって差はあるものの、明らかに中国人よりも日本語習得時間は速いと感じる。
これは同じ「膠着語」だから理解度や応用に向いているからだと思われる。

アルタイ山脈はシベリアの西からモンゴルに至る。
はるか昔、この地からアルタイ語族は旅をした・・・

我々日本人のルーツは特定できないが、言語のもとはこの「膠着語」にあるのだから、北方の族人が主流だったことは間違いないだろう。
その後、華南(中国南方)や南洋(ポリネシア)の族人が渡来し混血を重ね今日に至ったと考えるのが妥当と思う。

さて、同じ語族の言語を習得するのと、異なる語族の言語を習得するのでは、使用する脳細胞の部位が違うように思える。

我々日本人は語族的にマイナリティであることが返す返すも残念だ。
日本語のもつ繊細さ、多様さが日本文化の華だとしても・・・


確かに、日本語の語順はまったくもって複雑だ。

最後まで聞かないと、肯定か否定かわからない。
「・・・と言えないこともなくはないのではないでしょうか」
などと止めることさえできる。
特に、政治家や役人の答弁は過程ばかりやたら長く、最後の結論が肯定か否定か、わざと曖昧にされる傾向がある。

このような日本語を、同時通訳で日本語に訳すのは至難のわざだ。

日本語では否定詞を含めて、一番重要な結論は文末に来る。

藤原定歌の「見渡せば花ももみじもなかりけり浦のとまやの秋の夕暮れ」


日本人は「見渡せば花ももみじも・・・」まで読むと、心の中で色鮮やかな春の桜・秋の紅葉を思い浮かべる。

その直後「なかりけり」と打ち消されても、花や紅葉の残像は心の中に美しく残る。残像であるがゆえに、現実の光景よりむしろ輝いてさえ見える。

日本人の美学では、かなわなかった夢や恋は、実現した夢や恋よりも純粋に美しい。

結果よりも過程。満開の桜よりも、散る桜。これが日本人の美意識である。


中国語の語順は英語と似ている。
否定詞も含めて、結論部分は文の初めに来る。
そのため、過程の部分の印象がどうしても薄れてしまう。

「見渡せば花ももみじもなかりけり」を中国語に訳すと「向周圍一看﹐沒有花﹐也沒有紅葉」となる。つまり「ない、花。 も、ない、紅葉」という語順になる。

「何も無い」という強烈なイメージが最初に焼き付いてしまう。


といった内容が最近読んだ「貝と羊の中国人」(加藤徹著)に載っていた。

つまりは日中両国語の語順からくる感性の違い。
抽象と直截、過程と結論・・・

なるほど。確かに、当っている。
当ってるように思える。
当っているように思えなくもない。
ん?
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by officemei | 2008-02-20 06:01 | ■中国語
古来より漢字を取り入れてきた日本語には、中国歴代のその折々の言葉が今でも残っているが、夫或いは妻の呼称もまた然り。良人や家内等々。
では、中国ではどのような呼称の変遷があったのか、関連記事を参照。
妻子对丈夫的称呼
「良人」
古时叫丈夫“良人”,从中我们不难看到古代丈夫们光辉高大的形象,估计那时的男人们是说有贪污腐败,泡小蜜的吧。
古诗里就有“妾家高楼连苑起,良人持戟明光里”。
“良人”一词显示不出男女性别,妻子称自己的丈夫为“良人”,丈夫称自己的妻子亦为“良人”。
从这儿可以看出当时男女地位大抵还是比较平等的,但这种不加区别也给夫妻间称呼带来很多不便。

「郎」
所以再后来就根据“说文解字”,在“良”字音义上加以区别,在“良”右边加“阝”,变成“郎” ,在“良”左边加“女”,衍成“娘”。
“郎”就代表丈夫了李白有“郎骑竹马来,绕床弄青梅“,义山诗有“刘郎已恨蓬山远,又隔蓬山一万丛”,花间词中有“问郎花好侬颜好”。

「郎君」
但单音节词似乎太甜腻了,大约除了个别那时的“小甜甜”,如郑袖,钩弋之流,众多良家妇女们在人前还是羞于叫出口。
于是就在前头或尾后加一个字变双音词,即“郎”字后面加一个“君”字,在“娘”字后面加一个“子”字,成了表示亲昵的“郎君”,“娘子”。(注:起先,“娘子”一词仅用青春妙龄的少女。大约到了唐代就成了妻子的称呼)妻子称丈夫为“郎君”,是对丈夫的雅称,丈夫称妻子为“娘子”,是对妻子的爱称。

