タグ:ぶら~り台湾 ( 299 ) タグの人気記事

食は多彩、食文化は破壊!?
本文は、トラベルジャーナル「台湾・タイワニーズは前身あるのみ」の掲載文から抜粋させていただきました。暮らしが見える、旅が変わる、というキャッチフレーズのこの本は、従来からある旅行ガイドブックのようなうわべだけの情報ではなく、生活や文化に触れる読み応えのある秀作です。ぜひご購入の上、ご覧下さい。

戦後、国民党軍が(台湾へ)やってきた時、連れてきた素晴らしい人たち。それは、大陸各地方の名コックであった。
おかげで、一気に「食在台湾」となった。台湾料理はもちろんのこと、北京料理、四川料理、広東料理、上海料理、海鮮料理、精進料理「素菜」、薬膳料理、そして日本風料理などなど、各々が味を競い合う食のワンダーランドと化した。
コックたちの切磋琢磨の果てに、ワールドワイドな地位を獲得したレストランも多い。北京ダックの「天厨」、四川料理の「国賓大飯店川菜庁」は、台北随一との評判だし、台湾料理の「欣葉」や「青葉」は、台湾家庭料理の有名店である。
「台南担子麺」の担子麺を、台湾リピーターならもう一度食べたいと頭に浮かべる人も多いだろう。また、飲茶の「鼎泰豊」は、東京に海外初の支店を出したりと、ますますご発展の様子。
ところが、ここ10年余りで、台北を中心とする外食産業に大異変が起きている。従来の中華系に加えて、欧米系が続々と出現。ピザにはじまり、うどんっぽいパスタが売り(!)のイタメシ屋さんとか、タコスを
出す店なんかも登場。タイ料理は結構人気みたいだし、トルコ料理といったマニアックなエスニック系レストランも現れた。
もちろんとっくに、マクドナルドなどのファーストフードはチビちゃんらのお誕生会会場御用達となっているし、中高校生がカラオケボックスへ持ち込むスナックとして定着している。またサンドイッチや特大マフィンにありつけるコーヒーチェーン店も盛況。
ナイトライフとしては、いわゆるカフェバーがオシャレらしく、チップ&バーガー的な軽食も、若年層を中心に一般的になりつつある。
また、数年前の「養老乃瀧」の進出をきっかけに、居酒屋ブームに火がついた。行列ができるほどの大ブレイク期を過ぎ、今では台北の風景に当然のごとく溶け込んでいる。「養老乃瀧」の人気は若干ダウンしているらしいが、「白木屋」も健闘中だ。
居酒屋はメニューの種類が多く、小皿でちょこちょこと日本食を食べるというのが、台湾人の嗜好に合致したようだ。しかもメニューが写真で何となく想像できるから、オーダーしやすいのも勝因と思われる。
そして、日本料理といえばサシミ。サシミと言えばマグロ。ワサビてんてこ盛りの醤油にどっぷりつけるマグロのサシミは、ヘルシー&オイシイと、老若男女を問わず大好物の一つとなった。
夜市にしても、地元民から内外の観光客までと不動の地位を保つ。
タッタと軽快に作るその姿を視界に入れつつ、おいしそうな匂いに包まれれば、誰だってニンマリ、お腹が空いている気にもなる。
また、デパートの地下街なども夜市同様、ちょいと小腹を満たすための一大エリアとなっている。
とにかく、最低限のポケットマネーさえあれば台湾で「飢え死に」という現象は絶対に起こり得ない。
そもそも台湾人は「ご飯食べた?」というのが日常的な挨拶の上、外食文化を持つ人たちだ。
さらに経済力はばっちりとなれば、もうどうにも止まらない。最近の「何でも24時間営業ブーム」に便乗して、24時間営業のレストランや、飲茶店なんかも登場というわけで、今や街全体が不夜城の食べ物横丁状態となった.。
時代は「自助餐」へ
1990年代前半に、台湾の飽食時代が幕を開けた。
街中の多くのレストランが「自助餐」と呼ばれるバイキング形式への転換を図ったのだ。
これが、会社帰りのビジネスマンやOLたちに大ブレイク。
一流ホテルでもない限り、夕食のバイキングにしても200~400元だから高くない。店によっては、子供がフリーチャージか半額だったりするから「子連れ狼」も目立つ。
大型の食べ放題専門レストラン「海覇王」はそこに目を付け、ファミリー層を狙って住宅地を中心に大規模なチェーン展開を図った。この元祖バイキング王は、かつてほどの勢いはないが今なお健在だ。
こういったバイキングの料理内容がすごい。台湾料理をはじめとする、青椒肉絲みたいな中華料理系はもちろんだけど、クリーム煮みたいな西洋風系オカズ、鉄板焼きのコーナー、飲茶、麺類あり、スープ類、そして日本料理もどき。もちろんサシミも。それからサラダバー、パスタ、パン、シリアル類、山盛りのフルーツ、ジュース、中国式デザート、西洋式デザート、アイスクリームなどなど。つまり毎回、食を制覇した気分に浸れる。
その食べ方がまたすごい。日本人のように「ビールをまあ一杯」とチビリチビリやりながら食べる人など、台湾ではごく少数派。
いちおう最近は、「台湾ビール」が販売に積極的だし、数年前からは世界的なワインブームにともない、ワインも店に置かれている
とはいえ、基本は男性であれ女性であれ、バイキングに含まれるウーロン茶や甘いジュースで、ひたすら食べまくることに専念している。

