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e0094583_214846.gif1週間の里帰り。
後ろ髪(無いけど)ひかれる思いです。
ではまた秋に・・・
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by officemei | 2006-05-31 18:31 | ■台灣
武漢警方28日凌晨開展“零點掃毒行動”,對漢口和洪山的兩家娛樂場所進行大規模集中清查,當場抓獲涉嫌吸毒人員396名,經尿檢共有211人呈陽性,收繳新型毒品K粉100餘克。
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據了解,這是近年來武漢警方開展的規模最大、查獲涉毒人數最多的一次行動。

近來,武漢市公安局陸續收到群眾舉報,反映有些娛樂場所新型毒品違法犯罪活動突出,引起武漢市副市長、公安局局長胡緒高度重視,並專門組織部署專項整治行動。昨日(28日)凌晨,武漢市公安局禁毒、治安、特警、刑警等多警種,200餘民警在禁毒處集結待命。此前,警方已提前派出民警深入涉毒娛樂場所化裝偵查。

據楚天金報報道,凌晨零時,民警直奔漢口江灘“焦點酒吧”,當場抓獲106名涉毒吸毒人員。

隨後,行動專班與洪山分局聯手清查了位於洪山雄楚大道的“贏佳”娛樂城。該娛樂城共有上下兩層23個包房,警方清查發現,幾乎每間包房都煙霧繚繞,在此娛樂的人大多在吸食K粉,還有不少人伴隨音樂縱情“嗨”著。民警當場抓獲涉嫌吸毒人員290名,並在二樓一間休息室的沙發內搜出K粉100余克及大量吸食工具。

警方隨後將396人帶回禁毒處做尿檢。查出“焦點酒吧”有39人尿檢陽性,“贏佳”有172人呈陽性,顯示這些人當晚曾吸食過毒品。目前,上述人員已依法被治安處罰。水上分局和洪山分局對違規經營的娛樂場所業主依法傳喚,責令其停業整頓,並責令所有娛樂場所按時歇業。
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by officemei | 2006-05-31 17:58 | ■湖北
私は、天津街にある「金年華三温暖」の常連客。
といっても年に4回くらいだから、向こうは覚えてもいない。
それでも10年余り前から通っている。
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サウナ、台湾では三温暖、中国では桑拿。
どちらも音訳だが、漢字の当て字としては三温暖に軍配を挙げたい。
金年華三温暖は、先ず入口から地下へ降りると受付ホールがある。
そこでロッカーの鍵をもらい、中に入り靴を脱ぐ。
次にロッカールームで脱衣をし素っ裸で大浴場に。
そこでタオル置き場からタオルと髭剃り、歯ブラシを取る。
洗い場は坐れるところと、立ってシャワーを浴びるところがあって、
坐る台は大きく豪華な石。
冷水風呂が二箇所、暑い風呂が一箇所、それと薬草湯が一箇所。
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更に高温サウナと、特に私が気に入っている薬草蒸気サウナ。
更に、垢すり室(台湾では擦背、中国では挫背)がある。
私は、先ず薬草サウナに直行し、そのあと薬草湯に浸かる。


他店と比較してみると、「金年華三温暖」の最大のポイントは、「薬草蒸気室」(薬草ハーブスチーム浴)にあると思う。
3畳大のサウナ室に入ると最初は薬草の濃厚な匂いにむせる。
それほど香りがきつい。
スチームサウナなので熱さに耐えかねるということはないが、薬草の匂いは相当強烈だ。
しかし、人間の嗅覚とはいい加減な物で暫くすれば慣れてしまい、徐々にその匂いが心地良くなる。
蒸気と共に吸い込むと呼吸器官と皮膚に良い効果があるそうで、私は利用するたびに半時間ほどは入っている。

更には日本製の高山薬草を使用した薬草湯があり、私はこの匂いが特に好きで台北滞在中は必ず一度は訪れることにしている。

この薬草蒸気室と薬草湯を3クール繰り返し、その後熱い風呂に入る。その後熱い風呂に入る。
その後に頭から足の先まで洗って、最後にもう一度薬草湯に浸かる。
それから体を拭いて、日本風の寝巻きに着替え、レストルームで汗が引くのを待つ。
足裏マッサージのほかにも、妖しげなマッサージはどこのサウナにもあって、ここも例外ではないが、今回仮眠室をちょっと覗いてみて驚いた。
広いリクライニングシートを数十席も有する暗室で、今までまったく気づかなかったが、日本のAVをサイレントで放映していた。それも無修正で。
え~?
しかも暗くて確認できなかったが、まばらな客は皆寝息をたてている。
仮眠室だから当然なのだが、それにしてもなんで無修正のAVをこんなとこで流すの?
なんとも凄いカルチャーショックだ。
もちろんこれは非合法。