「官人」
官人,宋代,是南北文化交流的时代。在夫妻间的称呼上,也是称谓较多的朝代。宫延中,出现了“官家”一词,平民百姓中,有了“官人”这一称谓。
有的妻子称自己的丈夫为“官人”。至今,民间仍对新婚夫妻戏称为“新郎官”、“新娘子”。最知名的代表人物就是西门大官人。
从这个称呼也可看出随着宋代理学的兴盛,男人的家庭地位也上了一个新台阶啊。官当人是管人嘛,那家里的官人当然就是管家里的老婆了哦。

「老爷」
老爷,仅限于官宦人家对老公的称呼。其在家中的尊贵地位不言而喻。

「外人,外子」
在宋代,妻子也有称自己的丈夫“外人”的,再文雅点的就叫称做“外子”,丈夫则称自己的妻子的除“娘子”外,还称“内人”。
在别人面前,对妻子的谦称还有“贱内”、“家内”,这都是那时的小资和伪小资们最喜欢喜欢的叫法了。

相公」
看过京剧,越剧,黄梅戏的话,你一定会对里面不时就有的,拉长了声音的一声娇呼“相——公——”,印象深刻。
也可见这个称呼古时之流行。
这比“官人”又进了一步,已经不仅是“官”,而且是最高的官“相”了。
若不是怕犯皇上大人的讳,众老婆们最后怕是要叫“皇公”了的哦!
男人的家庭地位由此达到极盛。然而泰极否来,近代以来,随着妇女解放运动的愈演愈烈。男人的地位也是每况愈下,从对丈夫的称呼中也可明显看出。

「先生」
“先生”,近代以来,也称“丈夫”为先生.有本意,有引申意,也有通假意。
有特指,也有泛指。就其本意而言,古代“父兄”、“道士”这两重意思已不多用。而其最基本的含义似乎还是“老师”。《辞海》“先生”目下载:“《礼记•曲礼上》:‘从于先生,不越路而与人言。’也引申为对年长有德业者的敬称。
有时,也泛用为对人的敬称。”由此可见,这一称谓,除指某些特定身份,如丈夫等对象之外,是隐含着职业、年龄方面的因素的。
换言之,所谓先生,主要指有一定学识而又年庚较高的人。
用先生指代丈夫,文雅而又带有仰慕尊崇的意思。
从中尤可见男性的尊严。
至今在海外华人中和港台地区还在广泛使用。

「爱人」
“爱人“这一称谓最早见于新文学作品之中。
上世纪20年代初郭沫若写的诗剧《湘累》中,就有“九嶷山的白云哟,有聚有消,洞庭湖的流水哟,有汐有潮。我的爱人哟,你什么时候回来哟。“在小说中、情书中,更是多见。但那时没有被广泛地用于对妻子或丈夫的称呼。
30年代末或40年代初,解放区一些受新文化运动熏陶的知识分子开始用“爱人”这一称谓。
新中国成立后提倡男女平等,不再使用如“屋里的”、“做饭的”等有歧视色彩的称谓,而解放前在国统区使用的“先生”、“太太”、“小姐”,又显出“资产阶级”的色彩。于是“爱人”便被广泛地使用起来。
但是,海外华人拒绝使用“爱人”称谓。一位朋友说,他去英国留学,每当他说起自己的妻子时,使用国内的称呼“我爱人”,使得人家以为他在谈论“情人”.因其直译lover就是“情人”的意思。而且在日语中汉字“爱人”也是指“情人”。

