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今夜のように凍てつく寒さには、ふと“北風吹”をくちずさんでしまう。
革命的現代バレエ“白毛女”の中の一節だ。

大雪の舞う極寒の地、新年に父が帰省するのを心待ちにする娘・・・

若い頃うんざりするほど聴かされたこのメロディ。
ふとした時に脳裏をよぎる。
ちょうど今夜のように凍てつく寒さには・・・
動画はこちらへ
2008/01/17
「台湾で暮らす」の著者からコメントをいただいた。
昨年6月に載せた下記の内容についてのコメント。
残念なことにこの本は絶版となっているらしい。

(2007/06/14の記載内容);
台湾や中国の生活に慣れると、トイレのひどさに免疫ができてしまったのか、とりだてて不快感や不満を感じなくなった。
考えてみれば、家のトイレは私が高校生の頃まだ水洗になってなかったし、大学時代の板橋の下宿も汲み取り。

そもそも小学生の頃、伊豆の親戚の家を母親に連れられて訪れた時、初めて洋式トイレと遭遇した。大きいのをもよおして、トイレにかけこみ唖然とした。どうすればいいか見当がつかず、便器の上に不安定にも足を掛け冷や汗をかいた光景がありありと眼に浮かぶ。

学生時代のトイレは2階にあって、これがぽったん便所。落下まで数秒を要する。2階なのでお釣りはこないかわりに、中を風が吹き抜ける。それも匂いとともに。

そんなわけで、中国の悪名高いトイレのひどさにも最初から抵抗感はなかった。
というよりも、最近の日本人は何でも小奇麗に慣れて、汚い・臭いを毛嫌いしすぎると思う。
それが無意識に差別につながったり、問題を正視できなくしている。
あるがままを先ず受け入れることだ。

汚い・臭いはともかく、便器そのものの不具合は、台湾、中国それぞれの生活で実体験した。
高い頻度でカラン、レバーが馬鹿になる。これは自分でも修理できるからまだいいが、一番やっかいなのが「つまり」。これでしばしば格闘したものだ。

e0094583_1832253.jpg「台湾で暮らす」(光瀬憲子著 双葉社)は、とても楽しい本だ。台湾へ留学、就職、恋愛、結婚、台湾人のご主人と台湾で暮らす。そんな生活を通していろんな台湾を紹介してくれる。

以下はその本からの抜粋です。
女性トイレの使用方法については、私も未知の分野なので真偽のほどはわからないが。
詳細はぜひご購入の上、ご一読を。

女性用トイレで便座のフタがあがっているワケ

その国の文化を見きわめる重要なポイントとなるのが、トイレだと私は思う。
といっても、海外生活が長いわりにはアメリカと台湾にしか行ったことがないので、比較らしい比較もできないのだが、ここで台湾のトイレ事情を紹介しよう。

台湾の公衆トイレには、日本と同じように洋式と和式がある。
それは、私が女性用公衆トイレの洋式個室に入ったときのこと。

「・・・・便座があがっている」
これにはとまどった。
女性専用トイレでは便座があがっているなんてありえないからだ。

男性なら用を足すために便座をあげる必要があるけど、なぜ女性が・・・・? 
これは台湾に生活しはじめてからの数ヶ月、私にとって大きな謎だった。
けれども、「なぜ便座があがっているの?」なんてことを聞ける親しい女性の知りあいもなく、日々疑問を抱えたまま公衆トイレを使用していたのだ。

あるとき、公衆トイレの便器をよく見ると、便座の表面がひどく汚れていることに気づいた。
細かい傷がいくつもついており、ときには泥までついている。

そんなある日、アメリカで学生時代をともに過ごした日本人の友人から電話があった。
おしやべりをしているうちに、「そういえば、中国人ってトイレに入るときに、洋式でも便座に、和式のようにまたがって用をたすって本当?」とたずねられた。

「様式トイレの便座にまたがる・・・・!」
そうだったのだ。
便座の表面のあの傷は、靴底でつけられたものだったのだ。

アメリカの友人の話によれば、彼女が以前通っていたアメリカの短大で、香港からの留学生が全員、女性用公衆トイレの便座の上にまたがり、和式トイレのように使用したために、公衆トイレの便座がひどく汚れ、学校じゅうの問題になったことがあるというのだ。