ということで、ゆったり風呂に入り、Hビデオも見て、しめて600元。
垢すり、足つぼマッサージ、その他はオプションです。

所在地;台北市天津街56号地下 TEL;02-2531-3141
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by officemei | 2006-05-30 00:04 | ■台灣
日本から吉野家の牛丼が消えて久しいが、中国でも、ここ台湾でも牛丼は健在だ。
セット120元(牛丼・味噌汁・キムチ)

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by officemei | 2006-05-29 22:24 | ■台灣
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by officemei | 2006-05-29 22:16 | ■台灣
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毎日新聞 2006年5月28日
日本政府は28日、ジャワ島中部地震に対し、計1000万ドル(約11億1000万円)の緊急無償資金協力を行うことを決めた。

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e0094583_20224978.gif2006年5月29日
昨日のニュースが気になって、国民党中央委員会に伺候した。
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と言っても、私は別に党員でもないし、日本人だけど。
警衛の者に来意を告げ、中に通された。
1Fホールには民国初期の孫文や著名な国民党員の自筆書簡が展示されており、中には「毛沢東」と「汪兆銘」の書簡もあった。
国民党本部ビルは相当古く、恐ろしく高い天井とひんやりした室温には威厳というよりも、冷たさを感じる。
あと数日、6月に移転とのことなので、まだ若い馬英九総統のイメージと合った、明るい本部ビルに生まれ変わることを期待してやまない。

2006年5月28日 読売新聞
台湾の最大野党・国民党は、台湾の大手企業「長栄グループ」(張栄発総裁)傘下の財団に台北中心部の本部ビルを売却、6月上旬にも明け渡す。

また、78年の歴史を持つ党機関紙「中央日報」社への資金提供中止を決定し、新聞の発行から撤退する。かつて、「世界一の金持ち政党」と言われた同党は2000年の野党転落後に財政難に陥り、職員リストラなど大幅な合理化を余儀なくされている。

中国大陸から台湾に渡った国民党政権は、戦後に接収した、総統府に向き合う一等地に本部を設置。新築され、1998年から使っている地上12階、地下4階の現在の本部ビルは、半世紀にわたり台湾を統治した同党の威厳を象徴している。

長栄グループの財団が、約23億台湾ドル(約80億円)で買収、海事博物館や音楽ホールなどに生まれ変わる予定だ。党本部は市内のオフィスビルに引っ越す。

一方、「中央日報」社は25日付紙面で、党の資金提供中止を受け、新たな資金提供者が出なければ、6月1日から停刊すると発表した。28年に上海で創刊された「世界で最も歴史ある中国語新聞」(同紙)で、国民党独裁時代には台湾最大の新聞だったが、民主化以降、相次ぐ商業紙の創刊で販売不振となり、経営が行き詰まった。

馬英九党主席は「党を取り巻く状況は昔と違い、損失を穴埋めできなくなった。つらいけれども、切り捨てざるを得ない」と述べた。
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by officemei | 2006-05-28 21:39 | ■台灣
e0094583_219296.gif烏来は原住民タイヤル族の里。
トロッコやロープウエイ、舞踊ショウは飽きたが、通称「白糸の滝」の景観にはいつ来ても満足する。
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それに温泉街は時の移り変わりを感じさせず、昔のままだ。
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だが近年の温泉ブームによって、ここにも高級SPAホテルが現れた。


原住民のことを戦後は「山地同胞」と言い、日本の台湾統治時代には「高砂族」と称した。
今は「原住民」と呼ぶ。
さて、烏来のタイヤル族と日本に関わる出来事が今年メディアで騒がれた。
日台の過去と現在はデリケートな事柄を含みつつ日が過ぎる。
やがて相互の戦争体験者が姿を消したその先には、いったいどのような日台関係があるのだろうか。

2006・2・17
烏来瀑布公園に建立された高砂義勇隊の記念碑の後ろに大きく立てられた日本国旗に、原住民立法委員の高金素梅が17日、話を聞いた後に激怒し、前の県長の蘇貞昌と現県長の周錫☆は責任を負い、公然と説明するよう要求した。また、県政府はすぐに謝罪を表明し、これが間違いなく史実の歪曲に及んでいると認め、不適当であるとして、関係部署にできるだけ早期に取り壊すように指示した。