「男人」
男人,这是最有归属感的叫法。通常必须加上定语,谓之“我男人”。
可惜仅见于通常极具团队精神的乡下女人口中。

「我们家那口子」
带有一种隐秘的亲热味道!
但其中已无尊敬的意思。

「孩子他爸」
最隐蔽,委婉的叫法。
但在目前这么个纷繁复杂的时代,这个称呼太缺乏准确性了,极不严谨。
要知道她孩子的爸极可能并不是她老公的哦。

「老板或领导」
现在全国到处都叫老板,连由的研究生叫自己的导师都曰“老板”,就是这么烂的称呼,丈夫们享用的机会都不多,更多的时候倒是称自己的老婆做老板和领导的。

「老公」
老公,最后来说说这个目前最流行的叫法。
老公这词最初却就是太监。
这宦官吧,古代官名称为寺人、黄门、貂珰。尊称内官、内臣、中官、中贵,卑称内竖、阉宦、太监、阉人。民间则俗称老公,李自成进北京后,即有“打老公”一说(枣林杂俎)。如是看来,老公最早的身份,原是太监。
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by officemei | 2007-11-04 18:18 | ■中国語
~2003年3月、人民中国に掲載された中国社会科学院文学院・李兆忠氏の一文より~

四角い小さな漢字の中に、二つの異なる世界が存在している。
一つはもともと中国で造られた中国製、もう一つは日本で改造された日本製である。

この二つの世界は、「あなたの中に私がいて、私の中にあなたがいる」ようなもので、コミュニケーションにはとても便利だ。しかし多くの場合、この両者は、うわべは親しそうに見えて実は心が通わず、似て非なるものなのである。

日本語の中の多くの語彙は、見た目では中国語とまったく同じだが、実は意味が非常に違う。
中国から来たある代表団が日本の工場を見学したとき、工場内に掲げられている「油断一秒、怪我一生」というスローガンを見て、その文字面だけから「これは油が大切だと言っているのだな」と憶測した。
中国語では「一秒でも油が切れれば、生涯自分が悪いと思う」という意味になるからである。

しかし実は日本語では、これは安全生産のスローガンなのだ。
「油断」は「不注意」、「怪我」は「傷を負う」という意味だとわかって大笑いになった、という。

中国人と日本人がつきあうとき、この種の誤解は避けることができない。
私の友人に「猪木さん」という人がいるが、彼はよく私に文句を言う。
それは、彼の中国の友人たちがいつも「猪」と「豚」を混同し、日本人はどうして「豚」という姓を好むのかと不思議がるからだ。
おかげで彼は、泣くにも泣けず、笑うに笑えない心境に陥るのだという。

中国語では、「猪」と「豚」の二つの漢字が同じ意味で使われていることを彼は知らない。
もっとも、古代漢語では少し違いがあり、「豚」は子ブタを意味していたのだが・・・。

日本語の中で使われる漢字の語彙には、中国人の想像を超えるものがほかにもたくさんある。
たとえば、中国語での「無理やり」を意味する「勉強」は、日本語では「学習」の意味で使われる。
中国語で「夫」を意味する「丈夫」は、日本語では「頑丈」の意味だ。
このように、表面の「毛皮」を傷つけることなく、中身の「肉」をすっかり「すり替え」てしまう日本人の知恵と想像力に、感心せざるを得ない。

しかし、われわれ中国人は、これに驚く必要はない。
率直に言えば、現在の中国で使われている中国語の語彙の多くは、20世紀初めに日本から導入されたものだからだ。
たとえば、「金融」「投資」「抽象」など、現代中国語の中の社会科学に関する語彙の60~70%は、日本語から来たものだという統計がある。

漢字文化圏に属する多くの国家や民族を見回して見ると、漢字をこのように創造的に「すり替え」、もう一つの漢字王国を樹立し、かつまた中国語へ「恩返し」しているのは、日本だけだ。

日本のすごいところは、中国の漢字に対して、受動的にそのまま受け入れるのでもなく、愚かにも高慢にそれを拒否するのでもない、自発的にそれを手に入れ、徹底的にそれを消化した後、自分の必要に応じて大胆な改造を行い、自分の言語にしてしまうところだ。

だからこそ漢字は、日本にしっかりと根を下ろし、西洋文化の猛烈な襲来に耐えることができたのである。

客観的に見れば、この奇跡は、かなりの程度、日本が島国であるという特殊な地理的環境によっている。

広大な太平洋が天然の要害となり、異民族の鉄騎兵の侵入を阻止したばかりでなく、文化的に異民族に同化される運命から逃れることができた。

大陸とも適当に離れているため、日本は必要に応じて、自分より先進的な中国の文化を摂取し、ゆっくりとそれを咀嚼し、消化して改造することができた。

異文化をどう受け入れるか、その主動権は完全に自らの手中にあったのである。

これと同時に、1200年前、日本は漢字を大規模に導入するとともに、「ひらがな」を発明した。
ここで日本は自分の文字言語を持った。
「ひらがな」は完全に漢字の草書体に啓発されて造られたものではあるが、大和民族の魂の深いところにある必要性から発したものでもある。

