<   2013年 06月 ( 22 )   > この月の画像一覧

日本が民主国家である証拠の1つは、高級店か否かに関係なく、レストランの質が驚異的に高いことだ。
日本にはミシュランの星を獲得した高級店が多数ある。だが一部の店が世界最高の味を提供していること以上に素晴らしいのは、所持金わずか700円であってもおいしいランチにありつけること。素材の新鮮さや選択肢の多さからサービスのレベルまで、どれを取っても日本は突出している。世界中の先進国を見渡しても、これほど手頃な価格で、これほど贅沢な食生活を送れる国はないだろう。
日本是民主国家,具体体现在无论饭店级别如何,餐厅的品质都惊人地高。
日本有许多已获得米其林三星的高级饭店。但其中一些饭店除了能提供世界最棒的美食之外,更是价廉物美,仅消费700日元,也能享用地道美食。其食材之新鲜、菜品之丰盛、服务之舒适,这每一点,日本都做得出类拔萃。纵观全世界,再没有哪个先进国家,人们是以如此合理的价格,享用如此奢华的美味佳肴了吧。


東京・銀座のフレンチの名店エスキスのシェフ、リオネル・ベカは私にこう言った。「日本ほど、まずい食事に出合う可能性が低い国はない」。総務省によれば、日本国内には約67万店の飲食店があり、440万人が働いている。おかげで日本の食文化は活気にあふれており、ユネスコの世界遺産(無形文化遺産)登録を目指す動きさえある。
位于东京银座的法国料理名店ESqUISSE的主厨Lionel Beccat对我说:“没有像日本这样,遭遇难吃菜肴的几率极低的国家了。”
据总务省报告指出,日本国内约有67万家饮食店,从业人员多达440万人。因此日本的饮食文化一直勃勃生机,总务省甚至开始着眼于申请联合国教科文组织的世界遗产(非物质文化遗产)了。


もっとも、レストランは飲食業界(ひいては日本社会)の氷山の一角にすぎない。飲食業界はレストランだけでなく農家や漁師などの生産者からトラック運転手、デザイナー、職人、グルメ評論家まで無数の人々がクモの巣のようにつながり合うネットワークとなり、人々に仕事を提供している。
このネットワークの中で、とりわけ印象的なのが製氷業者の存在だ。東京では虎ノ門や新宿といった都心エリアにもいまだに製氷業者が生き残っている。飲食店に氷を納品する作業がどれほど細心の注意を要するか、利益を確保するために人件費や電気代をどれほど低く抑えなくてはならないかを想像すれば、彼らの仕事がいかに不安定で、いかに素晴らしいか分かるだろう。こうしたネットワークが今も生き残っている理由の1つは、外食産業への課税が最小限に抑えられている点にあると思う。日本では、800円のラーメンを頼んだ場合、客が支払う消費税はわずか40円だ。
餐厅原本不过只是饮食界(乃至日本社会)的冰山一角。饮食界成了一张蜘蛛网状的网络,不仅由餐厅,还有农民、渔民等生产者,更有卡车司机、设计师、工匠、美食评论员等各行各业的人织成,这张网给大家创造了工作机会。在这张大网里,最让人印象深刻的便是制冰业者。在东京的虎门、新宿等城市中心地带,至今还存在制冰业者。想象一下他们需要在工作中多么仔细,才能把冰块供应给饮食店,又是需要多么辛苦地控制人事费和电费,才能确保收益,就能明白他们的工作是多么不稳定,又是多么伟大了。
这张大网至今仍未破损,我认为原因之一在于对外食产业所征税率被控制在最小范围内的缘故。在日本,譬如点一碗800日元的拉面,顾客需支付的消费税仅为40日元。


■フランス人が外食をしない理由
この点で日本の対極に位置するのがフランスだ。フランスはグルメの国として知られているが、多くの旅行者のイメージとは裏腹に「レストランの国」とは言い難い。
フランス国内の飲食店数は20万軒以下で、レストランでの外食は贅沢な行為と見なされている。建設現場の作業員がそろってレストランで昼食を取る光景など考えられない。漁師が港のレストランで魚のフライや刺し身を堪能する姿も、まず見られないだろう。私の父は貧しいわけではなかったが、家族を外食に連れ出すのは年に5、6回、誰かの誕生日のときだけだった。フランスの外食事情が日本と大きく異なる最大の要因は、レストランで客が支払う付加価値税(消費税)が長年、19・6%という高水準だったことだ。09年に5・5%に引き下げられた(現在は7%)ものの、フランスでレストラン文化が花開くことはなく、外食は相変わらずカネの掛かる行為だと思われている。
■法国人不外食的原因
在外食文化上,法国与日本正处于两个极端。众所周知,法国是美食天堂,但与众多游客的印象截然不同的是,法国不算是“餐厅天堂”。法国国内的饮食店数量不足20万家,而在餐厅吃饭则被视作是奢侈的行为。你简直想象不出建筑工地的工人们鱼贯地走入餐厅享用午饭的场景,更见不到渔民在港口的餐厅品尝炸鱼块或生鱼片。我的父亲虽说不是很穷,但一年下来,全家人外食的次数也就五六次,仅仅因为那天是某人的生日。法国的外食状况与日本大相径庭的最主要的原因在于,客人在餐厅所支付的附加税(消费税),常年保持在19.6%的高比率上。2009年曾下调至5.5%(现在为7%),但还是没有振兴法国的餐厅文化,人们依旧认为外食无异于是撒钱行为。


日本政府が進めようとしている消費税率の引き上げは、日本が誇る食文化に深刻な打撃を与えるだろう。漁師から店の客まで多くの人々がつながる飲食業界ネットワークは非常にもろい。ラーメン1杯に掛かる消費税が40円から80円に値上がりしたら、すべての労働者とすべての客に重い負担がのしかかる。彼らは既に高い電気料金やガソリン代の負担に耐えているというのに。
そうなれば、最終的に生き残るのは高級レストランだけだろう。外食コストが上がれば、レストランは贅沢な存在に変わってしまう。日本の食文化を世界遺産に認定してほしいと願うなら、消費増税の悪夢から外食業界を守るべきだ。(News Week 5月21日号掲載コラム;日本の外食文化を消費増税が壊す Regis Arnaud)
日本政府正欲推行提高消费税率一事,这会对日本引以为傲的饮食文化会带来沉重打击吧。上至渔民下至顾客,网罗众人的饮食界大网是非常脆弱的。倘若购买一碗拉面所需的消费税从40日元涨至80日元,等于是给所有劳动者和顾客身上增添了沉重负担。明明他们身上业已承担着高价电费或燃气费了。
如此一来,最终只有高级餐厅能够侥幸存活了吧。外食成本提高了,餐厅就会变成奢侈品。日本要是希望饮食文化申遗成功,那就应该保护外食业免遭增收消费税的噩梦侵扰。。(News Week 刊登于5月21日 Regis Arnaud 增收消费税将破坏日本的外食文化)