e0094583_094858.jpg
e0094583_010331.jpg
e0094583_0102193.jpg
e0094583_0103799.jpg
e0094583_0105141.jpg
e0094583_012977.jpg
e0094583_012262.jpg
e0094583_0124554.jpg

e0094583_018669.jpg

[PR]
by officemei | 2006-01-12 00:00 | ■台灣
エネルギッシュな台湾人をよく象徴するのが、その旺盛な食欲である。
新年が発財(今年もお金が儲かりますように)で始まれば、ふだんの挨拶は「食飽未」(おい、メシ食ったか)である。発財するにも、お腹がへっては戦にならないではないか。とにもかくにも、この国には「武士は食わねど高楊枝」などという考えは似合わない。うれしいときも悲しいときも、まずは「食べる」ことから始まる。台湾人は昔から「吃飯皇帝大」(せめて食べるときは皇帝と同じ気分になりたいもの)と、誰もが美味なるものをたらふく食べたいと願い、日々実践する。
幸い台湾は今や「食在台湾」と言われるくらい、食通にはうらやましい世界的なグルメ天国だ。大通りをちょっと歩けば、それこそ中国五大菜(北京、上海、四川、湖南、広東)から雲南、山西、蒙古料理まで、本場の大陸にも負けない中国の伝統料理がすべて満喫できる。おそらく、人口当たりのレストランの数は世界一、二を争うだろう。これも、蒋介石軍が戦後大陸から渡ってくるとき、故宮博物院の宝物と一緒に中国各地の名コックたちを連れてきてくれたおかげと、台湾の食通たちが苦笑する。毎年8月には台湾の食天国ぶりが「台北中華美食展」として存分に誇示される。誰が言ったか、人間最高の幸せが「日本女性を妻にし、洋館に住み、中国料理を食べることだ」とすれば、台湾人こそ毎日が「口福」と言えよう。
最近は台湾人もみな多忙となり、特に若者にはアメリカ流ファーストフード店がなかなかの人気だ。だが、家族と良き友とゆっくり食べるにはやっぱり中国料理に限る。朝は早くから近くの公園にくり出し、朝オケや太極拳で一汗流してからいつもの屋台か小吃でお粥をすする。あるいは、豆乳に焼餅(平べったい小麦粉パン)、油条(細長い揚げパン)がおなじみのヘルシーな朝食。OLは豆乳にボリューム満点のサンドイッチ弁当を買い込んで会社へ行くのが当世流。昼は好きなものを自分で皿に選んで食べるバイキング式自助餐が一般的。ここでは豚や鶏肉、魚などを使った庶民の味がメインだ。そして夜は思いっきり食べようと若者は屋台のはしごか、吃到飽(食べ放題)ヘと向かう。ポピュラーな屋台メニューは台湾版カツ丼の「排骨飯」や「牛肉麺」、「虫可仔煎(かきのオムレツ)」、「肉粽(ちまき)」、「米粉(ビーフン)」、「魯肉飯(豚肉のそぼろかけ)」など。食通はフカヒレやアワビ、ツバメの巣などの故事来歴、美味しい食談義に花を咲かせながら、文字通り「皇帝流口福」のときを愉しむ。事実、中国の名物料理には、満漢全席を産んだ乾隆帝を始め、秦の始皇帝や隋の煬帝、唐の則天武后、清の西太后といった、歴代皇帝や女帝にちなんだエピソードが多いため、食談義からしてスケールが大きくなってしまう。したがって、宴席はだれもが皇帝の気分となって盛り上がり、宴会時間も二時間、三時間と延長しようというもの。この夕食タイムが各人の胃袋によって午前二時、三時まで続く。台北の夜市(士林や復興南路の通称「お粥横丁」など)は午前零時を過ぎてからがいよいよ本番だ。
いったい、台湾の人はどのくらい食べるのか、ごくふつうの人曰く「毎年、台北から高雄まで(約360キロ)の高速道路の建設費くらいですかね」と。
(マクミランランゲージハウス「台湾人のまっかなホント」より)
e0094583_05194.jpg