日本人から見るとおそらく、基本的に一つの漢字に一つの音がちゃんと対応している四角い漢字は、柔らかくて滑らかな日本語の感覚や、長さにこだわらない語彙とは多少隔たりがあり、曲線が美しく、簡潔な「ひらがな」こそが、日本人の発想や言語感覚により合致すると映るのだろう。

「ひらがな」は日本語の形を完成させた。
それを用いて発音を表記することができ、漢字の発音を日本化させた。
また、直接、日本固有の語彙を書き表すこともでき、助詞として用いてセンテンスを構造することもできる。まさに一石三鳥とも言うことができる。

「ひらがな」の創造は、日本語が自分の「形」と「心」を探し当てたことを意味する。
これによって漢字は第一線から退き、一つの重要な材料として日本語の構造の中に組み入れられた。
この時、漢字の固有の意味は、時間の流れとともにひっくり返されたり、「すり替え」られたりすることが必然的に発生した。
全体からいえば、漢字の語彙の意味が厳格で重厚な歴史の含蓄を持っているのに比べ、日本語の漢字の語彙は明らかに軽く、生き生きとしている。
使い方もそれほど厳格ではなく、通常、いくつかの異なる漢字を使って一つの日本固有の語彙に表している。
それによって人々はさらに、一種の遊びの味を感じるのである。

漢字に対する違った考え方が、二つの異なる漢字の世界をもたらした。
その優劣は、一概に論じられない。

しかし、西洋文明が東側に浸透してきた「近代化」の歴史背景の中で見れば、その優劣ははっきりと示されている。

当時、激しく湧き起ってきた近代化の流れと西洋の科学文化に直面した中日両国の学者たちは、まったく異なる姿勢と反応を示したのである。

たとえば、西洋の科学に関する著作を翻訳する際、清朝末期の中国の学者は「中学為体、西学為用」(中国の学問を「体」とし、西洋の学問を「用」とする)という文化的な信念を堅持し、中国の古典を引用して西洋科学の概念を既存の語彙に置き換えようとした。

例えば現在の「経済学」を、「計学」あるいは「資生学」と翻訳したり、「社会学」を「群学」と訳したりしたのである。
しかし結局は、どうにもならなくなってしまった。

しかし日本の学者は、実用的で柔軟なやり方で、「文字本位制」の制限を受けずに、意訳の方法によって、数多くの多音節の語彙を作り出し、みごとに西洋の概念を置き換えることに成功した。
これによって、日本が西洋に学び、「近代化」の道を歩んでいくうえで、言語の面で道路が舗装されたのだった。

もし日本が、漢字を借用して西洋の概念を置き換えることをしなかったら、現代の中国語はいったいどのようになっていただろうか。
おそらく今よりも寂しいものになっていたのではないだろうか。
多分、強い刺激や栄養に欠けているため、すばやく「近代化」することが難しくなったに違いない。

こうした角度から見れば、日本語の中国語への「恩返し」の功績を、われわれは決して忘れてはならないのである。
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by officemei | 2007-08-18 03:47 | ■中国語
e0094583_10364854.gif上海專題報導「愛拚才會贏」是大陸夜店流行的台灣金曲,也是小學生作文題目,更是生意人的座右銘。大陸人似乎特別喜歡「拼」,如今北京流行「拼車」、「拼飯」、「拼房」、「拼購」就是個例子。而無論「拼」什麼,終究是為了省錢過好日子,也就是台灣所說的「拚經濟」。

大陸普通話說的「拼」其實指「併」的意思。但唸法仍是拼命的「拼」,而且確實有「拚經濟」之意,可說一語雙關。但大陸同胞要和人家「併車」卻說成「拼車」,確實會造成台灣同胞誤會。

拼便車 省油錢 網站號召
如今,油價高漲,北京也流行拼車。上海「拼車」是因為僧多粥少,市民搭不到計程車才隨機拼車。北京出租車比上海多了快一倍,出租車滿街跑而且空車率高。北京人拼車可是「有組織、有計畫」的。談起「拼車」,七月剛罷工抗議的北京出租車師傅個個恨得牙癢癢的,簡直把「拼車」族視為「反革命暴亂分子」。