[PR]
中科院研究揭示汉族和日本人基因表达差异显著 中国新闻网 2013年6月18日;
从中国科学院获悉,该院上海生命科学研究院计算生物学研究所徐书华研究组的最新研究成果显示,对于在中国汉族人和日本人之间存在显著差异的基因表达,单个遗传变异的贡献在7%到43%之间。中国汉族人和日本人有共同的遗传起源,在外表形态上也存在很高的相似性。然而,虽然亲缘关系如此紧密的两个人群在人体性状上的细微差异不易度量,但人们普遍的印象是,汉族人和日本人在外表上的差异似乎还是能被人眼识别出来,尽管大多可能仅仅是文化、行为上的差异以及由此导致的视觉上可以察觉到的差异。
从生物学的角度,汉族人与日本人之间究竟存在怎样的性状差异?有多少是由于环境差异导致的?有多少是由于遗传因素影响而产生的?为回答这些问题,徐书华研究组决定从基因表达谱入手进行探索和探讨。
科研人员对汉族人和日本人的全基因组表达谱芯片数据进行了系统和细致的分析,结果显示汉族人和日本人的基因表达谱存在整体上的差异。与之对应的是,尽管汉族人与日本人在外表和遗传上都存在较大的相似性,但是从基因组的角度,汉族人和日本人可以得到很好的区分。
该研究通过比较分析,鉴定出在两个人群之间存在高度表达差异的基因,通过对复杂性状关联分析数据库的搜索和基因功能注释,发现其中某些差异表达基因与人体血液和生化特性有关,还有一些基因与人体身高以及某些疾病相关。由于缺乏流行病学调查数据和最终表型数据,目前还不确定具体的联系和机制。
徐书华研究组的研究结果表明,中国汉族和日本人的差异,不仅仅是地理、语言和文化等方面的区别,而且在生物学上存在系统性的差异,这些差异有可能通过自然科学研究手段精确量化和客观描述。《医学遗传学》杂志已在线发表这项研究成果,称其有助于理解基因表达与遗传变异之间的联系,并为阐明近缘人群之间表型差异的分子机制提供了线索。

2013年6月26日、中国科学院上海生命科学研究院計算生物学研究所の徐書華研究グループはこのほど、中国の漢族と日本人は外見などは似ているものの、遺伝子レベルでは比較的明確な差異が存在していることを発見した。これらの研究結果は「医学遺伝学雑誌」(電子版)に発表された。中国紙・健康報が伝えた。
研究グループは、DNAマイクロアレイ(細胞内の遺伝子発現量を測定する機器)を使用して、漢族と日本人の遺伝子の分析を行った。その結果、漢族と日本人は外見上・遺伝上では比較的似通った部分が多いものの、遺伝子レベルで見ると明確に区分できることがわかった。
研究グループは、両者間で発現量に大きな差のある遺伝子の存在を確認し、分析を通じてこれらの遺伝子が血液や生物学的特性と関連のあることを発見。また、一部の遺伝子が身長の差や疾病と関係していることなども発見した。しかし、基礎データの不足などから、現段階では具体的な関係やメカニズムについては確定できていないという。
専門家は「こうした研究は遺伝子の発現と遺伝的変異の関係の解明に役立ち、近縁種間の表現型の違いのメカニズム解明の手掛かりを提供することになる」と評価している。(産経ニュースより)
[PR]

[PR]
先ずは下線部をクリックしてください。
台北のヒップなホテル

台湾のホテル事情についてのいい記事がありましたので、ぜひご覧ください。
以下は「光華雑誌」より;

旅館中的迷人風景~ホテルの中の景色
你喜歡旅行嗎?在旅途中,你曾經邂逅過令你印象深刻、戀戀不忘的旅館嗎?有人說,漂與泊,扮演旅行的二元重要角色,漂意指旅途中不可少的冒險、尋奇,泊則是旅人大肆探索過後,必要的安撫港灣。近年來,台灣的旅館業呈現百花齊放、眾聲喧嘩的景象,旅館的設計與服務也精益求精,給予旅人更多上路的理由,留下更多動人故事。
旅先で忘れられないホテルや旅館に出会ったことはあるだろうか。
旅には「漂と泊」が欠かせないという。「漂」は冒険や好奇心、「泊」は羽を休める場を指す。近年、台湾のホテル・旅館産業は多様な花を次々と咲かせている。ホテルのデザインとサービスの質は高まり、人々を旅へといざない、多くの物語を生んでいる。


飲食旅遊作家葉怡蘭,即使人在台北,有舒適的家可窩,偶爾也會因為工作太累、壓力太大,選擇短暫退隱到旅館,待上一天一夜,身心便能獲得充電與洗滌。她的「小隱」旅館名單之一,是位在烏來的「馥蘭朵度假酒店」。她會選擇面向山壁和美麗溪谷的房間,裡頭有非常舒服的沙發與溫泉浴池,置身其中,可以一整天看書、泡溫泉、賞風景,即使外頭颳風下雨,都無損於心靈的寧靜。葉怡蘭自承,她的隱居哲學是在邁向不惑之年的前幾年才開始養成的,相較於早年為了研究、書寫旅館,總是五感全開拚命體驗,住過全球各種不同類型的旅館;如今,她更嚮往去到山巔水媚處,在同一家旅館連泊數日,與內在對話。這樣的旅館,房間無需豪奢華麗,卻要動線流暢、明亮通透,風格則簡約雅緻,還要有舒適的浴室,必不可少的是一扇直接面對美景的開闊窗戶。如果能有好的食物,以及一個很棒的酒吧,可以容人安靜小酌一杯、順道和酒保聊聊天,一切就非常完美了。
グルメ旅行ライターの葉怡蘭は、仕事で疲れるとホテルに逃げ込む。ホテルに一泊して心身ともに充電し、リフレッシュするというのだ。
彼女が「隠れ家」にしているホテルの一つは、烏来の馥蘭朵度假酒店(ヴォランド)である。山と渓谷に面した部屋には、ゆったりとしたソファーと温泉の浴槽があり、一日中本を読んで景色を眺める。
葉怡蘭は、不惑を迎える数年前から、この「隠れ家」哲学を持ち始めたと言う。以前はホテル記事を書くために、感覚を研ぎ澄まして世界各地のホテルを巡った。だが今は、大自然の中の一つのホテルに数日宿泊し、自分の心と向き合う。こうしたホテルの客室は決して豪華ではないが、シンプルで明るく、快適な浴室があり、美しい景色の見える大きな窓がある。さらに美味しい食事ができ、落ち着くバーがあれば完璧だ。