e0094583_052054.jpg
e0094583_053544.jpg
e0094583_055274.jpg
e0094583_06141.jpg
e0094583_07223.jpg
e0094583_072335.jpg
e0094583_073838.jpg
e0094583_07535.jpg

[PR]
by officemei | 2006-01-11 23:52 | ■台灣
e0094583_12441097.gif馬英九 台北市長・中国国民党主席。

(以下日本語・中国語)
1950年香港九龍生まれ。
台湾大学卒業後、ハーバード大学で法学博士号取得。
弁護士としてアメリカの法律事務所に勤務、帰国後蒋経国総統の個人秘書、国民党中央委員会副秘書長・国家統一委員会研究員、法務部長(法務大臣)歴任。
その後、台北市長選に国民党公認候補として出馬。当時、現職市長だった陳水扁(民進党公認・現総統)を破り台北市長に当選。
現在台北市長。
e0094583_1822656.jpg


2005年7月16日国民党主席に選出、政治的手腕と温和・清廉なイメージ、俳優並のルックスで人気があり、次期総統の最有力候補と目されている。12月3日、彼が国民党主席となって初の選挙(地方首長選挙)が行われ、国民党は大勝利を得た。2008年に総統直接選挙が行われるが、彼が総統になるかどうかはオリンピックより興味深い。
e0094583_1821229.jpg

e0094583_18213036.jpg

e0094583_5121523.jpg

ノッてる人(馬英九国民党主席)と対比するとなんか顔が惨めに見えるのは気のせいか?この度の地方選挙の結果23首長中6首長しか民進党は取れなかった。アビィエンもなんか翳ってきました。政治家はある種のオーラが必要です。今のアビィエンにはそれが無いように感じますが。ま、馬英九にしてもオーラは出てませんが。フェロモンは発してるかもしれない。

e0094583_18504224.jpge0094583_18505465.gif





陳水扁會變跛鴨,這是對他的不信任投票
執政黨在台灣地方首長選舉慘敗之後,總統陳水扁在剩餘的兩年多任期可能變成跛鴨。總統所屬的民主進步黨飽受弊案醜聞拖累,週六只贏得23席縣市長中的六席,其餘席次皆被反對黨國民黨與友黨囊括。
e0094583_246542.jpg