在北京有「拼車E網」,還有白領階級的成立的「拼車」BBS,透過網上聯絡。志同道合者不是上下班「拼」租車,就是有車人士召募搭便車者。拼車對住同一社區的北京人特別方便,時間久了形成固定組合,不用再上網找人。

「拼飯」也是從廣州、上海等南方城市流行到北京。網上常看到:「中午有在東方廣場附近吃飯的同學嗎?我們可以一起拼飯」。

較常見的是同一辦公大樓的人選定一家餐廳集合,然後點菜,付帳時採AA制(各付各的)。「拼飯」族多半是一些年輕的白領,他們往往通過MSN、QQ等即時通訊聯繫。

不過拼飯也有拼出毛病的。有人發現和一些人拼飯,吃來吃去就是幾家固定餐廳,而且對方老點昂貴大菜,幾回以後,懷疑對方不是餐廳業務員就是股東,這飯就無法拼下去了。

「拼房」在台灣叫分租,通常是「二房東」把多餘的房間分租出去。北京拼房族多半是大學畢業不久的年輕人,為了避免麻煩。拼房的二房東多半會慎選對象。

拼購換優惠品 重回共產
除上述各種「拼」法外,和台灣一樣,北京還流行「拼購」、「拼卡」。前者是幾個好友人在百貨商場推出贈品或「現金抵用券」時,聯合購物再湊足發票換優惠品。後者是指各種健身卡、游泳卡,幾人合購一卡,或者一次性購買一季票券,由於價錢比單購一張便宜,買回來後大家分著用,台灣家庭主婦早就精於此道。

大陸什麼都可以拼,什麼都可以共用共享,彷彿回到改革開放年代以前的共產教條主義社會。既然為了省錢,什麼都可以拼。大陸網民提議,「那討老婆的成本提高了,能不能拼老婆啊」。網上留言竟然說,「雙方同意就好了」、「晚上可以一起玩3P」。這可是拼過頭了。
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by officemei | 2006-07-23 21:00 | ■中国語
e0094583_14363899.gif在上海,一次我與友人聽一場演講。一"大腕"在臺上談笑風生,友人贊道﹕"格個人腔調老好咯(上海話﹕這個人腔調很好的)。"我一時不理解,這"大腕"說話荒腔走調,字不圓腔不正,讓人實在不敢恭維。

友人解釋說,你落伍了,所謂腔調不再是字典裏說的"說話的聲音和語氣",而是指這人的風度、素質和派頭。有點錢了,表現點風度,追究點排場,講究點素質,就是"有腔調"。

"腔調"是當今海派熱詞,已成為上海人的一個流行詞。其實,它最初是從上海的老弄堂裏跑出來的。我在上海長大,上海人過去有說,"你看看自己說話的腔調"。這"腔調"完全是貶義用法。當今上海人,閉口開口就是"腔調","這個人很有腔調","那個人腔調好來",卻都是褒義詞了,氣派、風度、格調、情調、素質、品格,都用"腔調"取代。

有些詞也確實褒貶無常,踏入這個社會圈子,社會語境也真是不能不明白。30年前,稱呼"小姐"絕對是貶義詞,腐朽的,沒落的,資產階級臭小姐。改革開放後,凡女人都喜歡被稱為"小姐",說明她還年輕。未婚女子被稱為小姐,而後"小姐"所包含的範圍越來越大,餐廳服務小姐,商場售貨小姐,浴場按摩小姐,公車售票小姐,旅行導遊小姐,還有選美小姐、啤酒小姐、健美小姐、導購小姐。不過,時至今日,"小姐"又演化成專指從事色情服務的女子。

"熟女"是近來十分流行的一個詞,指成熟的美女,意即"淑女熟了"。她們雖青春不再,不再憑漂亮臉蛋和身材征服男人,但氣質優雅,純美性感,獨立自信,閱歷豐富,有才華而又柔情,有內涵而又風情。今天的中國女人,都想有這樣的不俗美麗,於是"熟女"一詞也流行起來。

