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e0094583_3562921.gif~四川大地震以後、かの地を訪れる旅人は明らかに減少しました~

昨年早春。
成都滞在中はずっと曇っていた。蔡君の話では、これが典型的な成都の天候だそうだ。
「蜀犬日に吠ゆ」
比喩の言葉だが、本来は四川では太陽を見て犬が驚き吠える、というほど曇りが多いということから来ている。

四川は美人の産地だそうだ。
日に焼けることが少ないので肌が白く、湿気が多いので皮膚が潤っているらしい
残念ながらお目にかからなかったのでその点を蔡君に詰ってみたら、「先生、成都の美人は夕方以降にまちに出てきます。昼間はいませんよ」
ハハ・・・
さて、その蔡君。
彼は四川大学法科の卒業生で、裁判所の書記をしていたが、思うところあって職を辞した。一念発起して日本語を学び始めたが、私との会話はもっぱら中国語だ。彼は聡明利発で話題にこと欠かない。だから大いに会話が弾む。

杜甫草堂と武侯祠を訪れた。定番の観光スポットではあるが、さほどの感慨も無くざっと参観して辞去した。
劉備の入蜀、孤高の孔明。血涌き肉躍る歴史の舞台。その孔明を祀った「武侯祠」。

「春望」
國破山河在 城春草木深 感時花濺涙 恨別鳥驚心
烽火連三月 家書抵萬金 白頭掻更短 渾欲不勝簪
この詩を知らない人は恐らくいないと思う。
詩聖杜甫の人生で最も安らぎを覚えたであろう成都時代の旧居跡、「草堂」。
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だが、形として現存する「武侯祠」も「杜甫草堂」も私は興味を覚えなかった。むしろ思念の中でこそ燦爛と輝やいている。
杜甫草堂に隣接する浣花路という街路名をみつけたときのほうが感動を覚えた。杜甫の寓居は浣花渓の河畔に位置していたから。
生涯で初めて生活の不安から解放され、この地で詩作に耽った珠玉の詩篇に後代の我々は触れることになるが、寓居跡の「草堂」よりも一片の街路標識にこそ、私は価値を見出した。眼を閉じて千数百年のときを遡り、浣花渓の河畔であったこの地に思念を凝らしてみる。

浣花渓水水西頭 主人為卜林塘幽
己知出郭少塵事 更有澄江銷客愁
舎南舎北皆春水 但見群鴎日日来
花徑不曾縁客掃 蓬門今始為君開
盤食市遠無兼味 樽酒家貧只舊醪
肯與隣翁相對飲 隔籬呼取盡餘杯
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杜甫は、いい・・・

さて、成都の「食」について。
四川料理の「麻」(山椒の痺れ)と「辣」(唐辛子の辛さ」は中国料理の中でも独特のものだ。私は「辣」にはまだ堪えられるが「麻」はだめだ。今年の一月に重慶で食した四川料理には正直参った。蔡君に言わせると、重慶は四川より味が濃いらしい。とにかく四川料理の「麻辣」は食前に相当の覚悟が必要で身構えていたが、蔡君に連れて行ってもらったレストランではもうひとつの四川料理の系統を味わうことができた。
先ず薬膳スープをメインとする料理。
一口飲めば滋養強壮即効というものではないが、実に美味。
それと菌類・茸等を主とした料理。
どちらもまったく辛さとは無縁だ。
最後に四川の「鹹菜」(漬物)。これはいける。
その他、「小吃」(ちょっとした軽い食べ物)も様々あって楽しい。四川料理の辛さの一方で、これら独特の「食」文化に触れることが出来たのは収穫だった。
それにしても、「激辛」と「激痺れ」を愛する四川の人達の胃や舌はどういう按配になっているのだろうか。


成都は「こぎれいなまち」だ。
空港から市の中心地までの距離も短かくていい。
まちで特に目立ったのは「洗浴」や足つぼマッサージの看板。非常に多いと感じた。

成都、茶館、静寂の時が流れる・・・
動画はこちらへ
動画はこちらへ
by officemei | 2008-06-06 16:37 | ■四川
e0094583_3531880.gif疲れた時、ナーバスな時、
外灘の夜景を眺めると癒される。
でも、けっして外灘には出かけない。
夜の外灘はおのぼりさんで溢れているから。
人山人海、人ごみに酔ってしまい、余計に疲労を覚えるから。

陸家嘴にある浦東シャングリラホテルからの眺めが一番だと思う。
近くのショッピングモール「正大広場」5階にある上海料理店「廊亦舫」から眺める夜景も捨てがたい。

和平飯店頂楼から見る夜景もそれなりにいいが、あまりに外灘の中心にありすぎて一部しか見えない。ここはむしろ浦東の夜景を眺めるスポットだろう。

外灘の全体像を掴むにはやはり陸家嘴側から眺めるべきだ。
そうすれば夜の闇が喧騒と汚れをシャットアウトしてくれる。

外灘の夜景は一服の清涼剤。

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再也沒有一道風景和外灘一樣,能在上海子民心目中激起亢奮。

萬國建築巧妙地勾勒出大都市的輪廓線,黃浦江的濤聲不絕於耳,海關鐘聲抑揚頓挫,路上車水馬龍,各種聲音的和諧組合,宛若母親心跳的韻律......

