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■大連 日本人哀愁のまち

唐突ながら、来週は大連にいる予定。
私の温泉好きがどうやら仕事に結びつきそうだ。
大連で計画中の日式温泉施設。
その設計監理を請けた東京の設計会社から翻訳の話が舞い込んできた。
いざ大連へ!

かつて大連は帝政ロシアの租借地として旅順軍港とともに栄えた。
その後、日露戦争、満州事変により日本の管理下におかれる。
関東庁、満鉄の本拠だ。
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私の一世代、二世代前の日本人にとって、大連は憧れのまちだった。
内地から満州へ渡る玄関口として数多くの日本人が行き来する。
アカシアの大連(清岡卓行著)を読めば、戦時中大連に暮らした日本人が如何に哀愁を帯びてこのまちを懐かしむかが理解できる。
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アカシアの街路樹、市電、洋館、緑の山々、日本に繋がる海と港。
かつて日本人が最も愛した、優雅で叙情的なまち、それが大連。

大広場(現・中山広場)を中心として放物線上に街路が続く。
その核となる円形状の街路には、今も旧日本時代の建築物が残る。
http://www.lotus-tw.com/asian_way/itou_folder/itou_ch01.html
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五味川純平の「人間の条件」や「戦争と人間」を大学時代に連日徹夜して読み耽った。
その頃の学生は左傾するのが一種ブームでもあった。
特に「戦争と人間」は、当時翳りが見え出した日活がオールスター総出演で映画化した。
日本が軍国化する時代を背景に、舞台は内地と半島・大陸に及び、壮大なストーリーの中で近代史を説き、且つ戦争とは、人間とは、を問いかける。

その小説や映画に出てくる大連の描写を想い出しながら中山広場を円状に一巡してみた。

日活映画「戦争と人間」のさまざまなシーンは、30数年経った今でも鮮やかに記憶している。
北大路欣也と佐久間良子のプラットホームでのわかれ、浅丘ルリ子と高橋英樹の激しい恋。
三国連太郎の悪に徹し鬼気迫る演技。
裕次郎の外交官役や我が郷里の先輩、藤岡重慶の関東軍参謀。
高橋悦史の傲慢な性格、地井武男の朝鮮パルチザン、栗原小巻の中国人役などなど・・・
ほんとうに豪華なキャスティングだった。

私はその当時、三国連太郎氏に会ったことがある。
その後10年ほどして「未完の対局」という映画のロケで上海に来られた時に数時間通訳をし、その折に「戦争と人間」撮影時の話をしたことがある。
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私にとって「大連」は、なぜか叙情的なまちではなく、三国連太郎演ずる脂ぎった殺し屋とか、満州浪人が闊歩するイメージが抜けない。
血気盛んな頃に読んだり映画を体験した「戦争と人間」の世界がトラウマになっている。
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by officemei | 2008-08-06 04:52 | ■遼寧