なるほど!台湾人だけでなく、香港女性もそうだったのか。
その後、台湾で親しい友達も何人かでき、トイレ事情をたずねると、洋式トイレは不衛生な感じがするので、便座に座るのではなく、またがるというのである。

アメリカでは、洋式トイレ(すべて洋式なのだが)にはかならずといっていいほど、シートカバーなるものがついている。
現在では日本でもよく見かけるが、台湾ではまだ普及していないようで、不衛生だと感じた女性は便座の上に靴で乗っかってしまうようなのだ。
「だったら洋式トイレなんかつくらず、全部和式にすればいい」という声もあがっているのだが、どうなんだろう?
台湾では、新しいものが導入されても、昔からの習慣が抜けきれないことがしばしばあるように思う。

さて、もうひとつの疑問。
それは、トイレの個室内にあるごみ箱のことだ。

台湾の公衆トイレの個室内には、大きなごみ箱が置いてある。
汚物入れにしてはどうも大きすぎる。
そのうち、中国語がなんとなくわかるようになってくると、個室内の張り紙に目が止まった。
「トイレットペーパーを便器に流さないでください」

なんということか。
使用済みトイレットペーパーは、便器に流さないで、備え付けのごみ箱にお捨てください、ということだったのである。

個室内の壁にはさらに、「トイレが詰まりますので、使用済みトイレットペーパーはごみ箱に捨ててください」とある。
トイレットペーパーを流すと、トイレが詰まってしまうのだろうか?
何のための水洗トイレなのだろう。

人に聞いてみると、台湾の下水は詰まりやすい、とか、昔は溶けないちり紙を使っていたので、便器に流さないことが習慣になっている、ということだった。
それにしても、何だか掃除するのがいやになるような話である。

もうひとつ、私がいまだに慣れないトイレの使用法がある。
台湾のお風呂は、たいていがユニットバス、つまり、バスタブとトイレの合体型になっている。
日本のワンルームアパートもそうだし、アメリカでもほとんどがユニットバスだった。
アメリカや日本のユニットバスでは、バスタブにカーテンがついている。
このカーテンでパスタプとトイレの空間を区切ることで、シャワーを浴ぴるときに水が外に出ないようになっている。

ところが、台湾のユニットバスは少し変わっている。というのも、このカーテンをあまり使わないようなのだ。
そして、ユニットバスの床は全面タイル張りで、バスタブの中、または外で体を洗う。
だから、バスタブはもちろん、バスタブの外の床も、トイレの便座も洗面台も全部ぴしょぴしょになってしまう。
ちょうど、日本のお風呂場にトイレがくっついているような感し。
何だか気持ち悪いでしょう?

私は何年間もこの習慣に慣れることができず、お兄ちやん(ご主人のこと)に「バスタブにカーテンをつけろ」運動を続けてきた。
でも、お兄ちやんはカーテンつきのバスタブなんて狭苦しくて、ゆっくり風呂にも入れない、と断固反対する。
だから、わが家のお風呂場もやっぱりぴちょぴちょなのだ。
by officemei | 2008-01-17 17:04 | ■台灣
1月14日,讀賣新聞載文“穩定先于民主”,漢語摘要如下:
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More
私は自他共に認める風呂好き。
天然温泉・SPA・SAUNA・スーパー銭湯と少なくとも週一でどこかへ出かけている。
この中国では上海・北京・青島・大連・瀋陽・フフホト・福州・福清のSAUNA・SPA。
台湾の北部、東部の温泉地・SAUNA。
日本では関西周辺の温泉地・スーパー銭湯。
ここ最近、その中でも特に「あ~、いい湯だなあ」と感じたところ。
台湾北投;三二行館;三二行館;
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山口県萩;萩本陣の温泉;
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兵庫県佐用;佐用の湯;
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初代津和野藩主坂崎出羽守は、元和元年(1615年)大坂夏の陣において家康の孫娘(豊臣秀頼の正妻・千姫)を救出するが、顔面に火傷を負った。