作家劉心武有一次去北京王府井新華書店簽名售書,看見有人背上貼著一個大紅心,寫著""劉心武骨灰級粉絲"。他說,"當時我嚇一跳,什麼意思?是不是咒我呢?後來才知道,現在流行最鐵杆的叫'骨灰級'"。

骨灰級玩家、骨灰級性感、骨灰級教練,這骨灰級就是頂級,是傳奇遊戲裏形容最高級別的玩家的術語,如今已經廣為引申。

語言是變化發展的,社會情勢與趨向往往會滲透到語言文字裏,語言文字是在社會暖箱中不斷發酵而變化的。中國新版《現代漢語辭典》已經收錄不少早些年就在中國大陸流行的新詞,從香港傳入的有按揭、搞笑、非禮、峰會、賣點等;從臺灣傳入的有比拼、層面、互動、作秀、新銳、認同、資深、願景、體認。學科和專用用語成為流行詞的有:越位、動遷、板塊、轉軌、擦邊球、二傳手,沖頂、點擊、聚焦、搶灘、縮水、時間差、硬著陸。方言也是流行新詞的一個來源:宰客、侃大山、大款、買單、花心、生猛、搞定、跟進、套牢、割肉、派對。

一天,南京一位教了幾十年語文的中學老師對我說,再過兩年,他很可能就是文盲了,因為現在學生說的流行新語,她根本就聽不明白,報紙上許多流行新詞,她也都望字興歎。
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by officemei | 2006-07-19 09:47 | ■中国語
e0094583_1113480.gifいつも感じることがある。
例えば北京官話の範疇から、北京と比較しての山東や陝西、或いは四川の訛りは方言として系統立て類推することはできるが、上海語然り、広東語然り、台湾語(閩南語)然り、これら中国語(漢語)の方言は、所謂方言の範疇に入るのだろうか、ということを。
中国の国土は欧州のそれよりでかい。
フランス語とドイツ語、英語、イタリア語、スペイン語等があるのと同様に、実は中国内における粤語、呉語、閩語等といった外国語、固有の、別種の言語ではないだろうか。

漢字の共有とか、一部語彙及び音韻の共通性、歴史的変遷の痕跡とかは、例えば日本における呉音、漢音、唐音と比較しても、ある地域にだけ固定した音韻が残るとは思えない。必ず別の発音も残ると思うのだが。

上海や台北でそんなことをぼんやり考えていると、「ピジン言語」というものを知った。

ピジン言語とは、外部からきた貿易商人などと現地人によって異言語間の意思疎通のために自然に作られた混成語(言語学的に言えば接触言語)。これが根付き母語として話されるようになった言語がクレオール言語である。旧植民地の地域で現地に確立された言語がない場所に多く存在する。英語と現地の言語が融合した言語を「ピジン英語」といい、パプアニューギニアとソロモン諸島ではそれぞれ国内の共通語として使われている。又バヌアツではピジン英語がビスラマ語と言う呼称で公用語となっている。日本では、19世紀中頃より小笠原諸島において、欧米系の元船員および南洋諸島出身者による開墾者が定住しており、早くもピジン英語が日常的に用いられた。その後の明治時代からの日本系開拓民の到来や戦後のアメリカ合衆国統治を経て、とりわけ父島では独特な接触言語が形成されたが、現在は日本語の勢いに押されて、ほとんど使われていない。

古代中国において、異なる言語を有する部族、軍事・文化的に優劣のある部族が戦争によって征服され、言語そのものの侵略を受けたが母語は消滅せず明確に痕跡を残した。それが粤語・呉語・閩語、即ち現代の広東語・上海語・台湾語として存在しているのだろうか。

興味ある文章をみつけた。市之瀬敦氏の「言語接触とクレオール」という一文を引用させていただく。

言語接触とクレオール

1.「言語接触」とは「人間接触」
「言語接触(Language Contact)」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。読んで字の如く、複数の異なる言語が接触するということです。でも、よく考えて見るとわかりますが、接触しているのは言語そのものというよりは、異なる言語を話す人間です。「言語接触」というとき、それはすなわち「人間接触」であるという点をまず覚えておいてください。日本語と外国語の対訳本というものがありますが、日本語と外国語の活字が重なり合っても、普通それを「言語接触」が起こっているとは言いません。
異なる言語を話す2つの集団が接触するとき、一方の言語の単語が他方の言語に「借用」される現象はよく見られます。接触がさらに長続きし、その度合いが深まれば、単語が借入れられるだけでなく、発音や文法面での影響が及ぼされることもあります。そして、一方の言語の背景にある政治・経済・軍事あるいは文化的な力が圧倒的に優る場合、もう一方の言語の「死」がもたらされることもあるでしょう。そう、この世から1つの言語が姿を消してしまうのです。言語学者の立場から見ると残念ですが、21世紀のうちに地上から数多くの言語が消滅してしまう可能性は極めて高いといわれています。