e0094583_5133446.jpg

[PR]
by officemei | 2005-12-05 12:23 | ■台灣
台北・華西街界隈の雰囲気が良く表れているので抜粋してみた。
「女ひとり・突撃アジア」のなかあき子著(青春出版社)から
雨が時折ばらつく、どんよりとした空。2月の台湾は、けっこう肌寒く、数日前から体調すぐれぬ熱っぽい身には、排ガスまじりの寒気がこたえる。空、道路、建物、オヤジの髪・・・目につくすべてのものがグレー。なんか、シケた街だなあ。台湾の浅草と呼ばれるオヤジな街、華西街。精カ系ゲテモノ料理店あり、アダルトグッズショップあり、娼館あり。初の台湾探険は、そんなオヤジ臭プンプンのところから始めたい。華西街のすぐそばに宿をとった。ガイドブックに載ってはいるものの、もろ連れ込み宿風の、雑居ビルの中にあるボロ宿である。案内された部屋は、3畳、窓なし、鏡張り、うっすらポマードの臭いのする枕。じめっとした空気は、前に泊まったオヤジの体温が残っているのか。これで1泊700元(約2,450円)。けっこう高いぞな。この宿で、台湾人の友人、日本人の友人と待ち合わせをしているのだが、なにせロビーもないボロ宿。雑居ビルの3階ということもあり、通りに出て待つことにする。ぼおっとビルの前に立っていると、妙な雰囲気に気付く。行き交うオヤジがジロジロ見ていくのだ。立ち止まる奴、ヒソッと話しかけてくる奴も。・・・アヤしい。「台湾のオヤジってフレンドリー!」なんて決して言える雰囲気ではない。数分前から、自転車を押す手を止め、目の前で立ち止まっている男がいた。小柄で、髪が薄く、年は六十前後か。目が合ったとたん、何か小声でまくしたててきた。やっぱりアヤしい、まわれ右。ドアを開け、階段を昇って宿へ戻る。すると、そのオヤジもついてくる。走る。オヤジも走る。おいっ、こいつは何なんだ? オヤジ; 「×◎△○×○×、○×○×・・・ (この女に、按摩してもらいたいんだけど)」宿主; 「◎△○×○! ○×、○×○! (アホ! この女は旅行者だ!)」 立ちつくす私、怒る宿主、「間違えちゃつたあ」かわいくテレ笑いしながら退場するオヤジ。この辺には、男のための按摩屋が多く、その客引きと間違われたってわけなんだな。ああ、これが華西街。その夜、友人に街を案内してもらった。乱暴にいえば、精力つけるぜ系食べ物屋、アダルトグッズ、みやげ物屋が順番に並んでいるような。蛇の生き血を絞るショーやら、スッポンをさばくショーやらが、精力つけるぜ系各店の前で行われている。オヤジは真面目顔、欧米観光客はウエッてな顔、子供はびっくり顔、とにかく皆凝視している。欧米の自然保護団体からクレームがくるとヤバイらしく、写真撮影は絶対禁止だとさ。そして、お次は「成人情趣用品」店、アダルトグッズショップ。こちら、かなりあっけらかんとしている。女子高生なんぞもいるではないか。友達へのプレゼントを選んでいるというが、どうなんかねえ。ふふふ。スケスケのエ口下着、イチモツにはめる毛がついたリング、女性の局部再現マシーンにゃあご丁寧にも、リアルに毛が生えているし,オヤジ雑誌の通販ページにあるような品々を、間近でじっと見られるのは新鮮なもんだ。「うっへぇ! これ、本当に入るんかい?」「ううむ、これをあそこにグルリと・・・い、痛いのでは」「なるほど。毛の感じがそれっぽいかも」勝手なコメントをブツブツ心で唱えつつ、グッズ屋をはしご。店頭の金ピカ巨根の置き物なんて、いったい誰が買うんでしょうなあ。この辺り、スーパーでも、キッチングッズやトイレットペーパーの脇の棚に、アダルトグッズが並んでいたりするぞ。通りをはさんで、さらに奥に続く商店街はほどよくさびれた雰囲気。うす汚れた螢光灯に昔の縁日にあったような射的なんぞのゲームが照らし出され、数十年前にタイムトリップしたようだ。揚げパンをつくる店やら、怪しげなカラオケスナックやら、どう見ても観光客向けではない店が目立つように。う~ん、そろそろ・・・という予感は的中。路地を覗くと、妖しく輝くピンクやブルーの螢光灯が目に入った。あの光は娼館に違いない。光に吸い込まれ、近づいていく。厚化粧の若い姉ちやんたちが、やる気なさげに店の前に立っている。奥には薄暗い部屋が。蛇、スッポシで精力をつけたオヤジたちは、蛾が明かりに引き寄せられるがごとく、色つき蛍光灯に向かっていくのか。そしてすっこ~んと魂抜かれて、帰りゆくのか。ここは「宝斗里」と呼ばれている。もともと歓楽街だったが、日本の台湾領有時代に娼館がわんさかできたという。日本の業者が、日本から娼婦を連れてやってきた。リトル吉原だったのだろうか。もちろん台湾人の娼館も続々登場。日本撤退後も、政府により公娼街として認可され、今に至るという。ちなみに、お値段は15分1,000元(約3,500円)。早い、若い、安いと三拍子。しかし、15分って。1分1秒たりとも無駄にできませんねえ。かなり集中せんと、いかんですねえ。この公娼街を抜けると、さびれた雰囲気の裏道にでる。さて、そこで目につくのは「鹿」の看板がズラリ。裏通りは鹿肉街であったのだ。「強壮精カ」看板にあるように、鹿肉も精カ系の食品なのである。一戦終えて魂抜かれたオヤジたちは、ここで精力を補給して、二回戦に挑戦なのか。それとも、古女房の待つ家に帰るのに、もう一歩たりとも動けないってんで、栄養補給か。そんな鹿肉、友人のすすめで我々も食べていくことに。サイコロステーキの形状をした肉が15個程で、100元(約350円)。粉ワサビをデロデ口に練ったもんと醤油で食す。それほど臭みもなく、固くもないが、うまくもない。息を止めて、コーラで喉に流し込む。むぐぐ。そして翌日。寝汗をやけにかいての起床。部屋が湿っぽい、不快。でも確かに熱は下がり、疲れもとれていたぞ、おそるべし鹿肉。そんな華西街に、結局三泊もしてしまった。路地を、脇道を、歩けば歩くほビ、オヤジな場所。ありゃ、私の黒のジャンパー、隣を歩いてるオヤジのと似てまいか? 串焼き食いながらアダルトグッズ屋台を覗く姿も・・・。雰囲気に流され、自分もオヤジ化せぬよう要注意。
[PR]
by officemei | 2005-11-24 19:26 | ■台灣
e0094583_1440123.gif台湾で食べる中華料理は、中国で食べる中華料理よりも味が繊細だ。

