人気ブログランキング |

<   2008年 06月 ( 26 )   > この月の画像一覧

香港 Nuoc Mamの法式越南料理。
e0094583_321968.jpg

e0094583_321178.jpg
e0094583_3212656.jpg
e0094583_3213549.jpg
e0094583_32145100.jpg
e0094583_3215838.jpg

by officemei | 2008-06-22 03:23 | ■港澳
香港空港を利用するたびに感じること。
香港はまさにアジアへの入り口だ・・・

この広さ、この行き届いたサービス、そしてこの便利さ。
香港からアモイ、上海、バンコク、シンガポール、ペナンそして台北へ飛ぶたびにつくづくそう思う。
e0094583_22482554.jpg

再見、香港!



by officemei | 2008-06-19 21:47 | ■港澳
1898年、大英帝国と清国の間で締結された租借地は、九龍以北、深圳河以南の新界地域に及ぶ。

スターフェリーは、それ以前から大英帝国の植民地であった香港島と、九龍半島の突端を繋ぐ交通手段として、この年に運航を開始した。

長い間、移動手段は船しかなかったが、1972年にビクトリア・ハーバーを結ぶ海底トンネルの開通により、地下鉄やタクシー、バスなどで短時間で往来できるようになった。それでも昔のように船を使う人も多く、一日の利用客は10万人を超え、今なお健在。

料金は、尖沙咀~中環:上層(1等)は2ドル20セント、下層(2等)は1ドル70セント。
運行時間は06:30~23:30。毎日10分間隔ぐらいで頻繁に往復している。

2006年11月11日、慣れ親しんだ九龍サイドのスターフェリー・ピア(天星碼頭)が閉鎖され、セントラルフェリーターミナルのPier7 に移転した。新しくできたフェリー乗場には、Pier1~Pier8までの埠頭が集合しており、その7号埠頭(Pier7)が天星小輪、つまりスターフェリーの乗り場となった。


     
1975年、私は初めてスターフェリーに乗った。
香港クーリエ。当時の北京大使館ではこう呼んでいた。

北京から京広鉄道で南下し、広州からは九広鉄道に乗り深圳で下車。
南方のどこにでもありそうな鄙びた停車場(当時の深圳)から、河幅の狭い深圳河に架かった橋を数分歩く。
そしてユニオン・ジャックの翻る羅湖の駅に至り、そこからは緑色の電車に乗り換え、夢にまで見た自由世界の窓口・九龍駅に向かう。

竹のカーテンに閉ざされた社会主義・中国から、自由主義の権化・香港に足を踏み入れる瞬間は、正直胸が高鳴った。

私は当時、この半年ごとの香港クーリエを数年間経験した。
1回の滞在で1週間、20代半ばの独身男性にとって、北京から香港に出て来ることがどんなに眩しいことか。



出発前夜は小学生の遠足前夜のように胸が高鳴り、脳裏にはスターフェリーに乗った自分の姿がありありと浮かぶ・・・これがトラウマになってしまった。

仕事上の移動以外にも、ただスターフェリーに乗りたいという衝動で、それ以外の何の理由もなく尖沙咀から中環を何度も何度も往復した。

ビクトリア・ハーバーの朝靄、黄昏時の喧騒、そして100万ドルの夜景をたった1ドル70セントで満喫できるから。

その後はずっと空路で訪れるようになったが、時間の余裕が無くても必ずスターフェリーに乗る。

私にとって香港の原風景といえば即、スターフェリー。


by officemei | 2008-06-19 04:23 | ■港澳
空港と市街の九龍・香港を結ぶAirport Express Line(機場快線)。
これはホントに便利!
e0094583_22313538.gif

なぜ便利かというと、
先ずは、半時間以内で中心地・或いは空港に到着できること。
これは時間的ロスがなくて大いに魅力。

それに空港駅に改札がないこと。
空港の到着・出発ロビーとホームが直結しているので、改札なしに乗降できる。これも時間のロスがなくていい。

それに、香港駅・九龍駅から空港へ行く場合、駅で直接チェックインができること。
搭乗券を受け取りトランクも預けて、手荷物だけ持って楽々空港へ行ける。
空港内のチェックインカウンターに列を作っている乗客を横目で見ながら進むのは、ちょっとした快感。

空港=香港(中環/Central)でHK$100、空港=九龍ならHK$90。


by officemei | 2008-06-19 04:20 | ■港澳
九龍サイドにある大通り“Nathan Road”(彌敦道)。
ここにバックパッカーの間では夙に有名な “Chungking Mansions”(重慶大厦)がある。
繁華街の一等地にあって、安宿の密集する複合ビル。
映画「恋する惑星」の舞台でもある。

一階には、両替商や仕立て屋・雑貨店などが雑居し、特にインド・中東・アフリカ・南アジア等の人々で賑わっている。
最近、2階の一部にショッピングモール“Chungking Express”が開業し、コスメ・ブティックの店が入ったことで多少雰囲気が明るくなった。