旅人烏托邦:
擅於搞怪的實踐大學建築系副教授顏忠賢,在台北多年來有個「壞嗜好」,就是週末沒事會跑去住設計旅館,轉換心情也刺激靈感。他的口袋名單之一是台北市長安東路上的喜瑞飯店,總愛入住高層角間的豪華房型,因為浴室就設在兩扇呈90度角的巨大落地窗旁,宛如劇場空間。「入夜後,泡在純白如藝術品的美麗浴缸,望著窗外景致,緊鄰的新生高架橋車流如螢,映襯著室內一逕白色調的冷冽設計風格,感覺像身在科幻片裡的冷酷異境!」「旅館對旅人是一個奇特的烏托邦,一晚的體驗,可以是悲歡人生的縮影。」抱著這樣的信念,顏忠賢寫出一本魔幻寫實小說《寶島大旅社》(7月即將出版),名稱發想來自早年父親在家鄉彰化經營的同名旅館,當年,這家設計典雅、工法細緻的旅館,出入多是名流商賈,帶給兒時的他無限想像與美感啟發,或許也種下日後無可自拔的旅館癖。
旅人の理想郷;
実践大学建築学科の顔忠賢准教授は、週末になると気分転換のためにデザイナーズホテルに泊まる。彼のお気に入りは台北市長安東路にある喜瑞飯店(アンビエンス)だ。高層の角部屋の浴室では、両面に巨大な窓があり、純白のバスタブに入ると、外の新生高架橋を流れるヘッドライトが、白を基調とした室内のシャープなデザインとマッチし、まるでSF映画の中にいるような心地だと言う。「旅人にとってホテルは不思議なユートピアであり、その一晩の体験は人生の縮図にもなりえる」という考えから、顔忠賢はファンタジー小説『宝島大旅社』を7月に出版する。このタイトルは、かつて父親が郷里の彰化で経営していたホテルの名前でもある。そのホテルはクラシカルな設計で、幼かった彼はそこから無限の想像と美の啓発を受けたと言う。


旅館今昔大不同:
在現代人眼中,旅館早已不是僅供落腳、休憩的驛站,而是集合度假、享樂、會議、放鬆沈澱等多種功能。回顧台灣旅館業的發展歷程,有4大階段,與台灣的經濟發展、生活形態轉變以及國際觀光的成長大有關係。第一階段是國民政府遷台之後,大量的美軍、外援團體、國際新聞媒體突然蜂擁而至,為了讓這些外籍人士有比較舒適的住宿環境,1952年政府在商業活動興盛的中山北路興建了台北圓山飯店,紅柱金瓦、氣勢宏偉的外觀,富麗堂皇的古典氛圍,是當時台北的地標之一。1973年,第一家國際旅館希爾頓(今凱撒)開幕,標誌旅館的經營與行銷邁入國際化,也為台灣培養了不少旅館人才。1980年代初,由於日本經濟快速成長,台灣湧入大量日本觀光客,帶動第三波旅館業成長,當時政府以免稅優惠、低利貸款鼓勵民間興建旅館,此時出現的飯店有亞都、老爺、來來(今喜來登)、福華等。1990年代初,伴隨台灣經濟起飛,喜來登、晶華、君悅、香格里拉遠東、威斯汀六福皇宮等國際連鎖品牌紛紛到位,提升商務旅館的整體素質。此後由於國際觀光客人數不足,旅館業陷入漫長停滯,沒有新的國際品牌進駐,既有旅館也缺乏更新動力。不過,此時鎖定小眾菁英、強調風格與設計感的旅店悄悄崛起,象徵新一代旅遊風氣與生活品味的蛻變,並在晚近十年風起雲湧。
今と昔では大違い;
現代人にとって、ホテルは単に宿泊するだけの場ではなく、レジャーや娯楽、会議、充電など多数の機能を兼ね備える存在だ。台湾のホテル・旅館業発展の歴史は四段階に分けられ、それは台湾の経済発展や生活形態の変化、国際観光産業の成長などと大きく関わっている。第一段階は、国民政府が台湾に移ってきた頃である。国民政府の移転とともに米軍や外国の援助団体、海外のマスメディアなどが大量にやってきて、これら外国人に快適な宿泊先を提供するため、1952年に政府は中山北路に円山飯店を建設した。その赤い柱と金の瓦の壮麗でクラシカルな建物は、当時の台北のランドマークとなった。1973年には、台湾初の国際ホテル、台北ヒルトン(今のシーザーパーク)がオープンし、台湾のホテル経営は国際化の時代を迎えた。1980年代初期、日本から大勢の観光客が訪れるようになると第三の発展期に入る。当時、政府は税優遇や低金利融資などを提供して民間によるホテル経営を奨励し、この時期に亜都麗緻(ランディス)、老爺(ロイヤル)、来来(今のシェラトン)、福華(ハワードプラザ)などがオープンした。1990年代初期に台湾経済が急成長すると、喜来登(シェラトン)、晶華(リージェント)、香格里拉遠東(シャングリラ・ファーイースタンプラザ)、威斯汀六福皇宮(ザ・ウェスティン)などの国際ブランドが進出し、台湾のホテルの質が全体的に向上した。その後は海外からの観光客が増えず、ホテル業界は一時停滞したが、一方で小衆をターゲットとし、スタイルとデザインを追求した小規模ホテルが出現し始めた。ここ十年のこの傾向は、新しい世代の旅や生活への要求の変化を象徴している。


國際連鎖帶動創新:
2008年以來,國際觀光客人數的倍增,帶動旅館業第4波成長,吸引多家國際連鎖飯店進駐,與本土高檔5星旅館相互爭輝。國際連鎖品牌多鎖定一級戰區台北市,包括全球最大五星飯店連鎖集團喜達屋旗下的兩個重要品牌——寒舍艾美酒店及W飯店,日本最大五星連鎖飯店集團大倉久和、日本第一品牌的溫泉旅館加賀屋等,都是看中台灣觀光黃金10年前來布局。國際連鎖飯店擁有龐大資金,超強的美學設計團隊,以及國際行銷的力量,可吸引國際級重要人物造訪,從而提供旅館人員歷練舞台,也會帶來旅館界的最新觀念。以女神卡卡2012年來台演唱會指定下榻的台北W飯店為例,作為國際潮牌旅館龍頭,鎖定的是年輕、熱愛社交、追求時尚的商務客,善於以各種充滿驚喜的細節,挑逗客人五感神經,隨時滿足客人各種想望。台北W飯店別開生面的創舉有,推出套房派對專案,邀請時尚男女到飯店徹夜狂歡;也曾斥資把游泳池變成溜冰場,讓冬季池畔不打烊。
国際ブランドがリードするイノベーション;
2008年以降になると海外からの観光客が倍増し、ホテル産業の第四の成長が始まった。再び国際ホテルグループが進出し始め、ローカル経営のファイブスターホテルとの激しい競争が始まる。国際ホテルチェーンは台北に集中し、スターウッド・ホテル&リゾートグループのWホテルやル・メリディアン(寒舎艾美)がオープンした。日本のオークラ(大倉久和)や温泉旅館ブランドの加賀屋なども、今後十年の成長を見込んでオープンした。国際ホテルグループは資金力とデザインチーム、国際マーケティング力を擁し、世界中のVIPが宿泊するため、ホテル人材の育成の場となり、ホテル経営の最新のコンセプトをもたらす。2012年にレディー・ガガが宿泊したWホテルは、社交を好むスタイリッシュな若いビジネス客をターゲットとしており、スイートルームでのパーティプランなども打ち出している。