烏来瀑布公園は、「高砂義勇隊記念協会」に記念碑建設のために貸し出しており、現在烏来瀑布公園付近のいたるところに日本の国旗が立つなど思いもよらなかった。そのうえ、たくさんの日本語記念碑があり、日本の天皇に忠誠を尽くす文章や、あろうことか日本の国歌の全文が書かれているものもあり、観光客に時間を間違わせ、あたかも日本にいるかのようにさせる。

これらの石碑は高砂義勇隊が日本に対して貢献したことへの記念によるものだが、碑文の内容はかえって日本の軍国主義を宣伝しているかのような感覚にさせる。訪れる人に対し、一種の烏来は未だに日本の統治下にあるかのような感覚を生じさせる恐れがある。ある観光客はここを通過した後、頭を振らずにはいられなくなり、大きく罵った。「走狗が」。

無党団結聯合の立法委員である高金素梅はこれを聞いて反応し、大変興奮し、現在行政院長で元県長の蘇貞昌と現在の県長である周錫☆は責任を負うべきだと強調した。特に蘇貞昌は、対外的に事情の顛末を公開すべきだとし、原住民に釈明すべきとした。

烏來插日本國旗 縣政府出面道歉 高金素梅要蘇貞昌負責
2006/02/17
烏來瀑布公園設立高砂義勇隊紀念碑,卻插滿日本國旗,原住民立委高金素梅17日聽到後相當生氣,要求前縣長蘇貞昌和現任縣長周錫瑋負起責任,公開說明;而縣政府也立刻出面道歉,認為這的確涉及扭曲史實,相當不妥,已指示相關單位盡快拆除。
烏來瀑布出借給「高砂義勇隊紀念協會」興建紀念碑,沒想到現在烏來瀑布附近到處插滿日本國旗,還有好幾面日文的紀念碑,上頭寫著效忠日本天皇,甚至還有日本國歌全文,讓遊客時光錯置,彷彿置身日本國。

雖然這些石碑只是為了紀念高砂義勇隊對日本的貢獻,但碑文的內容卻讓人感覺是在宣揚日本軍國主義,不免讓人產生一種烏來還在日本統治之下的感覺,少數經過的遊客看到後不禁搖頭,大罵「走狗」。

無黨團結聯盟立委高金素梅聞訊後,反應也很激動,強調現任行政院長、前縣長蘇貞昌和現任縣長周錫瑋都應該負起責任,特別是蘇貞昌,應該公開對外說明事情始末,給原住民一個交代。

http://officemei.exblog.jp/2782112#2782112_1

産経新聞18日
台湾の台北県当局は十七日、同県烏来郷に完成した日本統治下の台湾で日本兵として出征した先住民出身「高砂義勇兵」の戦没者を祭る英霊記念碑を近く撤去する方針を明らかにした。

先住民区選出の高金素梅立法委員(女性国会議員)が同日、同県に「碑文は軍国主義の歴史を喧伝(けんでん)するもの」と抗議。敷地を管轄する同県の李鴻源副県長は「公共の土地に設置するのは不適当だった」と話している。

だが地元の遺族側は「記念碑は軍国主義とは無関係な日台間の人的、文化的交流の象徴である」と反発し、「前県長(現蘇貞昌行政院長=首相)の理解を得て移転の許可も出ている」と存続を求めており、周錫●県長は十八日にも現地を視察するという。

記念碑は二年前、敷地の提供業者の倒産で撤去を迫られ、遺族らで作る社団法人が同県の同意を得て、今月上旬、移設が完了した。移設費用には、記念碑を日台間の架け橋にしようと願う産経新聞読者などから善意で寄せられた義援金があてられた。




台湾研究フォーラム事務局長 古市利雄氏談
移設され今月8日に除幕式を迎えたばかりの高砂義勇隊慰霊碑が、18日にも撤去されると報道を聞き、いてもたってもいられず今週既に2度も訪れたウライの地へ向かった。

この知らせを耳にした時には、日本人の善意が裏切られる形となって非常に悲しい気持ちになったが、それよりも遺族をはじめとした原住民の心情を考えるといたたまれなくなる。

原住民の歴史においては「平地の人(原住民以外の民族)」に、純粋な原住民が騙されるとことが多々あったため、彼らは平地の人をあまり信用していない。今回ようやく祖先を祭ることができると思ったら、また平地の人に裏切られることとなってしまったのだ。

ウライへと向かうバスの中では、こうした報道がされてもウライへと観光へ出かける「平地の人」の多さに少々驚くとともに、このような原住民に対する理解のままでは、いつまでたっても台湾は団結することはできないのだろうと感じた。