私はこれまでに中国と台湾の各地でその地の料理を食してきたが、結局のところ、上海と台湾のごく家庭的な「家常菜」が一番日本人の口に合うと感じている。
特に台湾は食の天国だ。高級食材からB級グルメまで。

e0094583_22114124.gif


夜市のB級グルメ 定番メニュー

e0094583_166555.jpg蚵仔煎
台湾風お好み焼き。蛎が入っていて、卵とでんぷんで閉じる。甘くてちょっと辛いケチャップをつける。 「蚵仔煎 オアゼ」。


e0094583_1664564.jpg黒輪
おでん。台湾ではケチャップ付きで食べる。必ずスープを出してくれる。ちなみに「黒輪」の発音は台湾語で「オレン (おでん?)」となる。


e0094583_1684367.jpg棺材板
揚げた食パンの中身をくり抜き、中にクリームシチューをいれたおもしろいスナック。台南での名物。ちなみに「棺材板」は棺おけのことで、この料理を見るとそれもうなずける。


e0094583_1691074.jpg肉粽
ご存知ちまき。具がたっぷり入っていてボリュームも満点。おやつに最適な一品。
独特のタレをつけて食べる。


e0094583_1675281.jpg蘿菠
台湾名物大根餅。こんがりとする程度の絶妙な焼き具合がなかなか真似出来ない。飲茶レストランでもメニューに入るようになったが、やはり屋台でいただきたい。


e0094583_1681336.jpg薬膳排骨
漢方薬でじっくり煮込んだスープで、中には羊や牛の肋骨が入っている。肉は少しだけしか付いていないが、味がしみこんでいて美味しい。


e0094583_1610841.jpg香腸
台湾式のソーセージ。にんにくをかじりながら食べる。小指程度のミニサイズから特大サイズまでバリエーションも豊富。


e0094583_16102846.jpg臭豆腐
3メートル先にいても匂いが漂ってくると言われている名物。発酵させた豆腐のにおいは強烈だが、好きな人はやみつきになってしまうらしい。


「自助餐」 安くて清潔なB級グルメ セルフの食堂
e0094583_17162032.jpg


e0094583_1716512.jpg


e0094583_1718537.jpg


e0094583_17191760.jpg


B級グルメ店看板スナップ
e0094583_17204493.jpg

e0094583_172146.jpg

e0094583_17195232.jpg

e0094583_1720351.jpg

e0094583_17205796.jpg

e0094583_17212012.jpg

[PR]
by officemei | 2005-11-12 17:22 | ■台灣
2005年11月4日~9日。
とりだてて意味のあるものでもないが、記憶に残ったいくつかのシーン。


・永漢書局。
この本屋は邱永漢の経営する日本語図書を扱う書店で、台北居住の日本人には馴染み深い。既に紀伊国屋が東区の「微風広場」にできて久しいが、それ以前からずっと中山北路にあった。そこで明らかに台湾人とわかる老人が目を真っ赤にして日本語の単行本を立ち読みしていた。