雲朗集團的文藝復興大業:
在國際品牌大軍壓境下,本土連鎖豪華飯店也有一番新氣象。2008年底,擁有顯赫家世及身兼台泥與嘉泥等企業高階主管的張安平,接下家族內的老字號中信飯店系統,重組為雲朗觀光集團,他把老飯店當成新事業,親自參與整頓,將飯店從體質到氣質徹底翻修,並訂出君品、雲品、翰品、兆品等「品系列」品牌,如今旗下已有12家旅館。2010年5月全新開幕的君品酒店,由名設計師陳瑞憲操刀,以「中國」與「巴黎」兩種元素混搭,處處可見量身打造、充滿貴族氣質的藝術氛圍,贏得2012年「世界奢華旅館大賞」的「亞洲區最佳奢華商務酒店」殊榮。知名的工業設計師謝榮雅觀察,不少精雕細琢、設計表現傑出的本土旅館品牌,都是在第二代接棒後,展現改革雄心,也因為遊歷過世界頂級旅館,他們更執著於把旅館當作展現個人美學品味的舞台,幾乎到了「不計成本、不以獲利為目標的狂熱境地。」張安平自己則曾透露,雖然身處傳統產業,他內心真正喜歡的是文化藝術,旅館事業讓他終於有機會做一些有趣的事,他希望透過旅館經營,向國際傳遞台灣優質的生活文化。雲朗公共事務處處長唐玉書說,本土品牌在行銷資源雖然不若國際連鎖品牌,但反而更能結合在地資源。例如,日月潭雲品酒店即以極簡風格的設計,將日月潭湖光山色引入全館每個角落,傳遞古代文人觀覽山水畫的脫俗概念。雲品的名人帶路系列,還曾邀請原住民鄒族藝人高蕾雅解說族群文化、養生達人陳月卿帶領住宿客人走訪有機農場。
雲朗グループのルネッサンス;
国際ホテルチェーンが続々と進出する中、台湾資本のホテルも生まれ変わりつつある。2008年末、名家の出身で台湾セメントや嘉新セメントの高級管理職を務める張安平が、家族が経営していた老舗の中信飯店チェーンを引き継いで雲朗観光グループを立ち上げた。古いホテルの位置付けを変え、君品、雲品、翰品、兆品など12軒の「品シリーズ」ブランドを打ち出した。2010年5月にオープンした君品酒店(パレ・デ・シン)は陳瑞憲のデザイン、中国とパリという二つの要素を取り入れた高貴な雰囲気で、2012年のワールド・ラグジュアリー・ホテル賞のアジアのラグジュアリー・ビジネスホテルの第一位に選ばれた。工業デザイナーの謝栄雅によると、繊細なデザインが施された台湾資本の優れたホテルは、二代目経営者が事業を引き継いだ後に改革したものが多いという。彼らは世界中の高級ホテルを見て回り、「コストや利益をほとんど考慮せずに自分の美学とセンスを追求している」と言う。張安平自身、自分は従来型産業に従事しているが、本当に好きなのは文化芸術だと言う。ホテル事業は彼に喜びをもたらし、ホテル経営を通して世界に台湾の優れた生活文化を伝えたいと考えている。雲朗グループ公共事務処の唐玉書処長によると、国際マーケティング面では台湾資本のホテルは国際ブランドに劣るが、地元のリソースと結び付けやすいと言う。例えば、日月潭の雲品ホテル(フローデシン)は、シンプルなデザインで湖の景観を取り入れ、山水画の境地を表現している。また、ツオウ族のアーティスト高蕾雅や、健康生活の達人・陳月卿をガイドに招くイベントも催している。


平價旅店幸福學:
除了本土飯店重新擦亮招牌外,飯店業的第二個趨勢是,平價旅館興起,標舉平價不等於廉價、旅館可作為在地文創平台等價值理念。台北旅店董事長戴彰紀是資深飯店人,2006年到中國大陸成都旅行時,意外發現法國人在當地開設的青年旅館很受好評,回台後決定擁抱普羅大眾,以長期租約的方式和既有老旅館合作,短短5年內,在台北火車站周邊及重要觀光點連開出8家平價旅店(分新尚、新驛、丹迪3品牌)。房間約3~5坪,幾乎沒有對外窗,但因為房價便宜(新驛雙人房最低1,920元)、交通便捷、房間舒適整潔,大受國內外自由行旅客歡迎。2013年全球最大旅遊網站「TripAdvisor」依旅客意見,選出台灣前25大最佳服務飯店,在眾多5星級飯店中,台北旅店旗下旅館幾乎全數上榜,是名單中唯一的經濟型旅店。新驛西門捷運店經理范之豪說,為了帶給旅客貼心的服務,接待櫃台24小時有兩位服務人員,不僅會熱忱招呼,還兼具收送郵件、代訂機票與車票、代訂伴手禮及旅遊資訊查詢等多功能服務。新驛旅店麻雀雖小,五臟俱全,雖然沒有餐廳和健身房等豪華設施,但有公共的冰箱、微波爐、開飲機及烤麵包機,以及免費的自助洗衣、烘衣及燙衣設備。此外,旅店的交誼廳、走廊、樓梯及房間內,有本土設計師的插畫或裝置藝術,讓每個角落都充滿小小樂趣。
格安ホテルの幸福学;
台湾資本のホテルの再生とともに注目される趨勢は、質の高い格安ホテルの興隆である。ホテル歴の長い台北旅店(タイペイ・イン・グループ)の戴彰紀董事長は、成都でフランス人が経営する若者向けのホテルの評判がいいことを知り、台北で古いホテルと協力して格安ホテルの経営を始め、わずか5年のうちに台北駅や観光スポットの周辺に8軒(新尚、新北駅や観光スポットの周辺に8軒(新尚、新駅、丹迪の3ブランド)をオープンした。部屋は3~5坪、二人部屋で1920元からという安さで、交通の便がよく、部屋は快適で清潔なことから外国人バックパッカーに人気がある。世界最大の旅行サイトTripAdvisorで、2013年に台湾のサービスの良いホテルのトップ25に選ばれた中に、ファイブスターホテルと並んで同グループ内のホテルがほとんどランクインした。同グループの新駅(シティ・イン)西門MRT店の范之豪支配人によると、同ホテルでは24時間2人が勤務し、郵便物の受け取りやチケット手配、旅行情報の提供などを行なっている。共同の冷蔵庫、電子レンジ、トースター、ランドリー設備、アイロンなど、必要なものは揃っている。ホールや廊下などには台湾のアーティストの作品が飾ってある。