移設された瀑布公園には、発端となった記事を掲載した中国時報、TVBS、年代、非凡などのマスコミが取材に訪れており、20人ほどの原住民に、平地の人(と思われる人)が10人ほど、一般の日本人が7,8人いる具合で、各々の議論は高まるものの、高金素梅氏のような抗議グループが来ていなかったこともあり、平穏に事態は過ぎていった。

瀑布公園には多くの日の丸が掲げられていたはずだが、それら全てがすでに片付けられており、以前と比べると殺風景な印象を受けた。慰霊碑はもとより、日本より送られたさざれ石、君が代を中文訳した石碑などは、まだ撤去の難を被っていなかった。

慰霊碑を管理する義勇隊紀念協会の、簡福源理事にまたお目にかかることができた。
開口一番「日本の皆様に申し訳ない」とおっしゃられたのには、先日訪れた際には「日本人は靖国神社へ必ず参拝しなさい」と懇篤なお話を頂戴していただけに、私は日本人として何と言葉をおかけしたらいいのかわからなかった。

周麗梅さんのご子息、マカイ・リムイさんは疲れきった表情で私と握手を交わしてくれた。義勇隊紀念協会は記者会見で、子孫へ語り継ぐ歴史の重要性を強調し、県政府による撤去には反対することを表明した。

台北県は去年12月の地方選挙で民進党から国民党へと執政が移った。現在国民党の県長であるために慰霊碑が撤去という事態に進みかけたが、不幸中の幸いか、多くの原住民は国民党を支持している。そのため国民党側もこの問題の処理をあやまることは支持率低下につながる。

今回の報道について私には少々の疑念はあった。慰霊碑が落成した際には全く問題にならなかったのが10日近く経ってから、こうした形で報道され、また報道されてからの台北県政府の一連の対応があまりに早すぎることである。

14日に国民党中央が「台湾の独立を将来的な選択肢の一つとして承認する」という新聞広告を掲載し、国民党内部だけではなく中国からも非難されたために、そうした流れを変える目的でマスコミと共謀したのではないかと推測したが、国民党自体が対応に苦慮している様子をみると、どうやらそうではなさそうだ。

台北県政府は「設置者が一週間以内に撤去しなければ県政府が撤去する」と発表し、紀念協会側は対応を協議し20日に県政府に出向く、とのこと。一時は18日にも撤去すると息巻いていたはずだが、やはり撤去するだけの法律的根拠が弱いことに気づき始めたようで、もちろん予断を許さない状況ではあるが、若干トーンが落ちてきている。

一体何が法律を犯していたのかいくら調べても未だによくわからない。日本的にいえば「公共の良俗を乱す」といった具合なのだろうか。慰霊碑は県有地にあるのだが、県の土地にはふさわしくないといった具合なのだろうか。

人によっては蒋介石像や忠烈祠がそれにあたるだろう。いずれにしても、それらが撤去する法的根拠としては成り立たないだろう(台湾の司法が正しく機能していればの話になってしまうが)。

別の視点からも考えてみよう。慰霊碑を撤去して一体誰が得をするのだろうか?
撤去されればウライへお参りに訪れる日本人の観光客はいなくなるどころか、台湾が中国、韓国と同じ怖い反日国家だと見られ、臆病な日本人は台湾に訪れなくなるだろう。

経済的損失は図りかねない。「金よりも誇りが大切だ」という意見には賛同するが、その誇りは原住民ではなく、中国人としての誇りである。

高金素梅や国民党にとってみれば、このような愚行を犯したら完全に原住民の信頼を失う。
拳を振り上げたのはよいが、といった状態ではなかろうか。

おそらく妥協点を探ってくるだろう。既に原住民側からは、日本語表記の多い解説に英語と中国語も入れる案が出てきている。
それにしても今回の事態において、平地の人の対応はすこぶる悪い印象を受ける。国民党教育の強い影響を受けた人にとっては、台湾と日本が歩んだ歴史と原住民の心情を無視し、「裏切り者」と罵り、日本の姿を消そうとする。国民党支持者の知り合いは「政治の都合なんだから仕方がない」と言った。

日本人からすれば靖国神社が壊されるような事態にも関わらず、立ち上がったのは当事者の原住民だけで、平地の人は反対運動を起こす気配すら、今のところない。

台北県長だった蘇貞昌行政院長は、協会が申請をした昨年12月は台北県政府をすでに離れており申請を受理したのは代理県長であるという理由で、責任を回避した。

アイデンティティの混乱を抱える現在の台湾社会にとって、原住民について考えるということは、台湾という国を考えるうえで避けて通れない命題であり、台湾がこれから向かう方向を照らし出す光となることだろう。

