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「藍より青し」というタイトルの漫画があるが、親や師匠よりも優れる事を「青は藍より出て藍より青し」(青出於藍而勝於藍)と言う。
「荀子」勧学篇に出てくる。
藍染めは古く6世紀頃中国江南地方から日本に伝わったそうだ。
この藍色は青色や紺色とは些か違ってなんとも自然の良さがあっていい。
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by officemei | 2010-07-29 01:53 | ■浙江
中国語を学び始めて既に40年、今でも日本語を中国語に訳す時は骨が折れる。
ネイティブと何度も推敲を重ねないと中国語の文章として出版までには至らない。
母語ではない言語で文章が書けるということは、母語ではない言語で話すことよりも数百倍難しいことなのだ。

彼も出版に際してはネイティブのチェックを受けているのだろうか、もしそうではないとすれば本当にすごいことだ。

彼とは、弱冠26歳の加藤嘉一君(北京大学大学院生)のことだ。

今、中国のメディアで「加藤現象」が起きている。
去年1年間に掲載されたコラム200本、訳著や対談集を含めた出版物が3冊、いづれも中国語だ。更にTV出演や雑誌の取材は300件以上、これもすべて中国語だ。
彼はいったいどんな人物なのか、それを知る上で手掛かりになりそうな新著が今回中国で出版された。彼の四作目だ。
「从伊豆到北京有多远」(江蘇文芸出版社)という書名からもわかるように自伝風の内容になっている。
中国語がまったくできない18歳の若者が、伊豆からはるばる北京までやってきたのは何故なのか、その北京で何を体験し、何を感じたのかが記されている。
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Who's 加藤嘉一?
加藤嘉一的10种面孔
一、加藤嘉一的英文名是Kato Yoshikazu,1984年出生,日本伊豆人。
二、加藤嘉一是北京大学的学生。作为日本公派留学生在国际关系学院就读本科,将继续读硕士研究生。获2006年留学生学习优秀奖本科生奖。曾经担任过北京大学日本人协会会长,现任顾问。
三、加藤嘉一在2003年“非典”高峰时来到中国。当着陆到北京机场时,一句中文都不会,一个中国朋友都没有,一分人民币都没有的“三无”状态。从“零”开始北京生活。
四、加藤嘉一是制作人、策划人、主持人。他曾经参加过70多个国际、中日文化交流活动、学术研讨会等;如东京大学-北京大学“京论坛”、中国人民网-日本一桥大学“中日产学论坛”、人民网“强国论坛”、日本国际交流基金“留华网”、东京女孩展演(Tokyo Girls Collection)等。
五、加藤嘉一是媒体评论员、专栏作者。他曾经参加过100多个中外媒体活动,接受过300以上采访;如凤凰卫视《全球连线》、《华闻大直播》、《文道非常道》、中央电视台CCTV9《DIALOUGE》、CCTV新闻《新闻调查》、《实话实说》、 CCTV2《对话》、CCTV4 《同乐五洲》、北京电视台《国际双行线》、日本NHK、北京卫视共同制作“加藤的纪录片”《纪实天下》、中国国际广播电台《CRI会客厅》、《People in the Know》、搜狐直播室、博客中国访谈、千龙网《网上大讲堂》;瞭望东方周刊《东游记》、南方周末、《vista看天下》南都周刊、法制晚报《老外说事》、环球时报、奥运盛典、中日传播网、英国金融时报、日本媒体NHK、周刊『东洋经济』、朝日新闻『AERA』、『论座』、共同网『My Opinion』等。他是中日关系、中日交流的热衷观察家、参与者。
六、加藤嘉一是图书作者。他曾经出版过《七日谈-来自民间的中日对话录》(合著、新华出版社、 2007年8月);『产学联合之路-中日产学论坛』(编委、论文作者、海洋出版社、2006年9月)。《红楼飞雪-海外校友情忆北大 1947-2008》(作者、北京大学出版社、2008年4月)《以谁为师》(作者、2009年6月)
七、加藤嘉一是同声传译者。他能流利使用日文、中文、英文三种语言,曾经在学术研讨会、国际论坛、商谈、文化娱乐活动等多种平台担任过同传或交传的角色,其经历100以上。比如,北京-东京论坛。
八、加藤嘉一是中国人民大学附属中学的日语教师。
九、加藤嘉一在日本初中、高中时从事专业长跑运动员,参加过全国大赛。