上路吧!一個人的旅行:
近年,因應新世代輕便上路、預算精省的旅遊形態,旅館的面貌也更加多元。在高雄火車站附近有一家改裝自三溫暖的旅館,名為「單人房住宿空間」,從入門check-in之後就男女分流,房間共64間,只有一種規格,擁有一張單人床及足以攤放大行李的空間,僅以可簡單上鎖的拉門維護隱私;每間房間都有Wi-Fi及必須戴上耳機收看的液晶電視。在這裡,房客必須共用三溫暖式的洗浴空間、公共廁所及梳妝台,另有電影放映室、閱覽室及餐廳,還可預約按摩,住宿費每晚為900元(含早餐)。在國內外背包客網站中口碑甚好,平日住房率約4成。「單人房」店長、三十多歲的蘇鵬今說,傳統三溫暖對老一代人而言,曾是融合泡澡、按摩及用餐的完美休閒空間,也曾是高雄在經濟起飛年代,南來北往商人們權宜的過夜地點。而今三溫暖式微,他大力鼓吹身為原經營者的父親與老股東們轉型旅館。他考察了韓國大受年輕男女歡迎的「汗蒸幕」(結合spa、健身與餐飲的休閒空間),國外的青年背包客棧,以及日本的膠囊旅館,發展自身獨特經營模式:以私人專屬空間取代青年旅店常見的共用臥房,想耍孤僻的人就窩在自己的房間,想交朋友、問情報,一踏出去就是舒服的交誼廳,「讓旅人既有個人自由,又不離群索居。」
一人旅に出よう!;
若い世代が、少ない予算で気軽に旅に出るようになり、ホテルの形も多様化してきた。高雄駅の近く、サウナを改築した単人房住宿空間(シングルイン)は、内部が男女別に分かれている。64部屋はすべてシングルベッドと荷物を広げられるスペースだけで、部屋のドアは鍵のかかる引き戸、各部屋にWi-Fiと液晶テレビがある。このホテルでは、サウナ付きの浴室やトイレ、洗面所は共用で、映画上映室や閲覧室、レストランがあり、マッサージも頼める。宿泊費は朝食付きで900元。ネット上で、内外のバックパッカーからの評判が良く、平日の宿泊率は4割になる。シングルインの店長、30代の蘇鵬によると、もともと父親がここでサウナを経営していたが、台湾ではサウナが流行らなくなり、彼がホテルに転換するよう説得したという。彼は韓国で若者に人気のある汗蒸幕(韓国式サウナ)やバックパッカー宿、日本のカプセルホテルなどを参考に、一人で過ごしたい人も、友達を作って情報交換したい人も利用できるサウナ付きのホテルに改装したのである。


家外之家:
值得討論的是,理想的旅館,究竟是讓人有回到家般賓至如歸的感受,還是應該創造更多令人迷醉的體驗?謝榮雅認為,過去百年來國際旅館業發展出一套堅固的「家外之家」概念,期待飯店如家一般舒適、安心、可靠,如今這些早已是旅館業的基本價值與設計理性。然而,過去30年來全球「設計旅館」的爭奇鬥豔,卻又看似在顛覆傳統飯店的「家」的概念,因為「人們去度假,正是為了感受與家不一樣的氣氛,豐富生活體驗。」謝榮雅舉例,正因如此,強調「提供前所未有體驗」的台灣汽車旅館,會在設計上挖空心思,而當初看來驚世駭俗的創意──將浴室打造成無屏蔽的「展演舞台」,如今已是設計旅館普遍的手法。顏忠賢則認為,旅館最終極的境界,其實是「重新定義你的家,與生活中的每一個細節,」例如設計旅館翹楚──阿曼旅館集團,總是能在不同國度給予旅客深度文化體驗,也提供更愉悅舒服的家的靈感。或許,旅店正是關於家的一種隱喻與寄託。對於心靈與身體不斷驛動的現代人而言,那等在一日終點的旅店,正因為短暫與瞬間,比現實的家更貼近於漂泊人生,也更懂得撫慰旅者疲乏的身心。
もう一つの家;
理想のホテルとは、自宅に帰ったような気分にさせる場所なのか、それとも日常とは違う体験ができる場所なのだろうか。謝栄雅によると、世界では百年前から「ホテルはもう一つの家」という概念があり、自宅と同様に安心してくつろげる場という基礎が根付いてきた。だが昨今は、世界中でデザインホテルが興隆し、「家」の概念が覆されているように見える。バカンスの目的は、家とは違う体験をするためだからと謝栄雅は言う。そこで台湾では「今までにない体験」を標榜してデザインを凝らしたモーテルが生まれ、それが今ではデザインホテルの手法となっている。顔忠賢は、ホテルの最終的な境地は「自分の家と生活の細部を定義しなおす」ことにあると考える。例えばデザインホテルの最先端を走るGHMは、さまざまな国で宿泊客に深い文化的体験と、快適な家へのインスピレーションを提供する。ホテルは家の隠喩の一つと言えるかもしれない。心も身体も流浪する現代人にとって、一日の終わりにたどりつくホテルは、現実の家より身近な存在として旅人の心身を癒してくれるのだ。

[PR]
by officemei | 2013-06-25 21:05 | ■台灣
範兒(范儿)という言葉があります。さて、どう日本語に訳すか、あれこれと考えてみました。
元々北京の方言で、力量或いは風格などの意味があるそうで、気質、ある種の品性品格を表わすらしいのですが、ちょっと違うような気がします。
“范儿”这个词语乃是北京方言。在北京话中"范儿"就是"劲头""派头"的意思,指在外貌、行为、或在某种风格中特别不错的意思,有点相近于“气质”、“有情调”的意思,用别的词来形容还真有点费劲,只可意会不可言传。而现在的“范儿”也有风格的意思,用来形容明星的风格,个人品位等。

例えば下図の民国時代の広告にある当時の女性ですが、こういうのを「民国范儿」と言うんだそうです。
e0094583_18453286.jpg


今年の旧正月のTVで「中国范儿」という歌を耳にしました。浅学で咄嗟に適切な日本語に訳せませんでした。「中国スタイル」?では意味が不明だし・・・



又、このような人たちも「范儿」と表現しています。


感覚的にはわかるのですが、適切な訳が出てきません・・・
[PR]
by officemei | 2013-06-24 18:02 | ■中国語
從象山拍台北101大樓夜景(2013/06/15)
e0094583_9394087.jpg