帰るころには大雨が降り始めた。高砂義勇隊の英霊の涙雨だろうか。雨が故郷台湾の地を強く激しく打ち付けた。
最後に簡福源理事がおっしゃったことを紹介したい。
「もしも慰霊碑を撤去するなら、私はこの慰霊碑の前で腹を切る。撤去をするならそれからにしなさい」


日本「佔領」烏來?
台北縣烏來瀑布公園,最近被插上日本國旗,還興建了7、8面紀念碑,用日文撰寫、內容歌頌著對天皇的效忠,這些高砂義勇軍的紀念碑,被民眾批評,感覺像是宣揚日本軍國主義,縣府勘查後下令一週內拆除,引發爭議。
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TVBS記者黃詩琪:「放眼望去看到就是這面日本國旗,上面寫著高砂挺身報國隊,接下來看到的這幾面紀念碑,也都刻上日文,不知道的人還以為置身在日本,但其實這裡是烏來的瀑布公園。」

仔細閱讀石碑上的日文,內容有日本人對天皇效忠的赤誠,已經傳達到了烏來,還有這篇,寫著,三千多位高砂義勇軍的靈魂,已經全部集中在此,希望以後大和魂能再復興,甚至連日本國歌的歌詞都有,有的遊客把它當成觀光勝地來拍照留念,不過也有遊客抱怨,還以為烏來又被日本人佔領。

烏來鄉長張金榮:「抱怨就是碑文為什麼都用日文,來表示來紀錄為什麼不用國字。」

消息曝光,台北縣政府立刻派人來拆除日本國旗,理由是,申請的手續沒有完成。

台北縣建設局副局長林敬榜:「在台灣有日本國旗是不合適,我們有我們的國格,他們的法令行政程序不完備,所以依法要把他們撤銷。」

紀念協會強調,這純粹是感念原住民高砂義勇軍,當年在日本戰爭中的英勇,連日本人都特地來台灣,用日本儀式來祭悼犧牲的高砂戰士,更何況當初向風景管理所申請,一切都按照程序來,如今卻被要求拆除,根本就是意識形態之爭。

高砂義勇隊紀念協會理事長簡福源:「我們要申請的時候,我們是向政府申請有案的,我不知道他們反對什麼意淤我也不曉得,不過在縣政府的壓力下,他們還是暫時將日本旗幟和文字拆掉,等風頭過後再繼續爭取。」
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by officemei | 2006-05-27 23:05 | ■台灣
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(來源:廣州日報)
1個月被轉賣4次
這是一個流浪兒在外流浪一個月的真實經歷,他前後被拐賣4次,被蛇頭強逼著在大上海的街頭派發卡片。這個月裏,他肮髒地穿梭在人流中,備受欺淩。讓人震驚的是,他最後回到家人懷抱不是被解救,而是被親人用贖金贖回來的。

六一兒童節就要來臨,這是孩子們最開心的節日。但是,更多的“小張晨”卻無法享受這種快樂。然而,正因為他們的這種遭遇,越是值得我們關注。儘管他們流浪的原因非常複雜,但本報記者仍然試圖通過記錄被拐賣兒童張晨的故事,以期許這種關注能夠成為一種力量——讓這些流浪兒感受來自家庭、學校及整個社會的愛的力量——去幫助他們,去溫暖他們……              

出走

負氣出走的張晨被人販子以“帶他回老家”為名騙上了火車。此時,他的父母卻在廣州沒日沒夜地尋找著……

從外表上看,張晨要比同齡人瘦弱,他的個頭也要小上一號。父母張衛中和張華昌是一對在廣州打工的江西夫婦,在他們狹小的出租屋中,逃離虎口回到廣州的張晨向我們述說了他過去一個月內的故事,生活的劫難使他身體和心理都留下了嚴重的後遺症,談話時雙手緊緊按著肚子,因為在街頭經常接觸三教九流,小小年紀的他眼中露出的除了驚恐,更多的還與他這個年齡極不相稱的老練。

3月30日,這天是張晨偷偷溜出學校的日子。在廣州白雲區江夏村的一間小網吧內,雖然身上只有20元,但是他卻呆了2天,渴了就喝一點水,餓了就吃點麵包,想到回去肯定要挨駡,他淘氣地跳上一輛往廣州火車站的公共汽車。

他在火車站廣場盲目地浪蕩著,身無分文的他又餓又渴倒坐在花壇邊。他不知道,他在廣場上逗留良久的模樣早已被人盯上了。

有人走上前說:“小朋友,吃飯了嗎?去哪里?”“沒有,我要回老家。”“我帶你去吃飯,然後帶你回老家。”