2.ピジンとは何か
ところで、異なる言語を話す2つ以上の集団が接触するとき、無意識のプロセスを経て、接触に関与したどの言語とも相互理解が不可能な、それまで存在しなかった新しい言語が話しはじめられることがあるのです。それを「ピジン(pidgin)」と呼びます。日本人が俄仕立ての知識で口にしそうな英文「ユー・カム・ヒアー・ツモロー・オーケー・ネ」とか「ミー・ノー・グッド・ツデー・ヨ」などもピジンの一例といえるでしょう。もうおわかりのように、人類は歴史上常に接触を繰り返してきてますから、これまでピジンは様々な地域で数多く形成されているのです。つまり、ピジンには複数形pidginsがあることに注意してください。
確かに、正しい文法という観点から見れば、ピジンは「出来損ない」の言葉のように見えます。そもそもそこには「正しさ」に対する配慮などないのです。けれども、コミュニケーションの効率そして学びやすさという観点から見ると、ピジンは非常によく出来ています。なぜならピジンは何よりもまず意思の疎通のために形成されるわけですし、また多くの場合、文法は単純化しており、語彙も少ないのですから。
ここでピジンについて要点をまとめておきましょう。まず、ピジンは2つ以上の言語の接触から生まれる接触言語(Contact Language)であり、ネイティブ・スピーカーがいません。その語彙の大部分はある一つの言語から取られているのですが、接触に関与したどの言語とも相互理解が不可能です。そして、ピジンの文法は、それらの言語の文法と比べた場合、より単純であるのが普通です。ただし、ピジンといっても、実はその発展にはいくつかの段階があり、文法の規則も定まらず語彙も極めて少ないジャーゴン(jargon)という段階から、安定したピジン(stabilized pidgin)、そして、すでに普通の言語といっても差し支えないほど拡大したピジン(extended pidgin)という段階まであります。
ピジンの有名な例としては、18世紀から今世紀初頭まで、ノルウェー沖で操業するロシア人漁民とノルウェー人漁民の間で話されていたルソノースク語(Russenorsk)、17世紀から19世紀半ばまで中国南部で話されていたチャイニーズ・ピジン・イングリッシュ(Chinese Pidgin English)、南アフリカ共和国の金鉱山付近で現在も話されるファナカロ語(Fanakalo)などがあります。この最後のファナカロ語は、ヨーロッパの言語ではなく、ズールー語(Zulu)というアフリカの言語の語彙を多く持つピジンです。