[PR]
by officemei | 2013-06-22 00:16 | ■台灣
ちょうど1年前の2012年6月、西安TVの番組「西安零距離」から視聴者並びにネットユーザーに謝罪文が発表されました。当時大きな反響をよんだ「信じられないような」お粗末なニュースを、ここに掲載しようかどうか逡巡しましたが、3つの意味で敢えて出しますね。
1. メディアは共産党の監視下にあるはずなのに、こんなの事前チェックしないのか?
2. 農民も女性リポーターも世間知らずなのか、冗談にしては公共電波に流すのはお粗末では?
3. 前代未聞の放送後、この女性リポーターと番組ディレクターなどはどうなったのか?
でも、片意地這った共産党の監督下にあるメディアが、こんな失笑をかうニュースを提供してくれたことに「はなまる」あげます。

哈哈哈哈哈哈哈哈哈笑死啦了!!
2012-06-19
XATV西安零距离 :致广大网友及观众的公开信:各位亲!昨晚我们的一条新闻让大家见笑了。这件事引发了大家的广泛关注、转发和评论。由于我们的记者还很年轻,不谙世事,在这条新闻中给大家带来了不适和误导!在此,我们衷心的感谢各位网友对我们节目的批评和指正。亲们,请原谅我们的一次疏忽吧!
(要約:昨夜はまことにお見苦しいニュースを放送し、皆様のご批判ご叱責を頂戴しました。なにぶんリポーターはまだ若く世事に疎いため、ニュース・リポートで不適当且つ誤解を与えることになりました。番組に寄せられた皆様からのご批判に対し、心よりお詫び申し上げます、お許し下さい)

[PR]
実はこのショートフィルムも国民党のCMです。海外で生まれ育った台湾籍の女の子が、初めて台湾を旅することになります。そこで感じた「自分の家に帰った」ような安心感を伝えています。ナショナル・フラッグを前面に出して絆をソフトにアピール、中国共産党には真似できませんね。する気もないだろうけど・・・


[PR]
by officemei | 2013-06-21 05:18 | ■台灣
これは中国国民党の選挙用CMフィルムです。
青天白日旗は中華民国の国旗ですが、犬をけしかける連中が着ている緑色のチョッキは民進党(緑を党のカラーにしている)をあらわしています。ちょっと日本では露骨すぎてクレームになる手法ですがショートフィルムとしてはいい出来だと思いませんか?

[PR]
by officemei | 2013-06-20 23:45 | ■台灣
e0094583_7332975.gif反日デモから半年、日本製品ボイコットは回り回って中国自身に
(China Report 2013年3月29日より)
反日游行过去半年,“抵制日货”开始影响中国

昨年9月に発生した反日デモ、そして日本製品のボイコットを旗印にした日本経済への制裁から、半年が経った。積年の日本・日本企業・日本人への恨みが吹き出し、血祭りに上げるかのような中国での異常な騒ぎは、今ではすでに以前の静けさに戻ったかにも思える。
于去年9月爆发的反日游行,以及打着“抵制日货”旗号进行的对日经济制裁已经过去半年了。这一切如替罪羊一般,把中国多年来对日本、日本企业及日本人的仇恨一并都迸发出来了。如今,这些不正常的骚动似乎已经恢复到以前的平静。

しかしその一方で、今年1~2月、日本の対中投資は前年同期比で6.7%減少した。日本の中小企業もどんどんアジアシフトを加速させる動きが顕著になっている。さらに、現地で経済活動を続ける日系企業にとっては、いまだその後遺症を引きずる結果となっている。
但是,与此同时,今年1-2月日本的对华投资比去年同期减少了6.7%。令人关注的是日本的中小企业正在进一步加速亚洲倾斜战略步伐。而对于继续在当地开展经济活动的日资企业来说,这些骚动所引发的后遗症仍未消除。

騒動の当時、中国人の間ではこのようなセリフが流行っていた。
「もし中国人が、日本ブランドを1ヵ月間買わなければ、日本企業は数千社が倒産する。半年間買わなければ、日本は人口の半分が失業する。1年間買わなかったら、日本経済は徹底的に瓦解する」
「中国市場に依存しているのは、むしろ日本経済だ」と、日本の脆弱な足元を見、経済制裁という形で一種の商戦を仕掛けたのである。日本ブランドを駆逐し、国産ブランドを台頭させる――それが世界第2位の経済大国になった中国の挑戦でもあり、過去100年の歴史のなかで連綿と続いた「天敵日本」への恨みを一気に晴らす好機でもあった。しかし、果たして彼らの狙い通りになったのだろうか。
当时,中国人之间流行的说法是“如果中国人一个月不买日本品牌,数千家日本企业将会破产。若半年不买,日本的一半人口将会失业。若一年不买,日本经济将彻底瓦解。” 正是看到“日本经济离不开中国市场”这一软肋,便以经济制裁的形式发动了所谓商战。通过打击日本品牌来扶持国产品牌---这是身为世界第二经济大国中国发起的挑战,也是一个绝佳时机来宣泄与“宿敌日本”在过去100年间延续不断的仇恨。 然而,事实果真如他们所愿吗?

日本企業の事業縮小に伴い泣きを見るのは中国企業と中国人
伴随着日本企业规模缩小,哭泣的是中国企业和中国人

今年3月、筆者は上海市長寧区にある中国資本の日本語教室を訪れた。上海の日本語教室といえば、最近まで成長著しい産業のひとつであり、かつてここにも多くの中国人生徒が通っていたが、昨年9月以降、状況は一変していた。経営者は「生徒が激減してしまった」と明かす。「特に大口顧客を失ったことは痛手。かつて私たちのクライアントは日本企業が大きな割合を占めており、ローカルスタッフの語学研修やマナー研修などを受注していました。しかし、こうした研修は軒並みキャンセルとなっています」と話す。
今年3月,笔者拜访了位于上海市长宁区的中资日语学校。在上海,日语学校是近几年发展迅速的产业之一,这所学校曾经也有很多中国人来学习,但去年9月以后,情况发生了变化。经营者坦言"学生量骤减"。"最受打击的是失去了大量学员。以前我们的客户中日本企业占了多数,主要业务是本地员工的语言及礼仪培训。然而目前这类培训相继被取消。”

現地の日系企業は、人材開発のための予算を縮小させる傾向にあるようで、以前のように積極的に研修を活用するなどの動きが少なくなったのだ。
予算削減は、人材開発のみにとどまらない。
当地的日资企业在人材培养方面正逐步减少预算,越来越多的公司不再像以前那样积极开展培训等活动。实际上,削减预算不仅仅只限于人才培养方面。