毫無人生經驗的小張晨懵懵懂懂地跟隨著這個普通話講得不標準的年輕男子,先是吃了碗飯,然後上了火車。

一切都那麼順利,想著很快就可以見到爺爺奶奶了,他非常開心。

人販子給自己買了一張坐票,但是沒有給他買票。他就站在過道上,累了靠在車廂壁上睡了。他暈暈地睡了好幾覺,最後一覺醒來,跟著那個人下了車。

“那是一個很大的車站”,回想起來,張晨仍然似乎在半睡半醒之中——20多個小時後,他被帶到了上海。然而此時的張晨全然不知。

此時,張衛中、張華昌夫婦、龍江小學的老師找遍了白雲區江夏村、馬務村等地。

第一次被賣

一到上海市漢口路,就被逼幹活,必須派發1000張卡片,有上百個孩子在從事這個職業。

“不知道坐了多久的車,那個人帶我到住的地方。”張晨住的地方叫漢口路。

這是一間兩室出租屋,一間是蛇頭住的,一間是張晨住的,6個小孩子擠在一張小“碌架床”上。蛇頭24小時監視著他們。

住進這裏後,人販子開始露出了真面目。他不再說帶張晨回老家,而是告訴他,每天要派卡片。不過,他給孩子們許下了一個美好的“諾言”,這份工作是有工資的,幹滿了一個月可以領1500元的工資。拿了錢後,就可以回老家了。

當天,剛到上海的他晚上吃過飯後,就被另外一個“老闆”(他被賣給了當地的蛇頭)領著到了上海最繁華的路段——上海外灘去派發卡片。根據推算,這天應該是4月2日的晚上。

讓張晨很吃驚的是,在外灘,有上百個和他差不多年紀的孩子在從事這個職業。有男孩,也有女孩。

白天,他們8時多就必須出門,由“老闆”帶著來到外灘,然後就散開,各自“工作”。張晨的任務是,每天必須派發完1000張卡片。這些卡片是一些酒店、機場預訂等各種各樣的信息卡。

剛拿到1000張卡片的張晨很是發愁。因為不熟,他不敢向人群走去。而其他的小夥伴,明顯要比他熟練,見行人就沖上去遞卡片。

天生有點內向不喜言語的張晨沒有很好地完成他的任務。他的卡片絕大多數沒有派發出去,他總是被罵。

第二次被賣

張晨開始想媽媽了。在一起的孩子們都想家,但是沒有人敢向老闆提出來,因為老闆是要打人的。

這樣工作了4天,張晨被賣給第二個“老闆”,當然,他沒有領到一分錢工資。

隨後,張晨被帶到上海西站北路一個更小的出租屋居住。每天必須7點多起床,然後上街工作,中午回去吃個飯,然後繼續開工,一直到晚上12點才能回到住的地方,這時才能吃晚飯,又累又餓的孩子們往往一躺下就睡著了。

由於“老闆”們都是北方的,張晨和他的夥伴們每天的伙食也是跟著監視他們的人一起吃的,基本上吃的都是麵條,或者是黃豆炒飯。那些東西他根本吃不慣,於是,每天他都處於半饑餓的狀態。

張晨開始想媽媽了。在一起的孩子們都想家,但是沒有人敢向老闆提出來,因為老闆是要打人的。

一天,其他孩子慫恿他說,“你是新人,你跟老闆說,要打電話回家,看他給不給。”

抵不過威脅,張晨向老闆提了請求,沒想到的是,“老闆”竟然允許了他的要求。不過,“老闆”告訴他,打完電話後,要多派一些卡片作為報答。

雖然張晨並不記得廣州家裏和父母的電話,但是幸運的是,他記得老家鄉下的電話。一通電話就打到了江西鄉下。

可以想見,聽見孫子音訊的爺爺奶奶有多高興。乍一下,老人家竟然忘記了問孩子在什麼地方?等到電話掛下時,爺爺奶奶傻眼了,電話並沒有來電顯示。

在廣州的張衛中夫婦聽說後心急如焚。馬上讓老父將家裏電話換成有來電顯示的那種,並向當地公安機關報了案,警察也開始布下監控。

終於等到了張晨的第二個電話。這回,來電顯示的是河南鶴壁市的區號。狡猾的蛇頭並沒有讓張晨多說幾句話就掛了電話。

已經丟下工作找尋兒子10多天的張衛中連夜趕往鶴壁市。在街頭搜尋一個晚上後,他走進了當地公安局。公安局經過電話分析,惋惜地告訴他,這個電話是網上虛擬電話。線索到此就斷了。

第三次被賣

在城管隊裏蹲了10多個小時,“老闆”威脅:“敢逃跑就把你扔到黃浦江裏去。”