・国立台湾師範大学正門
仕事の関係で待ち合わせをここでした。私はずっと以前ここに一時期学び、この近くの龍泉街 に住んだ。先に着いて待っている間、行き交う学生を見ていた。男子学生が学校の塀沿いに並んで駐車しているバイクに近づいた。ヘルメットをかぶり排気ガス用マスクをした帰り支度の女子学生に声をかけ、私の眼の前できつく抱き合いマスク越しにキスをした。笑いあいながらマスクをはずし今度は相当熱いキスをする。保守本流の名門師範大学生も学生気質は本当に変わったものだ。

・台北YMCA
5ヶ月前の訪問時には気づかなかったが、インフォメーション窓口の奥の壁に故何応欽将軍の揮毫扁額があった。

・吉野家のパート公募
時給90元、日本円にして約350円。

・国民党主席、台北市長 馬英九の父君逝去
葬礼服は韓国と同じだが白。日本の黒とは対照的。

・新光三越デパートの細やかな気配り
朝、入り口付近で開店を待っている人たちに、デパートガールが紙コップのお茶をサービスしていた。これがまさにCSだ。

・コンビニ
ビニール袋が要る、と言えばプラス1台湾元で袋をくれる。いや購入するということか。4円くらいで日本のそれよりも厚手で丈夫なビニール袋が手に入ると思えば安いものだが、袋持参ならわざわざ買う必要もない。とにかくこの厚手の袋は重宝する。中国の薄い薄い袋と比較すると長持ち、代用がきく。

・乞食
日本ではとんと見かけなくなったが、台北ではたまに見かける。上海の乞食はもっと多いし、台北のように路上に坐って物乞いするだけじゃなく、まとわりつく。

・補習班
日本なら予備校だが、相変わらずの盛況ぶりだ。大学受験のための予備校は上海では見かけない。学校の先生が放課後有償で補習をやる。有名校の先生は学校外での家庭教師、補習でしこたま稼ぐ。家庭教師代を払える経済力と熾烈な受験戦争、学歴崇拝が背景にある。日本は少子化で中身を深く問わなければ100%大学入学できる時代になった。

・丁寧語
いわゆるサービス業に携わる者の顧客に対する言葉使いは当然ながら丁寧だ。中国に慣れてしまった感覚からは、台湾の言葉に新鮮さすら感じる。

・11月のこの時期でも、北部台湾の気温26度から30度
風邪を引きずって来た私にとっては最良の気温だった。
[PR]
by officemei | 2005-11-09 05:30 | ■台灣
e0094583_14435133.gif台北でマニアックな経験をしたい方へ 激賞! 

手に汗握る緊張の30分!
で、お楽しみ代は400台湾元です!

中山北路と民権東路の交差点、東南角に上海銀行ビル、東北角にスターバックスがあるが、そこを北へ向かって歩くと先ず山水閣ホテル、次にドラッグストアのWatsons屈臣氏があって、そこを右(つまり東)に曲がる。

ちょうど初めに説明した交差点から北へ一本目の筋だ。

するとすぐ前に煉瓦造りで相当年季が入った教会「真心堂」がある。

この辺りからは、すぐそこが表通りだというのに何か怪しげな雰囲気が漂っている、
というほどのこともないか。

教会を左に見てそのまま真っすぐ歩くと、道の右並びに足つぼ図を看板にした外見はごく普通のどこにでもあるまちの散髪屋といった風情の店がある。

そこが私の一押しの穴場で、同好の士はぜひこの際、意を決して探検してみてください。

看板には「東方理髪」と書いてあって、店内にはわずかに2人分の理髪スペースだけ。

如何にも怪しい。奥にいったい何があるのだろうか。

e0094583_23382373.gif




e0094583_23453352.jpg
実は、この店が耳かき極めて30年、耳掃除の専門店なのだ。
理髪・足つぼ・全身マッサージと一応メニューは揃ってはいるが、メインは「耳かき」なのだ。
私は一年に一回ペースで利用しているが、素晴らしい技によってびっくりするほどの耳くそが出てくること、圧巻、茫然自失。