十、加藤嘉一是谈判者。他曾经在政治、经济、商业、文化、艺术、学术、娱乐、体育等各种国际场合扮演谈判者的角色,发挥语言、协调、沟通之优势,使得利益相关者的利益、愿望最大化。
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by officemei | 2010-07-28 00:49 | ■中国語
私の上海の友人Amiは観音菩薩に帰依し度々舟山列島の普陀山に往っているが、この地が日本人にとって重要な意味を持つことを語って聞かすと驚いていた。
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はるか唐の時代のこと。
日本僧・慧萼は山西省五台山で観音菩薩像を得て、寧波から日本に帰ろうとした。
ちょうど舟山列島のとある島の沖合いに至ったところ、海面に鉄の蓮華が出現し船が動かなくなった。
日本に招来しようとした観音菩薩像が渡海を拒んだ(不肯去)という。
因って菩薩像を島に安置したところ船はようやく動き、島にはこの菩薩像を「不肯去観音」と称して「不肯去観音院」と呼ばれる堂が建立される。
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これより、島は観音菩薩の霊場「普陀山」として人々の信仰を集めるようになり、山西省・五台山、安徽省・九華山、四川省・蛾嵋山と並ぶ中国四大仏教聖地となった。
したがって、普陀山の開山は日本僧の慧萼によるということになる。
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遣隋使・遣唐使・倭寇・朱印船など、古くから日本人が大陸に渡るときには五島列島を離れて目指した先が舟山列島だった。
時は下って、この列島(中国では群島という)を背景にしたストーリーが陳舜臣の「アヘン戦争」に出てくる。
清朝末期、中国の夜明け前にこの列島が歴史の大舞台に突如現れる。(詳細はご購読下さい)
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舟山列島周辺の光景はまさに多島海、瀬戸内海に似ているような気がする。
昔、浪速の津から瀬戸内海を通り、九州から五島列島を経由して大陸を目指した日本人たちの眼に、舟山列島はどのように映ったのだろうか・・・
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海天佛国普陀山简介:普陀山位于舟山群岛东部海域,与世界著名渔港沈家门隔海相望,是中国四大佛教名山之一、也是国务院首批公布的44个国家级重点风景名胜区之一,山上景物迷人,寺庙都建造在古樟丛中,素有“海天佛国”、“南海圣境”之美誉。
岛形似苍龙卧海,远离尘嚣,海阔天空,令人心旷神怡。
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普陀山是世界闻名的观音道场、佛教圣地,其宗教活动可追溯于秦。
至唐朝,海上丝绸之路的兴起,促进了普陀山观音道场的形成,并迅速成为汉传佛教中心,传至东南亚及日、韩等国。
至清末,全山已形成3大寺、88禅院、128茅蓬,僧众数千。
寺院无论大小,都供奉观音大士。可以说是”观音之乡“了。
每逢农历二月十九、六月十九、九月十九分别是观音菩萨诞辰、出家、得道三大香会期,全山人山人海,寺院香烟缭绕,一派海天佛国景象。
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普陀山的佛教历史悠久,作为观音道场初创于唐代。
唐咸通四年(公元863),日僧慧锷从五台山请得观音像回国,途经普陀山海面时触新罗礁受阻,于潮音洞登岸,留佛像于民宅中供奉,称“不肯去观音院”,观音道场自此始。
宋元两代,普陀山佛教发展很快。
宋乾德五年(公元967),赵匡遗内侍(太监)王贵来山进香,并赐锦幡首开朝廷降香普陀之始。
元丰三年(公元1080),朝廷赐银建宝陀观音寺(即今前寺)。
当时,日韩等国来华经商、朝贡者,也开始幕名登山礼佛,普陀山渐有名气。
绍兴元年(公元1131年)宝陀观音寺主持真歇禅师奏请朝廷允准,易律为禅,山上700多渔户全部迁出,普陀山遂成佛教净土。
嘉定七年(公元1214),朝廷赐钱万锣修缮圆通殿,并指定普陀山为专供观音的道场,与五台山(文殊道场)、峨眉山(普贤道场)、九华山(地藏道场)合称为我国四大佛教名山。