正為再次失去了孩子消息的張媽媽傷心落淚之際。遠在上海的張晨已被賣給了第三個蛇頭。這一次,張晨記不起來自己住在什麼地方了。

他們最害怕的就是被打。每天出工時,周圍都會有五六個大人遠遠地看著他們。

有人試過逃跑,但是被抓住了,結果就在晚上在出租屋裏被“老闆”拳打腳踢,“他們打人時,讓我們在一旁看著,看了一會就趕我們回去睡覺”,張晨驚恐地說,“老闆”說了,第一次跑抓到就打,再跑的話就扔進黃浦江裏去。

因為總是完不成任務,張晨經常被“老闆”打罵。並不是沒有機會逃跑,就是有機會,張晨也是絕對不敢逃跑的。

有一次,他們正在南京路上派發卡片,突然被城管給抓了,一群孩子被抓到了城管隊裏。孩子們被勒令蹲在角落裏,這一蹲就是10多個小時,沒有吃的,也沒有水喝。

後來,沒有人告訴他們原因,他們走出了城管隊。這時,張晨本有機會逃跑,但是他不敢,而是跟著一個大一點的孩子,回到了他們的出租屋。

與其他派發卡片的小孩相比,張晨絕對是新人。據瞭解,有的孩子幹這個都五六年了。十五六歲的“卡片少年”比比皆是,有的人還染上了喝酒抽煙的壞習慣。

除此之外,這些孩子還有著很深的戒備和隔閡。大家之間都不怎麼說話。

4月下旬的某一天,張晨的奶奶再次接到了張晨的電話。這次,張晨與奶奶聊了很久。河南警方也查出,這個電話是從上海某路打過來的。

按照這個電話,張衛中夫婦馬上打了回去,一個自稱姓張的人接了電話。

張晨所在的廣州龍江小學的有關負責人也與這個人聯繫了幾次,並穩住他說,他父母會馬上趕過去,並約好第二天就會去上海當面重謝他。

第四次被賣

張衛中和張華昌兩人又按照老辦法,你從南京路那頭,我從這頭,包抄尋找。張華昌說,“路上人真多,看得我們眼睛都紅了。”

可惜的是,這對貧困的夫妻為了籌措去上海的路費耽誤了兩天。這樣引起了對方的警覺。

當第三天他們到達上海後,卻發現再撥打那個張先生的電話,已經撥不通了。他們又一次失去了張晨的消息。但是已經在廣州苦尋了多日的兩夫婦第一次如此清晰地把握住了孩子的蹤跡,自然不肯輕易放過,於是兩人在上海的表妹家裏安頓下後,便開始了大海撈針式的搜尋。

張晨落到了第四個蛇頭的手中。工作還是派卡片。他的工作路段是南京路。他沒有想到的是,他的爸爸和媽媽也來到了上海,正在外灘來回地找著他。

1300米長的外灘,風景如畫、廣廈如林,但是他們無心瀏覽,走得雙腳起泡,鞋底都磨穿了,就赤著腳走。不知道來來回回走了多少遍,但是仍舊一無所獲。

他們不敢把張晨的照片給路人看,因為害怕打草驚蛇,害了張晨。當地警察接到報案後,協助他們找了幾天也沒轍了。兩夫妻甚至還跟蹤了一個發卡片的小男孩,想找到他們的住處。

結果沒想到,到了傍晚,有一個蛇頭騎著自行車,把男孩子帶走了,張衛中連忙打了輛車,追了上去,經過一條單行道時,把人給追丟了。張華昌為此與張衛中發了脾氣。

再過一天就是黃金周了,繁華的南京路人潮湧動,熱鬧非常。一大早,夫妻倆就來到南京路上找人。他們決定,今天再找不到,就要換一個地方找了。下午2點鐘左右,張衛中和張華昌兩人又按照老辦法,你從南京路那頭,我從這頭,包抄尋找。張華昌說,“路上人真多,看得我們眼睛都紅了。”

突然間,兩人都發現了一個小孩像他們的孩子。是他,是他,真的是他……此時,張衛中和張華昌全身的血液都湧上來了。

獲救

南京路喜相逢,卻發現被蛇頭圍困,雙方在路邊進行談判贖人。

張華昌仔細地端詳著孩子。張晨這時似乎傻了一般。也許長久的思念,突然間媽媽出現在眼前,他一時沒有反應過來。

全家人摟著哭成一團,全然沒有發覺10多個粗壯的男子“嘩”地圍了上來。他們把張衛中夫妻倆圍在中間,“你們幹什麼,這是我們的孩子。”