家康は千姫を救出した者にその千姫を嫁すと公言したにも拘らず、火傷の酷さを千姫に忌避され、当時イケメンの姫路藩主本多忠刻に嫁して行った。

それを恥辱とした坂崎出羽守は荒れに荒れて、ついには津和野藩坂崎氏は断絶。
世に面白おかしく伝えられた千姫事件だが、史実とは異なるらしい。

その津和野に行った。因みに私は恋敵の姫路出身(笑)。

さて森鴎外や西周の故郷でもある津和野だが、現在はメタボリック症候群に罹った恋のまち、もとい「鯉のまち」。



運動不足で過食の鯉たちがまちのシンボル?となって半世紀以上も生きながらえている。
太りすぎの鯉と自分の腹の出具合とを比較しつつ、溜息ひとしきり。

5名の中国人旅行客が大声で話していた。東北訛りだ。
「すごく大きいぞ!」「何人分くらいになるかなあ」「美味そうだ」「でも、どうして盗られないんだろう・・・」
そう、至極名言。
こうやっていても鯉は盗られない。
これは中国人にとっては不思議。
by officemei | 2008-01-15 05:09 | ■日本
私の故郷には大層立派な赤煉瓦造りの建物がある。
それは旧陸軍第10師団の兵器庫跡で、その後市役所となり、現在は美術館として利用されている。
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アジアの主だったダウンタウンで、赤煉瓦の建物に出会うと心が癒されるのは、きっと私が幼少期から見慣れている風景だからかもしれない。

そんな赤煉瓦でできたまちが台北近郊に残っている。

まち全体を新たに改修してはいるが元の様子を忠実に保存復元した。台北縣三峡鎮にある「三峡老街」。
かつては木材・石炭・樟脳などの集積地として賑わった。
ここにいると何故か落ち着く・・・

走在三峽老街,就好像進入時光隧道,相連不斷的紅磚拱廊、古色古香的建築,令人油然而生思古情懷。


by officemei | 2008-01-12 06:14 | ■台灣
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学習教材大手「学研」と玩具大手の「タカラトミー」は、国内向けの地球儀に台湾を「台湾島」と表記していた問題で、不適切な表現・表記があったとして販売を中止。
この地球儀は、台湾(中華民国)を「台湾島」と表記。さらに、日本の地理の教科書では帰属先が未定として白表記になっている樺太の南半分や北方領土以北の千島列島を、ロシア領と色分けしている。
学習教材大手がこのような認識不足では「ごめんなさい」じゃ済まされない。
お粗末!
領土や主権にかかわる問題を安易に処理してはいけない。

日本のTV報道;
日本地図没収の一幕(於煙台);



地球儀傷台灣人感情;

日本學習教材大廠學研集團子公司在中國生產的地球儀產品,竟屈服於中國的施壓,將台灣標記為「台灣島」。
此事今天經日本媒體報導及學者嚴批是喪權辱國的行為之後,台灣駐日代表處也已去函抗議。
學研公司已道歉並宣布停售這款地球儀。

日本「產經新聞」今天在頭版以「抹消台灣」為題大幅報導學研集團旗下的「學研Toys」公司眅售的地球儀有問題。
因為去年秋天推出的這款產品(品名為「聰明地球儀」)將台灣標記為「台灣島」,而且在語言導引中將台灣解說成是「中華人民共和國」領土。
報導指出,地球儀並將日本北方樺太的南半部分及北方領土以北的千島列島等以顏色標成是俄羅斯的領土。
但不論是台灣或這些領土,在一九五一年簽訂的舊金山和約當中,日本政府雖表示放棄領有權,卻未說明歸屬。

學研Toys的地球儀的標記方式都是按照中國發行的地圖的使用法。這款地球儀零售價一個兩萬八千日圓,第一批出貨的一萬個此款地球儀,已完全售出。

此事被爆料後,學研Toys的說明是:「當初原本決定遵循日本學校教科書的標記法,但因為工廠設於中國,遭中國政府壓迫說如果不改變標記的話,地球儀就無法出口到日本,由於訂單已大量湧進,所以無奈之下,只好遵從中國政府的指示。」