2000年代後半に上海に進出したある日本の医療器具メーカーは、上海市の中心部にある販売拠点の増床を計画中だった。しかし、本社から「計画を見直すように」との通知が入る。増床計画のみならず、事業拡大計画もペンディングとなってしまった。ここ1年、事業拡大計画の練り上げに全力投球してきたという担当者は「何のためにここまでやってきたのか」と肩を落としている。
2000年代后半期进入上海的某日本医疗器具厂,本来曾计划在上海市中心增加销售点。可是,从总公司却发来了“重新定位”的通知。除了该计划,扩大企业规模项目也暂时被搁置。据说这一年中全身心地投入到该项目运作的负责人也失望地表示“付出了这么多,真不知道是为了什么”

影響を受けるのは地元の不動産仲介会社だ。多くの日系企業の仲介実績が自慢の某不動産もまた中国資本の企業だが、「これまで売上の大半を占めてきた日系企業の業容拡大に伴う社屋移転は、もはや期待できなくなりました」という。
受到影响的还有当地的房地产公司。曾为很多日资企业做过中介而颇有名气的某中资房地产公司表示“日资企业曾占了公司利润的大半,但目前已经很难再指望日资企业为了扩大业务而进行的房屋搬迁。”

さて、上海では事業を縮小する日系企業が少なくないが、それに反比例するかのように、法律事務所の職員は多忙な日々が続いている。 「毎日、深夜0時を過ぎる残業が続いています」と打ち明けるのは、法律事務所の管理職だ。この半年間、案件の大半は“日系企業の整理縮小”だという。もっと具体的に言えば、解雇に反発して過激な行動に出る社員を“なだめること”だというのだ。 「上海を中心とした華東地区の日系企業は、事業縮小や雇用削減をかけるところが少なくありません。整理解雇の対象になった中国人社員が大暴れし、それを抑え込むのに企業も事務所も必死です」とこの管理職は語る。
与众多在上海缩小规模的日资企业相反的是,律师事务所却每天都忙得不亦乐乎。
某律师事务所的管理人员吐露“每天都加班到深夜12点以后”。据称这半年期间,大部分案件是“日资企业的调整减员”。具体说就是“抚慰”为了反对解雇而出现过激行为的员工。 “在以上海为中心的华东地区,有为数不少的日资企业不惜缩小业务或者精减人员。无论企业还是律师事务所都在尽全力平息由于被解雇而来大吵大闹的中国人。”


他方、中国では人気ブランドとして著しい成長を遂げていた大手メーカーは、反日デモ以降の業績が急激に落ち込んだ。そのため、恒例の“春節前ボーナス”は無配となり、春節を前後に発表するはずの昇給も昇級人事も一切できなかったという。
另外,一家在中国取得了显著发展的大型日资企业,其品牌在中国很受欢迎,但反日游行以后业绩便急转直下。因此,该企业取消了往年的“春节红包”,本应春节前后公布的加薪、升职等也全部被取消。

もはや切り離しては考えられない日系企業と中国社会
已无法分开的日本公司与中国社会

業績が低迷する日系企業は、今後、求心力を失うことも懸念され、多くの人材を失いかねない。もともと家電製品などはここ数年、韓国勢に押され気味で、日本ブランドは80~90年代にあったような栄光を失いつつあったが、反日デモの影響を受け、中国市場における日系企業のさらなる失速は免れ得ない。 他方、日本企業の中国市場に対するマインドを冷え込ませ、また将来性に対する期待を失った日本企業は、チャイナリスクをヘッジするために、新たな拠点を求めてシフトを始めている。
对于日渐不景气的日资企业来说,令人担忧的是其吸引力已经开始减弱,这可能会造成人材大量流失。尤其是这几年,家电业等已完全被韩国的势头给压制住,日本品牌曾经在八、九十年代创造的光环正逐渐退去,再加上反日运动的影响,在中国市场发展的日资企业将无法遏制其大幅下滑的局面。另一方面,日资企业对中国市场的信心正进一步降温,并且在对将来也不抱有任何希望的背景下,他们开始寻找新的基地以防范中国风险,

そういう意味では、中国の狙い通り「日本企業への攻撃」は成功したかもしれないし、「日本ブランドの中国市場からの駆逐」のきっかけにはなった。しかし、損失を被るのは日本経済にとどまらない。上述したように、昨今の日系企業の動向には、中国資本の企業や中国人の生活も無関係ではいられないことが証明された。
从此种意义上来讲,中国人所期盼的“打击日本企业”或许已经取得了成功,并可以此为契机“把日本品牌逐出中国市场”。然而,遭受损失的不仅仅只有日本经济。上述一切也充分证明了日本企业的动向与中国企业和中国人也有着千丝万缕的关系。

例えば、解雇を嫌がり大暴れする中国人が存在するということは、この景気の悪い中国で「簡単には次の就職先が見つからない」ことの裏返しでもある。しかも、日本企業では「そこそこ真面目にやっていれば」生活は安定する。競争の激しい欧米企業、いつ倒産するかわからない中国企業とはまるで異なる居心地の良さがある。暴れるのも無理はないのだ。
俗に、中国に進出する日系企業は2万社とも言われる。200万人に及ぶ中国人の雇用を創出し、間接的に日系企業の経済活動の恩恵に預かっている人口は900万人だとも言われている。日本企業が事業に縮小をかける今、彼らもまた危機にさらされていることを意味する。
以一被解雇就去闹事的中国人为例,这也从深层次上说明了目前在经济不景气的中国“找工作并非易事”。而且,在日本企业“若能够比较认真工作的话”就可以保证生活稳定。这种安逸与竞争激烈的欧美企业及随时可能倒闭的中国企简直是天壤之别。闹事也就不难理解了。据说,进入中国的日资企业已有两万家。所雇用的中国人也达到了200万人,而间接从日资企业的经济活动中受益的人口据说也已超过900万人。这就意味着,在日资公司缩小规模的同时,他们也陷入了困境之中。

中国ブランドは日本ブランドに取って替われるか
中国品牌能否取代日本品牌

2012年9月10日、日本政府(野田内閣)が、埼玉県在住の地権者から、魚釣島ほか2島を20億5000万円で購入し、それを国有化することを決定。翌11日に国への所有権移転登記を完了させると、16日には北京、上海、杭州などの中国85都市で反日デモが発生した。当時のスローガンは「抵制日貨」。日本製品のボイコットは全国に吹き荒れ、日本ブランドの自動車が破壊され、日系のショッピングセンターが略奪を受ける憂き目にあった。
2012年9月10日,日本政府(野田内阁)决定花费20亿5000万日元从目前居住在日本琦玉县的“ 土地所有者”那里购买钓鱼岛及另外两个岛屿,并将其国有化。第二天即11日,当把岛屿所有权转让给国家的手续完成后不久,16日在北京、上海.、杭州等85个中国城市举行了反日游行。当时的口号是"抵制日货"。抵制日货的浪潮一时席卷全国,日系车被砸、日资商店被抢,可谓损失惨重。