張衛中漲紅著臉,夫妻倆死死地摟著孩子,說啥也不鬆開了。張華昌此時也亮出了自己的身份。

為首的蛇頭是個安徽人。也許是擔心在路上人多引來“麻煩”,他讓張衛中夫妻倆與孩子跟他到了一個人較少的路邊談。

由於來之前,張晨的學校龍江小學的經營方龍濤教育發展有限公司的秦經理也說了,只要孩子能平安回來,學校願意出贖金。

經過一番談判,最後定在3000元。就是這3000元,夫妻倆也拿不出來,因為他們在上海的花銷還是向親戚借的。

他們只能馬上與廣州學校這邊聯繫。學校得知後,馬上將錢轉賬入了指定的賬號。在轉賬的過程中,對峙的雙方轉移到了一處路邊的角落裏,互相提防著。一個小時後,當蛇頭確認收到錢後,立馬帶著人揚長而去。張衛中和張華昌這才放下一顆懸著的心。

當天晚上,在一個月中從來沒有病過的張晨,竟在回到父母身邊後,發起了高燒。也許他積蓄了太久的思念和害怕終於在這一刻釋放出來了。

未完的結局

張衛中向學校提出5萬元賠償,校方稱通過法律手段來解決。但張衛中連吃飯的錢都是借的,哪有錢去打官司?

故事本來到了這裏應該結束了,但回到父母身邊的孩子並沒有露出天真的笑容。當記者問他有什麼願望?他沉默許久後嘴裏蹦出一句話,我想讀書。

張晨的離家出走給他的父母、學校和他自己都造成了巨大的影響。這件事也給他留下了終難磨滅的記憶。一個月內,他只洗過2次澡,被父母找到時,幾乎認不出來他。而且,因為天天長時間的工作和飲食不正常,他落下了腸胃病,肚痛伴隨著他回來至今的日日夜夜。

尤其是經過數度拐賣後,留下的是對人的不信任和對這個社會的冷漠。這樣的經歷,也讓他小小年紀心態變得十分滄桑,他說話很老練,就像一個江湖老人的口吻。

更為嚴重的是,歸來的少年張晨已經不適應現在的環境了。雖然他心裏極渴望見到同學們,回到課堂上,但是他不願意再回原來的那所學校。因為他害怕老師再打他。

他的同學說,他們的老師經常打人。學校的有關負責人也告訴張衛中夫婦,張晨現在的情況不適合回學校了,如果要回來讀書也可以,但必須和學校簽一個合同,保證以後再發生出走事情,學校不承擔任何責任。經過種種考慮,張晨的父母決定把張晨送回老家讀書。也許換個環境對孩子更好些。

事情似乎並沒有結束,那就是“孩子的學業問題和相關的賠償問題怎麼解決?”白雲區教育局有關人士告訴張華昌,學校應對此事對孩子的身心帶來的影響作出一個合理的賠償。

據悉,張衛中曾向學校提出5萬元的賠償,但是學校方面有關負責人則稱,雖然在孩子出走問題上,學校具有一定的責任,但是在賠償金金額如何確定上,雙方存在爭議。必要的時候,雙方可以通過法律手段來解決。但是張衛中的說法是,他們連吃飯的錢都是借的,哪有錢去打官司?
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by officemei | 2006-05-26 08:33 | ■上海
e0094583_21131596.gif2006年5月25日
午後台北着。
「ああ、戻ってきた!」と感じさせてくれる匂い。
この匂いは桃園機場(台北空港)独特の匂い。
他の空港では一度も感じたことがない。

外はむっとする暖かさ。
高速を走り、台北市内に入ると左手に「圓山飯店」の雄姿が現れる。
赤色の柱と黄色の瓦が目に鮮やかな中国宮殿風高層ホテルだ。
かつて私が暮らしていた頃は、台北のランドマークだった。
その後は台北駅前の「新光三越摩天楼」に、つい最近では「101」に取って代わられた。

道路は相変らずバイク、スクーターのラッシュ。
それにイエローキャブが目につく。
交通マナーは頗る良好。
実は運転はけっこう荒いし、渋滞もするが。
それでも安心できるのは、中国の狂的な交通事情に慣れたせいか。
第一、クラクションの喧しさも無ければ、人が道路を勝手に横切らない。
おとなしく信号を待っているのは、日本と同様。
当たり前のことに敢えて感じ入る自分に気づき、思わず笑ってしまう。

昨夜4時間の睡眠で、ダウン気味。
早々に就寝。
晩安台北・・・
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by officemei | 2006-05-26 00:00 | ■台灣