學研Toys後來以應急的變通方式添加一張說明單寫著:「應生產國中華人民共和國的指示,地球儀表面的『台灣』以『台灣島』為標記,語音導覽時,說明國家是『中華人民共和國』」。

學研Toys今天已在其網頁上刊登致歉文。文中表示,將停售該款地球儀,並對消費者造成困擾深感抱歉。如果已購買這款地球儀的消費者想退貨,將全數退費。
by officemei | 2008-01-11 05:30 | ■台灣
浜松に住む大学時代の後輩・岩品ちゃんからのメールに、静岡茶の中国進出についての話題があった。

北京で静岡茶販売
製茶問屋の本目浅吉商店は昨年末から、お茶発祥の国とされる中国・北京で静岡茶の販売を始めた。
日本国内でリーフ(茶葉)の消費が低迷している中、経済成長が著しい中国の富裕層をターゲットに販路拡大を目指す。

同社製造の静岡茶が農水省の本年度農林水産物等海外販路創出事業の「おいしいニッポン北京プロジェクト」に採用され、昨年12月22日から、北京で最も富裕層が集まる高級デパート「新光天地」の常設売り場で玉露や高級せん茶、玄米茶、粉末茶など7種類の静岡茶の販売を始めた。
買い物客に試飲を勧めたところ、特に高級せん茶と玄米茶が関心を集めたという。

これまでも北京の茶専門店で同社の静岡茶を販売していた本目社長は、中国市場の可能性について「多種多様なお茶を飲む文化を持つ中国人は静岡茶をたしなむ抵抗感が全くない。おいしささえ認められれば、必ず売れる」とみる。中国では、旧正月前のこれからが贈答品需要の最も高まる時期に当たるため、同社は社員を現地に派遣し、一層の売り込みを図る。

ただ、おいしく飲むためには湯冷ましが必要な静岡茶の入れ方に対し、「熱湯で入れられる中国茶よりも複雑」との指摘も少なくないという。本目社長は「中国で日本茶文化とおいしい入れ方を広める一方、中国流の入れ方と飲み方に適した静岡茶の開発も必要」と課題を挙げた。(静岡新聞2008/01/10)
今日1月8日は、故周恩来総理逝去の日。
1976年1月8日、総理の逝去から始まった激動の一年。
私は1975年からの数年間を北京で過ごした。
特に、1976年に起こった様々な出来事は生涯忘れることはないだろう。
その歴史の真っ只中にいたことが、私の人生を支えている・・・

从1966年5月16日,中共中央政治局会议通过了由毛泽东主持起草的「中国共产党中央委员会通知」(简称「五・一六通知」到1976年10月6日,四人帮被捕,被称为中国的“文革十年”。
動画はこちらへ

私が北京で暮らしていた1976年、日本はどんな状況だったのだろうか。
(1976年日本);
ロッキード事件で田中角栄前首相逮捕、植村直己の北極圏単独犬橇走破、村上龍「限りなく透明に近いブルー」・森村誠一「人間の証明」、キャロル解散、およげ!たいやきくん・北の宿から・春一番・ペッパー警部・・・
台湾料理は別格として、中国各地の料理の中で上海料理の味が私には一番口に合う。
いつもながら上海で小菜を食していると、知らず知らずに台北のそれと比較してしまう。
昔は台北のほうが格段に旨かった。
まずければつぶれてしまう競争社会と、旨かろうがまずかろうがまず食えるということが絶対的な社会では、おのずと味に対する追求度が違った。
さて、今やどちらが旨いといえるだろうか・・・
上海人の味に対する感覚は漸くよみがえったように感じられる。

そうだあの店、台北永康街・上海の味「高記」。
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日本人観光客は、眼と鼻の先の「鼎泰豊」に列を作って小籠包を食す。
確かに鼎泰豊は小籠包専門店で、世界的に有名な店だ、上海新天地にも店を出している。
が、実はこの高記こそが本来の上海小籠包の味。
この店は小籠包以外にも数々の上海小菜を供するので、肉汁に飽きた胃にはいい。

生煎包、蟹殼黃起家,上海點心小籠包、蘿蔔絲餅等麵食,50年如一日的道地口味・・・
動画はこちらへ
by officemei | 2008-01-07 05:59 | ■台灣