30分というのは耳かきをしているといかにも長く感じる。
うとうと気分でというものじゃあない。早く終わらないか、我慢、緊張の連続だ。
痛みは感じないが、耳の穴を金属質の工具?で擦られるひりひり感を感じる。
耳くそというよりも、穴の内側にこびりついた薄い膜、実はこれが素人では取れない耳くそなのだが、そいつを細心の注意を払ってゆっくりとこそげ落とす、或いは引っ張り剥がす。
こそげ落とす場合は、ひりひり。
引っ張り剥がす場合は、耳の奥の奥まで引っ張られ、未経験の恐怖を覚える。
その結果、でかい耳くそを「ほら、こんな大きなのが出たよ」と示されると、理由のつかない充足感を味わえて、ああきっと出産ってこんな幸福感なのだろうか、と馬鹿みたいなことを思ったりもする。
確かに聴力が一段と良くなったようにも感じられて、気分一新、すっきりとするのだ。

ぜひ一度お試しあれ!

e0094583_23475230.jpg

[PR]
by officemei | 2005-11-05 23:51 | ■台灣
e0094583_13374237.gif戦後60周年にあたる今年(2005年)は、テレビでも報道特集やドキュメント、記念番組が流れていたが、中国メディアと比較すると日本のそれは概して低調だった。

日本においては既に「戦後は遠い過去」のこと、といった感がする。
だが中国ではそうはいかない。
現代中国のそもそもの出発点、背景は日本軍国主義の中国侵略からついに「勝利した」ところから始まる。
これを中国では「光復」と言う。

今年の春からずっとメディアを通して抗日戦争勝利60周年を祝う特集・記事・番組が多く、「戦後生まれ」の私ではあるが、中国を専門にしてきた日本人としては、両国の60年の歩みとその前の不幸な歴史を振り返る機会が多い。

10月になってからテレビ番組で台湾光復60周年記念番組が連日流れた。
私は上海に居て、その台湾特集に違和感を覚えつつも見続けた。
殆ど外省人かイデオロギーに関係を持つ人々の声で、本省人(台湾)や一般民衆の声を反映しているとは思えない編成だと感じた。

浅学にして8月15日の「光復」が何故10月の今なのかという疑問もあったが、今回台北に来てある雑誌を見て納得した。
ここにその記事を紹介し、台湾の「光復」、台湾の現状を考えてみたい。
今後5年間、2010年を迎えるまでに台湾政界は恐らく大きく変貌するであろう。
民進党が下野すれば益々中国協調路線に進み、一般民衆の現状維持姿勢は保てなくなるだろうし、統一に向けての大きなターニングポイントを迎えることとなろう。
それが好む好まざるにかかわらず趨勢となってくるに違いない。

More
[PR]
by officemei | 2005-11-05 16:50 | ■台灣
台湾に行く当日はいつも午前3時頃に目が覚める。
7時に家を出れば十分間に合うのに、まるで小学生の遠足気分だ。
潜在意識の中で何かしら高揚するものがあるらしい。
学生時代、初めての海外経験が台湾だった。
もう30年余り前のことだ。
当時、小田実の影響を受けて、「行けば何とかなる」といった単純思考で訪れた。
中国語専攻の学生だったので、語学研修が大前提ではあったが、台湾に行って何をするかも決めずに、まあなんとかなるさ、といった本当に軽い乗りだった。

当時、中国は文革末期の極左時代で、国交回復後間もない頃とはいえ、一般人が自由に渡航できる状況にはなかった。
台湾は国連を脱退したが、その存在を示すためにも「自由中国」を内外に鼓吹し、張り詰めた空気が漲っていた。

1974年の数ヶ月、私は台北の葉さん宅に居候(ホームステイと言うよりも居候のほうがぴったりする)することとなった。
以来今日に至るまで、葉さん一家とはずっと関係を保っている。
当時、台湾師範大学国語教学中心に通い、古亭国小の聴講を受けたが、何よりも得がたい経験は一般家庭に居候したことだ。
数ヶ月とはいえ、語学力の向上には大いに役立った。
加えて台湾人の情を体感したのが、今以って私の心を熱くするところだろうか。
当時、私は台北で偶然にも葉さんと知り合い、居候した(食費も家賃もなにもかも受け取ってくれず、家族のように遇してくれた)。
そのような嘗てのあれこれが脳裏に渦巻き、私にとって台湾は、情緒的に「第二の故郷」といった位置付けにある。
だから毎度台湾行きの当日早朝は、高揚して熟睡できず今朝のような始末になってしまう。
では、そろそろ出かける準備に取り掛かろう。

e0094583_1839352.jpg

e0094583_18392388.jpg

e0094583_19561683.jpg

e0094583_19562892.jpg

e0094583_19564590.jpg

[PR]
by officemei | 2005-11-04 06:05 | ■台灣