あのとき、頭に血がのぼり日本への経済制裁に熱くなった市井の人々も、今では「日本ブランドか、国産ブランドか」の違いにはこだわらなくなった。日本から進出したコンビニエンスストアは相変わらず客が出入りし、寿司もおにぎりも売れている。過去100年近い歴史の中で、中国は何度も日本製品のボイコットを繰り返してきた。そこには、主に2つの目的が存在した。ひとつは日本経済へ打撃を与えることであり、ひとつはこれをきっかけにした民族工業の発展であった。その根底にあるのは、日本・日本企業・日本人に対する、恨み骨髄の怨念である。昨年の尖閣問題を発端に起きた日本製品ボイコットによる経済制裁は、世界の経済大国2位になった中国が自信満々で仕掛けた「商戦」でもあった。しかし、だからといって中国ブランドが天下を取ったわけではなかった。
那时,曾经热血沸腾、积极参与经济制裁日本的普通市民,如今,已经不再那么在意究竟是"日本生产的还是国产的"区别了。日系便利店的客人照常进进出出,寿司、饭团也都卖得不错。在过去近百年的历史里,抵制日货的运动在中国不断上演。这主要有两个目的。第一是为了打击日本的经济,第二则是借此发展民族工业。其归根结底还是对日本、日本企业及日本人的一种骨子里的仇恨。
去年由于钓鱼岛问题而引发的抵制日货运动,并最终导致的经济制裁,其实也是已成为世界第二经济大国的中国信心百倍发动的“商战”。不过,中国品牌并没有因此而占领天下。


2012年9月の日系自動車の販売台数は、前年同月比で3割近く減ったが、その分消費者が国産ブランドの「吉利」や「奇瑞」になびいたわけではなかった。売り上げを伸ばしたのは欧米系や韓国の自動車メーカーであり、日本ブランドを拒否したところで、消費者は国産車を買わないのだ。同じことがデジタルカメラにも言える。日本製品ボイコットというスローガンを受けて、はたしてどれだけの人が国産ブランドの「明基」や「愛国者」に飛びついただろうか。日本製品ボイコットをいくら叫んだところで、それに取って替わる国産ブランドが育っていないことには、「商戦」にすらなり得ないというわけだ。
2012年9月日系车的销售量与前一年同期相比减少了近3成,对于这部分需求,消费者并没有都投向“吉利”、“奇瑞”等国产品牌。而销售量有所增加的却是欧美及韩国车。由此可见,即便是把日本品牌拒之门外,消费者也不买国产车的账。同样的一幕也发生在数码照相机上。在“抵制日货”这一口号下,最终又有多少人义无反顾地投向了“明基”、“爱国者”等国产品牌呢。再怎么高喊着抵制日货,却没有取而代之的国产品牌,这根本就谈不上是商战。

グローバルな経済活動において、何が純粋な日本ブランドで何が中国製なのかもわからなくなったように、どこまでが敵対する日本経済で、どこまで民族経済なのかという線引きすらも難しくなっている。中国で売れ行きが落ち込む日系車の内部には、中国製部品が無数に使用されている。そしてその部品の多くは“現地調達”である。つまり、中国資本の下請けや孫請けである多数の部品工場と、そこに多数の中国人従業員が存在していることを意味する。中国がエネルギーを注ぐべきは、日本ブランド打倒ではない。一刻も早く“国民に支持され、信用される”国産ブランドを打ち立てることだ。まさにこれは国家100年の計だといえるだろう。それが実現しない限り、また日本へのコンプレックスに火がつく可能性は高い。
在全球一体化的经济活动中,已经分不清什么是纯粹的日本品牌,什么是中国制造了。甚至都很难确定被敌视的日本经济与民族经济的分界线究竟在哪里。在中国销售量遭遇滑铁卢的日系车内部的很多零件都是中国制造。而这些零件大多是“当地采购”。这也意味着其在中国为很多零件承包、转包工厂及这些工厂里的员工创造了工作机会。中国应倾注全力去做的事情不是打倒日本品牌,而是要尽早树立“被国民支持、信赖”的国产品牌。而这也应该就是所谓的国家百年之计。若不能早日实现,其对日本的自卑感很可能会再次一触即发。

さて、日中関係の雪解けが見えないなかでも、中国の地方都市ではそれでも日本との交流に期待を寄せるところがある。互いに背を向け合う二国間の政治関係と、それでも「合作」を求める経済関係。興味深いのは、中国側は「両国間の関係は危険な状況にある」という前提に立ちながらも、日本企業を誘致しようとしている点だ。そんな危険な状況であることをわかっていながら、日本企業を誘致しようとするのは、単に「金だけ」の関係という極端な割り切りがあるためだろうか。そうでもしないと財政基盤が危ういなど、かなり差し迫った状況にあるためだろうか。
尽管中日关系的融冰期还遥不可见,但在中国部分城市仍然期待着与日本的交流。
两国之间的政治关系是背向而驰,而经济关系却是谋求“合作”。令人颇感兴趣的一点是,在认为“两国间的关系已陷入危险境地”的背景下却仍要吸引日本公司进驻。在明明清楚目前危险局势的情况下,却坚持吸引日本公司进驻,这是仅建立在“赤裸裸的金钱”关系上的当机立断?还是一种无奈之举从而避免出现财政危机等迫在眉睫的状况呢?


最近、中国で報道される尖閣がらみのニュースはめっきり減った。その一方で、プリツカー建築賞を受賞した伊東豊雄さんの紹介記事が、地元新聞の文化欄で2面を占めて紹介された。また、映画監督の河瀬直美さんの取り組みを紹介する記事もあった。日本のいいところはいい、学ぶところは学ぶ、そんな空気も回復してきたようだ。日中関係は最悪期を脱したかのようでもある。だが、楽観はできない。歴史的怨念の上に顔色を見ながらの中国ビジネス展開――日系企業の、その薄氷を踏むかのような中国ビジネスは、おそらく今後もその本質を変えることはないからだ。
最近,在中国关于钓鱼岛的报道明显减少。与之相反,在地方报纸的文化专栏用两版介绍了获得普立兹克建筑学奖的伊东丰雄。另外,还有介绍电影导演河濑直美动向的报道。肯定日本优秀的东西,并鼓励大家学习,这一切表明在氛围上仿佛有所缓和。日中关系仿佛也已从最低谷走出。但是,不能过于乐观。在历史仇恨的根基之上,需要小心翼翼地在中国开展——因为日本企业在中国的这种如履薄冰般的事业,今后也恐怕难以改变其深层次的本质。
[PR]