■青島のカラフルな街並み
青島に「台東三路商業歩行街」という通りがある。
このあたりは、ドイツの租借地として青島がドイツ風の街づくりをおこなったときに中国人居住区として整備されたところ。
その後の1930年代(日本の占領時)には日本資本の工場に働く中国人が多数居住するようになった。
それを目当てにいくつかの商店や食堂がオープン。
1940年代には商工会も設立されるほどに賑わいを呈する。
さて2010年、現在この1キロ余りの通りには1日当り20万人の人出が溢れるそうだ。
特徴的な風景はカラフルな壁画で彩られた街並み。












このあたりは、ドイツの租借地として青島がドイツ風の街づくりをおこなったときに中国人居住区として整備されたところ。
その後の1930年代(日本の占領時)には日本資本の工場に働く中国人が多数居住するようになった。
それを目当てにいくつかの商店や食堂がオープン。
1940年代には商工会も設立されるほどに賑わいを呈する。
さて2010年、現在この1キロ余りの通りには1日当り20万人の人出が溢れるそうだ。
特徴的な風景はカラフルな壁画で彩られた街並み。












by officemei
| 2010-02-23 00:22
| ■山東