遣唐使船;
寧波;
我も越人の裔なり;
寧波三江口・老外灘;
麻將(麻雀);
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by officemei | 2010-07-26 23:00 | ■浙江
静安寺の隣、日系デパート「久光百貨」の地下食品売り場に「YAMAZAKI」がある。
以前は喫茶コーナーも併設していたが今はなくなった。
ここでパンを買ってコーヒーを飲むのがこの辺りに出向いたときの楽しみだった。
今もパンを買って帰るが、やはりその場で食するほうがうまい。
昨今、モダンなパン屋が増えてきたが、「YAMAZAKI」はその草分け的存在だ。

後輩に新潟出身のN君という男がいて、彼は十数年間の長きにわたり台湾山崎に籍を置き、その後シンガポール山崎に移った。
久光百貨の「YAMAZAKI」にいらっしゃる代表の某氏と何年か前に立ち話をした折に、N君の台湾時代の先輩にあたることを知った。
彼も近い将来上海勤務になるかもしれない。

每次经过久光百货地下一楼的「YAMAZAKI」山崎面包房,总会带上几款心仪对味的面包甜点回家。
记得以前,这类装修考究前店后作坊并以自助方式贩售的面包房在上海并不多见,当时山崎面包久光店的开业在沪上制造了火爆的面包热潮。
随着大量外籍人士以及海归的移入,有不少血统纯正的法国、德国、新加坡、日本面包店也相继抵达上海。
可颂坊、马可波罗、面包新语、巴黎贝甜、宜芝多、早安巴黎、85度C,每一家都各有特色,并推陈出新翻着花样迎合大众口味。

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yamazaki;
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by officemei | 2010-07-26 00:54 | ■上海
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by officemei | 2010-07-25 18:21 | ■上海
旧フランス租界のプラタナス・・・
木蔭に涼やかな風が舞う。
都会の喧騒を一瞬忘れさせてくれるフランス・プラタナスの街路樹。
上海のまち、梧桐樹影・・・


淮海路‧夏日的梧桐樹影
在上海,淮海路是與南京路齊名的商業街。
如果說,南京路是上海商業的象徵,那麼,淮海路更多表現的是一種品味,一種風格,和一種時尚。

以前被稱為霞飛路的淮海路兩旁,種植了整齊高大的法國梧桐樹。
除了浪漫的街景外,淮海中路還吸引了中外高檔名牌、百貨公司等來此設店,在這裡購物,更多了一分新舊融合的獨特魅力。

在上海幾個鬧區來上一趟購物血拼之旅,你會對上海驚人的發展速度以及上海人血液裡對時尚敏感的基因嘖嘖稱奇!

走在淮海路上,即使不購物,也能感受到收獲的喜悅。
極目望去,每一個街景都是一幅充滿時代氣息的畫面。
衣著光鮮、神采飛揚的紅男綠女,色彩眩目、往來穿梭的公共汽車,馬路兩旁一幢幢風格各異的商廈與路邊的法國梧桐、雕塑、小景觀、公園等相映成趣,把淮海路商圈點綴得如此的高雅。

懷舊與時尚相容的淮海路,是最能反應「上海文化」的地方。
婆娑的梧桐樹影,濃重的法式情懷,令追憶成為一種時尚,還有這條路上繁茂的梧桐樹,還有這與人影一起晃動的時光。

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by officemei | 2010-07-25 16:45 | ■上海
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「拔罐」はガラス玉を皮膚に吸着させ刺激を与えることで、血行を良くして体内の毒素を排出させる「カッピング」のこと。中国人のいるところ、或いは中国文化の影響を受けたところには必ずある療法。

カップの中にアルコールを数滴。火で炙って真空にし、背中の皮膚に吸着させて数刻。みるみるうちに皮膚はどす黒く隆起し、体内の老廃物を表面に出す。



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サウナやマッサージ店にはこの簡易な施療がオプションであって、肩こりなどにいいらしいが、何度かやってみた結果あまり効果は感じなかった。
カップを取ると背中に真っ赤な丸い跡が残り、数日間は取れない。

(因みに写真に写っているぶよぶよの人は私ではありません、念のため)

で、先日なるほどと感心した変形応用の光景が下の写真。







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彼女が銀幕に颯爽とデビューした頃に撮った写真。
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「色、戒」の湯唯は実に魅力的だった。
古き良き時代の上海が彼女を媒体にして感じられたような気がする・・・

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湯唯復活;
再び「色、戒」について;
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by officemei | 2010-07-21 00:42 | ■上海
下の写真にある海岸通りの突端、小高い丘の麓にホテルがある。そこに一泊した。
煙台にはこれで5度目だろうか。郷里の先輩・王さんも今はもうこの地にいない。
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煙台にて;
韓国色濃厚なまち・煙台;
煙台空港;
葡萄山;
海市蜃楼;
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by officemei | 2010-07-20 00:36 | ■山東
山東省・徳州市。
この徳州市に平原という駅がある。
遠く三国志の時代、劉備玄徳が初めて官職に就いた平原相はこの地にほかならない。

このまちが今、太陽光発電で脚光を浴びている。
ソーラーバレー計画(太陽の谷)によって環境都市宣言をおこなった徳州市。
太陽光を利用した信号機や街灯1万基を導入したり、マンションの温水器設置義務化など、まちを挙げての取組みが実り、今年9月にはこのソーラーバレーで太陽エネルギーに関する世界会議が開かれる予定だ。
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中国はCO2排出量で世界一になっていて深刻な環境問題を抱えている。
統計によれば、昨年の太陽光発電量は225,000KW、それを2020年には約90倍の2,000万KWにするという計画があるそうだ。
もしそうなれば、中国の太陽光発電量は、原発20基分に相当するらしい。
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徳州名物・德州扒鸡(德州五香脱骨扒鸡);
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by officemei | 2010-07-20 00:22 | ■山東