しかし、そもそもこのビルは迷路のように複雑怪奇で、同一階内での横移動はできないし、エレベータに乗れば異次元にたどりついてしまう、おどろおどろしい所だった。


尖沙咀にある“The Peninsula”(香港半島酒店)。
このホテルは1928年の開業。
大英帝国の格式に満ちた最高級ホテル。
その東南に“そごう”がある。
ここから海岸まではすぐそこだ。


by officemei | 2008-06-19 04:15 | ■港澳
Causway Bay(銅鑼湾)にあるTimes Square(時代廣場)。

15年くらい前には、ここにTram(路面電車)の車庫があった。
灣仔電車廠と呼ばれていたので、この地は銅鑼湾といってもWan Chai(灣仔)により近い。

再開発によって、車庫の跡地にTimes Squareが建てられた。
今では香港を代表する待合わせ場所として、或いはイベントやロケの場所としても有名だ。
Lane Crawford”“C!ty Super”“馬莎百貨”、映画館の“UA時代電影院”、レストラン街“食通天”などが入っていて賑わっている。

私のような“おっさん”にはちょっと場違いなまちの雰囲気になってしまったが、この辺りを中心に銅鑼湾から灣仔までの間をぶらついていた若い頃の光景が今も鮮やかに記憶されていて、香港に来るとついついこのまちを歩いてしまう・・・


by officemei | 2008-06-19 03:46 | ■港澳
雨の中、HSBC・香港上海銀行本店から恆生銀行まで歩いた。
中環(セントラル)の高層ビルが立ち並ぶ街並みを抜け、西へ向かえば上環。
対照的に中国人の街並みが色濃く残るまち。
帰りは上環から銅鑼湾までMTR(地下鉄)に乗る。



銅鑼灣(コーズウェイベイ)は、大型デパート、ショッピングセンター、ブランドショップ、レストランがずらりと並び、活気溢れるエリア。

私の香港は、このまちから始まった。

1975年に初めて香港を訪れて以来、その後の香港での滞在は殆どこの銅鑼灣だ。
若い頃、香港クーリエで訪れるたびにThe Excelsior Hong Kong(怡東酒店)に泊まった。
香港領事館で公用を済ませた後は、北京で調達できない諸々の品を銅鑼灣の「大丸」で購入するのが主な仕事だった。

e0094583_22583358.jpg
もちろん当時はMTR(地下鉄)も無く、上環・中環・金鐘・湾仔・銅鑼湾の間を行き来するのはトラム(路面電車)。

のろのろしたスピードだからこそ、まちの風景が満喫できた。
地下鉄は確かに便利だが、ノスタルジーに欠ける・・・
e0094583_19193385.jpg

Tram;


by officemei | 2008-06-16 06:32 | ■港澳
e0094583_354274.gif今年も大学入試が始まった。
昨年の今頃は宝宝の入試だった。
彼女は今、上海大学で日本語を専攻している。
e0094583_2021177.jpg

中国の大学入試は国家的一大行事だ。
入試期間中は、親は校門外でじっと待っている。
わが子の送迎、或いは弁当持参・・・
e0094583_2025883.jpg

e0094583_1924648.jpg

試験時間に間に合うように、タクシー会社は受験生専用車を走らせる。
万一、遅れそうな場合はパトカーが緊急出動する。
(東方上海より)
e0094583_1924177.jpg

地方からの受験生は親も付き添い付近の旅館に宿泊。
上海のホテルや旅館は、この時期満室御礼状態。
(東方上海より)

2008年全國高考將於今日拉開大幕,90年代後出生的考生將成為今年高考主力軍。據教育部統計,今年共有1,050萬考生報名參加,考生人數創歷年之最,刷新去年1,010萬考生紀錄。

今年高校計劃招生名額亦比去年有所增加,達599萬名,比去年增長5%。
其中普通本科生計劃招生300萬人,高等職業教育計劃招生299萬人。考生錄取比例料升至10:6。

文匯報報道,2008年普通高校招生全國統一考試將於6月7、8日舉行,山東、上海、江蘇、廣東、海南等5省市因考試科目設置不同,考試時間延長到9日結束。

受地震災害影響,今年高考安排比較特殊。
四川省災區的6市州45個縣(市、區)和甘肅省災區的2市州的17個縣(市、區)延期舉行高考,延期高考的時間將在正常高考結束後及時向社會公佈。

関連記事;
by officemei | 2008-06-07 22:00 | ■上海
e0094583_3552016.gif“洛陽白馬寺”
洛陽の“牡丹”は夙に有名だ。
このまちは、古くから中国王朝の首都であった。
東周・後漢・曹操没後の魏・西晋・北魏・隋・後唐・・・
東に虎牢関、西に函谷関があり、古くより兵家必争の地。
三国志演義を読めば、後漢末の洛陽の荒廃、群雄割拠の様子が想像できる。