遠眺對岸浦東,明珠塔直衝雲宵,高樓大廈林林總總,倘若坐船在黃浦江上遊覽,真是兩岸風景一江潮了。

外灘全長1.7公里,位於黃浦江和蘇州河的交匯處,與浦東陸家嘴金融區隔江相望。它北起外白渡橋南至金陵東路,在中山東一路的東西兩側,地形呈新月形。

1843年上海開埠後,這裡劃為英租界。1930年代,它以遠東最大的經濟中心享譽世界。最近10年經過大規模的改造工程,舊貌換新顏,風光更綺麗。

有人說,外灘就像一支美妙的五線譜:第一條是西方色彩的萬國建築線;第二條是人海車流的馬路線;第三條是花卉綠化噴泉線;第四條是浦江兩岸江堤線;第五條是浦東的沿岸線。那麼,不妨讓我們期待它奏出愈來愈動聽的美妙樂章。

上海外灘夜景,是舉世公認的第一絕色。
每天晚上燈光全開之後,景觀格外迷人,搭遊船觀外灘夜景,或在江邊眺望,均令你嘆為觀止。
by officemei | 2008-06-03 05:42 | ■上海
ちょっとカッコつけてみました。
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by officemei | 2008-06-03 01:20 | ■上海
念舊, 但不活在過去・・・昨日種種, 造就今日的成熟・・・

古いアルバムから;
70年代の八達嶺;

現在と違って観光客も少なく、誰もいない日も何度かあった。
そんな折には弁当持参で半日ほど長城で時間を過ごす。
風の音を聞きながら、思いを中国史に馳せると、匈奴やモンゴルの軍馬の嘶き、その蹄に蹂躙される漢族の恐怖感・警戒心が伝わってくるような気がした。
壮大且つ悠久の空間だ。
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e0094583_15284067.jpg先日反町隆史主演の「蒼き狼」をDVDで見た。
制作費をかけただけで、内容の薄い作品と酷評したい。
ただ最後のシーンは、モンゴルの大軍が万里の長城を越え、金国領内に侵入するところで終わる。ここだけはちょっと琴線に触れた。

我々「中国」をやった者からすれば、常に中国を核にして周辺地域を見る癖がついている。
日本の地図にしても、日本を中心として世界を鳥瞰する。
各国それぞれ地図の中心は違うのだが、なかなかそれがフィーリングとして実感できないものだ。

司馬遼太郎は、塞外(漠北)の民の眼で中国を見たい、と言っていたが、まさにその感がした。
内から長城に立てば騎馬民族の恐怖を感じることもある。
北から長城を望めば、中国の尊大さを感じることもある。
彼我の視点が違えばまったく異なる長城の景色が見えてくる。
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by officemei | 2008-06-02 04:49 | ■北京
5月末日のスーパー・レジ;
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今日(2008/06/01)より中国全土でスーパーや商店でのレジ袋の無料配布が無くなった。
プラスチック系のごみによる環境汚染防止が目的。
マイバッグ(エコバッグ)を各自が持参すれば、もっとも身近な環境保護活動となる。
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中国の都市部では、エコ意識も徐々に高まりつつある。
環境保護は先ずできることからやっていくことだ。
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“限塑令”今天起正式實施,中國告別免費使用塑料購物袋時代。
自6月1日起,所有超市、商場、集貿市場等商品零售場所實行塑料購物袋有償使用制度,一律不得免費提供塑料購物袋。

by officemei | 2008-06-01 16:59 | ■上海
e0094583_485947.gif念舊, 但不活在過去・・・昨日種種, 造就今日的成熟・・・

古いアルバムから;
母校訪問・台北古亭国民小学;

民国63年春、私はこの小学校で高学年の国語の授業を聴講させてもらった。
ほんの数ヶ月だったが、児童と毎日数時間机を並べた。
この写真は当時の台北古亭国民小学校長と何教務主任、大学同期の押見(長岡出身)、鈴木(浜松出身)と私。
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今でもこの学校を通過するたびに、当時の光景が脳裏をよぎる。
この写真は数年前のスナップ。
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当時私は国立台湾師範大学国語教学中心にも通っていた。
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民国63年、於台北;
(小野田さん帰国の新聞記事)
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(「ティファニーで朝食を」映画館の広告とチケット)
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(バスの乗車券)
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(当時の台北駅プラットホーム)
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(当時の一元紙幣)
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(ちなみに当時の北京はこんな様子でした)
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by officemei | 2008-06-01 00:12 | ■台灣