3.ピジンからクレオールへ
さて、多くの場合ピジンはその有用性が失われると消滅してしまうのですが、状況により、ある集団の母語となることがあります。例えば、多言語社会で相互理解のためにリングア・フランカ(共通語)として使用されるようになったピジンが、その便利さ故に次の世代に母語として引き継がれるケースです。そのとき、つまりピジンがある集団の母語となったとき、それをクレオール(creole)と呼びます。すなわち、「クレオール=母語化したピジン」であり、ピジンが母語化することを「クレオール化(creolization)」といいます。
クレオールの主な特徴をまとめておくと、まずピジンと同じく、複数の言語の接触から形成される接触言語であるということです。先程ピジンには様々な段階があると言いましたが、初歩的な段階から急激にクレオールになることもあれば、安定化あるいは拡大化したピジンが何世代も経て漸進的にクレオールになることもあります。また、世界中のクレオールには、接触に関与した言語の違いに関わりなく、時制・法・アスペクトの表示法などいくつかの構造的な特徴が共通して見られ、現在数多くの研究者から注目されています。そして何よりも、クレオールはある集団の母語であるという事実、つまりその集団の生活の必要をすべて満たす普通の言語であるという点はしっかりと把握しておいてください。ですから、逆に言えば、ある言語がクレオールであるか否か判断するとき、その言語の形成に至るまでの歴史背景を知らなければならないのです。
ところで、ここで気になるのは、ピジンとクレオールの言語的な違いです。ジャーゴンと呼ばれる初期的ピジンとクレオールを比較する場合は簡単です。ジャーゴンには、発音・文法・語彙、あらゆる面で安定性が欠けていますし、言語として見れば不完全です。けれども、拡大ピジンとクレオールの比較となると話は難しくなり、研究者の意見も分かれます。拡大ピジンともなれば普通の言語と変わりませんから、言語の構造面から見れば、クレオールと全く同じように見えます。したがって、両者の間に違いはないとする学者もいます。しかし、発音・文法・語彙のそれぞれのレベルで、違いが見られると主張する研究者もいます。このテーマは今のところデータが少ないため結論は出せませんが、これから調査する価値があるでしょう。
現在、世界にピジンあるいはクレオールと見なし得る言語がいくつ話されるのか、その数は研究者によりバラ付きがありますが、だいたい100前後と見て良いようです。その中には、英語、フランス語、ポルトガル語、スペイン語、オランダ語の語彙を基にしたものが多く見られますが、アフリカ諸語の語彙に基づくもの、アメリカ・インディアン諸語の語彙に基づくものも存在します。ピジン・クレオールは、ヨーロッパ諸語と第三世界の諸言語との接触から生まれたものとは限らないのです。

4.何故ピジン・クレオールを研究するのか
ピジン・クレオールの研究は思いのほか長く、19世紀末には、ロマンス語学研究者として知られるフーゴ・シューハルト、あるいは南アフリカ共和国で話されるアフリカーンス語(Afrikaans)に関する独自の見解を提示したディルク・ヘスリングといった先駆者が現れています。けれども、本格的なスタートが切られたのは、やはり1960年代と言うべきでしょう。最初は、社会言語学者たちが言語の変異および変種に対する興味からピジン・クレオールに関心を寄せたのですが、80年代以降は、クレオールに言語の普遍性の具体化を見てとるデレク・ビッカートンとアフリカ諸語の影響を重視する研究者の間で熱い論争が起こり、ピジン・クレオールの専門家ではない言語学者からも注目を集めました。90年代に入ると、個別のピジン・クレオールに関する詳細なデータが増え、以前より議論に幅が広がり、深みも出てきました。
ピジン・クレオールという言語に対する関心は現在ますます世界中の言語学者の間で広がっています。どの言語も生きている限り、つまり話されている限り変化しています。私たちが話している日本語も日々変化しているのです。普段私たちはそうした変化に気がつくことは殆どありませんが、ピジン化・クレオール化は誰の目にもわかる急激かつ根源的な言語変化です。言語学は言語が何故どのように変化するのかに関心を持ちますから、多くの言語学者がピジン・クレオールに興味を示すのは当然です。
母語の獲得、第2言語の習得、どちらも現代言語学の重要な研究テーマです。その両分野にピジン・クレオールが深く関わることは、もう言うまでもないでしょう。ピジン化とは(不完全かもしれませんけれど)まさに第2言語の習得ですし、クレオル化とはピジンを母語として獲得することなのですから。ピジン・クレオールを研究してゆけば、必ずや「言語獲得」、「言語習得」に関する新しい知見が見出されるはずです。
すでに触れましたが、デレク・ビッカートンはクレオールに人間の言語の普遍性そしてルーツを見出そうとしました。彼にとり、人類の言語とは本来クレオールのような構造を持ち、さらに彼はそれまで誰も指摘できなかった具体的な普遍言語、言語のルーツを突き止めたと主張したのです。かなり過激な意見であり、批判も多かったのですが、議論の材料を提供したという意味でも、言語研究に大きな貢献を果たしたと言ってよいと思われます。
ピジン・クレオール研究はまだ新しい分野です。しかし、だからこそ、これから開拓すべき領域がたくさん残されているのです。言語接触、言語変化、言語習得と獲得、言語普遍に関心のある方は是非ともピジン・クレオール研究の持つ豊かな可能性を信じて、文献を紐解いて見てください。必ずや言語研究に新しいヒントを与えてくれるはずです。
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by officemei | 2006-01-29 13:07 | ■中国語
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by officemei | 2005-11-17 17:26 | ■中国語