最近、「曹操残夢・魏の曹一族」(陳舜臣著)を読んだ。
曹操の息子、曹丕・曹植兄弟を軸に、魏王朝の興亡が描かれている。
e0094583_633147.jpg

文中、白馬寺にまつわる段がある。
以下抜粋~

魏王朝を開くという曹操の夢を、息子の丕は簡単に実現した。
さらに丕はこれまでの家庭の問題を、この機に一挙に片付けた。

正妻の甄氏は浮屠の教え(注;仏教)を、宮女の一人から教えられ、それにすっかりのめり込んでいた。
世から遁れるという魅力から、彼女はどうしても抜けられなかった。

「家を捨てる? それは難しいことじゃな。お前には子がいる。それまですてることができるのか?」

彼女は丕からそう言われて、「できます」と答えた。

「殺されてもよいのか?」

「本望でございます」

夫婦のあいだに、同じ問答がなんどもくり返された。

「奇妙な教えじゃな。わしもその教えをひとつ学んでみようかな。白馬寺の者たちは、昔からそれを奉じておったそうだ。聞けば、黄老の者とは、かなり説くところが似ておったというが」
丕はそう言って、やや首をかしげた。

黄老の者とは黄帝や老子の経典を奉じる者たちのことである。漢初は孔子や孟子より、黄老の教えが盛んであり、ことに後宮の女性たちに信者が多かったという。

武帝(在位、前141~前87)の時に儒が国教扱いになってから、黄老は下り坂になった。とはいえ武帝の即位した頃には、祖母に当たる竇太后が黄老の言を好み、儒術を悦ばなかったと記録されている。

朝廷は儒で運用されているが、民間では黄老が相変わらず盛んであった。
「老子」は哲学の書であるが、黄帝の術は実在したかどうか不確かな人物に仮託された俗信にちがいない。

白馬寺の西域の僧は、おもにこの地に在住する西域の人たちを相手に説法するので、いささかわかりにくい。遁世の思想は乱世によって形成されるのだろう。
こんなに乱れて定めのない世の中だから、そこから逃れて、清浄無垢の土地に行きたいと願うことになるのだ。

白馬寺の人たちは、西域の人のほかに信者として獲得した漢人とともに、戦場の後始末をするようになった。
その奉仕の実績が少数の漢人の心にくいこんだようである。

わたしもあんな仕事をしてみたい。この現世の汚れを、極楽に変える仕事を。
と、甄氏はねがうようになった。


さて、この白馬寺。
仏教伝来後、初めて建立された寺院である。
ちょうど後漢の時代だ。

この物語の魏王朝は後漢のあとだから、当時は仏教もまだ興隆期にいたっていなかった。

してみると私が白馬寺を訪れたのは、凡そ1900年後となり、そう考えると実に感慨深い。
e0094583_6335715.jpg
e0094583_6341052.jpg



“龍門石窟”
龍門の石窟は、北魏に始まり、北斉から隋・唐代にいたるまで、連綿と造営された。

私は1980年に訪れたことがある。
現地のガイドに勧められ、石窟の彫像に登って記念撮影をした。
今や世界遺産に登録されている、その「龍門石窟」にだ。
中国人の旅行客も同じように何の躊躇も無くやっていた。
当時の写真を見ると恥ずかしい、罰が当たりそうだ・・・
e0094583_6343964.jpg
e0094583_6345367.jpg
e0094583_635475.jpg

動画はこちらへ
by officemei | 2008-06-07 06:23 | ■河南
e0094583_3534931.gif東京都の快挙!
2008年6月6日。
東京都が住民票の記載に「台湾」表記を認めた。
これは久々の快挙だ

国の公文書では、「一つの中国」という政府見解に基づき、「台湾」表記が認められていない。
2000年以降、住民基本台帳業務は自治体所管となったが、国名表記については国の方針に従い「中国」と表記されている。
今回、東京都の判断が、全国の区市町村に影響を与えるのは必至。

外国人登録証
我が国の入国管理局は外国人登録時に台湾人の国籍を「中国」と表記させている。
これに対する入国管理局の見解。
~台湾人の国籍「中国」は中華人民共和国を意味せず、台湾と大陸を含む広い意味の「中国」を指し、中国人の国籍「中国」は中華人民共和国を意味する~

この日本語はまったく理解できない。
何が言いたいのだろうか?
詭弁。

(例;台湾も江蘇も同じ中国籍)
e0094583_16114727.jpg
e0094583_1612092.jpg

台湾は中華人民共和国の支配下にないし、行政・立法・司法の三権も中華人民共和国のもとにはない。
いつの日か、中国に統一されるようなことになる?やもしれないが、現状では主権が及んでいない、まったく独立した台湾の形態だ。

世界的に台湾人の国籍は「台湾」或いは「中華民国」で、日本と中国だけが台湾人を中国国民と表記している。

我が国は中華人民共和国日本省なのか。
by officemei | 2008-06-07 03:32 | ■日本